ハロウィン~小悪魔の囁き?~
『Trick or treat(おかしをくれなきゃイタズラするぞ~)!』
この言葉だけで、何をやりたいのかは分かってもらえるはず。そう、オバケの日。お菓子が貰える日だ! 昔から好きなんだよね~、ハロウィン。こども会で仮装して町内を練り歩くんだ。他の奴らは途中で抜けちゃってたけど、オレは卒業するまで参加してたもんね!
というわけで、HRギリギリに駆け込みつつ叫んでみた。一瞬だけ、教室の中がテレビのスピーカーをオフにしたときみたいに無音になった。かと思うと、何のリアクションもなしにみんな自分たちの会話に戻る。ちぇ~! ほんとにイタズラしちゃうぞ!!
「なにしてんだよ、冴島」
「あ、古賀ちゃん! おっはよ!」
ぶすくれて自分の席に向かっていると、呆れたように話しかけてくれたのは机に伏せて寝ているとばかり思っていた古賀ちゃんだった。今日も朝から美人さんだ。
「菓子をねだるにはいくらなんでも早すぎだろ」
「え? どゆこと?」
ハロウィンって今日だよね?
そう思ってスマホを確認すると、確かに31日の火曜日だった。
「古賀ちゃんこそ、日付間違えてない?」
「ばっか、お前……もしかして知らねぇの?」
「えっ」
古賀ちゃんが言いかけるのと同時に、教室に梅流と先生が入ってきた。HRは長引いて一限がすぐ始まっちゃうし、その後もタイミングが掴めなくて何も聞けなかった。古賀ちゃん、スマホ見ないからメッセージ返ってこないしね! そんなこんなで昼休みになって、古賀ちゃんは売店へパン買いに。梅流とオレはジュースを買って先に戻った。教室には、午前中の授業をサボっていた橘たちが大きく陣取っていた。
「たっく~ん、お願いお願い! ちょっとでいいから、ね?」
「っだよ、オレ、高尾くんとゲームするし!」
「五分だけ、ううん、三分だけでいいから~! 駅前でコスして写メってよ~」
「やだっつーの!」
……馬鹿ップルめ。
ドカッと椅子にふんぞり返った橘の側に、その彼女である墨染 桜さんが膝をついて何事かをお願いしている。すらっと背が高くておっぱいの大きい墨染さんと小柄でちんちくりんな橘が、どうしてつきあってるのかはさっぱりわからないけど、橘は墨染さんにもう少し優しくしてやってもいいと思うんだ。
「やっぱり、桜ちゃんも駅前に行く予定なんですね。うまくいくといいんですけど」
「も、って?」
隣でちっちゃなお弁当箱を広げている梅流が笑って答えてくれた。
「今日はハロウィンじゃないですか。でも、学校に持ってきているのがわかったら取り上げられてしまうので、駅前の広場でお菓子を交換するんですよ。そのとき目印になるように、なんでも良いので仮装して行くんです。
私と古賀くんは、魔法使いの格好をするんですよ。冴島くんはどんな仮装に決めたんですか?」
「……オレ、それ知らない」
「ええっ!? そんな……だって、冴島くん、ずっとハロウィンを楽しみにしてたから、私、てっきり知っているものと……」
梅流は泣きそうになって、小さく「ごめんなさい」と言った。いやいや、梅流のせいじゃないし。そうか、古賀ちゃんが言おうとしてたのはこの事だったのか~。
聞けば納得なんだけど、これは生徒会とかの主催でも何でもなくて、女の子たちが勝手に集まってやる自主イベントなんだ。だから他校の生徒と待ち合わせて交換する子もいれば、仮装して写真撮りたいだけの子もいるんだって。正式なものじゃないから情報も口づてだし、あんまり広めてないと。だからオレが知るわけないんだけど、梅流の中では、オレって女の子と親しいイメージらしい。そりゃ、話しやすいって言われるし、実際にそうだけどさ~!
オレは梅流がハロウィンのお菓子を用意してくれてるものと思ってたんだけど、先生からも何度も注意されてるんだから優等生の梅流がお菓子を持ってきているはずはなかったんだよなぁ。
「仮装……」
「用意してないです、よね……」
梅流と二人、向かい合わせに座ってしょんぼりしていると、オレの頭にポスンと軽い何かが置かれた。
「な~に二人して意気消沈してんだか」
「古賀ちゃん!」
「古賀くん!」
古賀ちゃんはニッと笑うと、オレの隣に座った。そしてオレの話を聞くと、さらに笑ったのだった。
「そんなの、どっかでパーティーグッズでも買えばいい話だろ? 100均にだって売ってるぞ。耳でもつけて狼男にでもなれば?」
「そっか、それっぽく見えればいいんだ! 良かった! ……でも、古賀ちゃんも梅流もちゃんとした仮装なんでしょ?」
「俺のは梅流のを借りてるだけだぞ」
「へ~」
「ま、あんまり気になるようなら、俺は脱いでもいいしな。菓子は要らないし」
「そ、そんな~」
へこんだままのオレを慰めるように古賀ちゃんが肩をバシバシ叩いてきた。まったく痛くない強さで。……優しい! 古賀ちゃん好き! でもその言葉に今度は梅流がショックを受けていた。きっとあれだ、お菓子を作ってきてくれてるんだ!
「オレ、マドレーヌとか食べたい! 梅流、作ってくれた?」
「……ありますけど~」
「しょんぼりしないで、オレが全部食べるから!」
「ふぇ~ん」
ちゃんと食べるって言ってるのに泣きそうになるなんて、おかしな梅流だな~。
そして放課後。オレは自分の仮装を買いに、古賀ちゃんと梅流はロッカーに預けていた衣装とお菓子を取りにそれぞれ別れた。店にはオレと似たような目的の生徒がたくさんいた。上手い具合にオオカミっぽい耳を見つけたので、ウケ狙いもかねて首輪も買ってみた。で、レジ台でどっかの学校の女の子にハサミを借りて値札を切ってもらい、ついでに首輪も着けてもらった。クスクス笑われたけど気にしな~い。
「あっ、てめぇ、古賀の犬じゃねぇか! ……ぶっ、とうとうほんとに犬になったのな、似合ってンじゃん!!」
「げっ」
「なんだコラ、『めんどくさい奴が来た』みたいな顔しやがって」
「や、だって事実めんどくさいじゃん、お前」
出口でバッタリ、ギャンギャンうるさい赤松と無口な佐竹にでくわしちゃった。二人ともトイレットペーパーを巻きつけた偽ミイラ男だ。経済的だなぁ。
「古賀のとこには行かせねぇぞ、おら、こっち来い。たたんでやる!」
「やっだよ~だ!!」
「あ、待ちやがれっ!」
通行人の間をすり抜けて走っていると、誰かガタイの良い人にぶつかってしまった。謝ろうとして顔を見たら、なんと……黒いテープか何かで縫い目をつけられた不機嫌MAXの高尾フランケンシュタインがオレを睨みつけていた。
「あっ……やば」
「………………」
高尾はなぜかオレをものすごく嫌ってる。こんなところで見つかるなんてツイてない! 高尾の顔が苛立ちに歪んで、掴みかかられそうになったそのとき、
「よぉ、フランケン。だっせぇのは格好だけにしておけよ」
「古賀……」
「古賀ちゃん! 梅流!!」
こんなときだっていうのに思わず見とれちゃったのは仕方がないと思うんだ。だって、だって、古賀ちゃんてば真っ白いヘソ出しベストにホットパンツなんだもん!! つば広の魔女帽子とマントがすっごく可愛い、いや、色っぽい! まるでゲームの中からそのまま出てきたキャラクターみたいだ。これが梅流の衣装ってことは、きっとお揃いの……! と期待してみれば、梅流は厚ぼったい黒のロングワンピースに箒、カボチャのランタンっていう喪女子さんスタイルだった。
「えっ……梅流それって、ちょっと…………」
「何でですか! 失礼ですよ、冴島くん!!」
何でかわからないけど、梅流が真っ赤になってオレにランタンを投げつけてきた。バスケの要領でしっかりキャッチしたはいいものの、おかげで中身がザバっとこぼれてしまった。
「あっ、わ、わっ!」
「大丈夫ですか?」
慌てて拾うオレ、それを手伝う梅流。二人してしゃがんで、気がつくとおでことおでこがぶつかりそうになっていた。
「あ、危ない」
「きゃぅ、ほんとですね……」
ふっと眼鏡の奥で梅流の目が笑った。……たまにだけど、同級生のはずなのに梅流がすごく大人びて見えるときがある。こんな風にオレに笑いかけるときや、本に夢中になっているとき、古賀ちゃんをじっと視線だけで追っているとき。なぜか心臓がぎゅっとなって、オレはせっかく集めたキャンディを全部落としてしまっていた。
「あ……」
もう一度お菓子を集めていると、高尾が横にやってきた。何をするかと思えば、高尾はプラスチックの特大カボチャランタンを拾い上げて、底をベキベキに割ってぶち抜いちゃった。
こわっ!!
カボチャの下半分がなくなっちゃったよ、これって「お前も同じようにしてやろうか?」って脅しなの!?
……ということもなく。高尾は大穴の空いたカボチャをすっぽり被ってしまった。もしかしなくても、フランケンをダサいって言われたこと、気にしてる?
「……高尾くん、それ、前見えるんですか?」
「………………」
「見えないんですね」
心なしか梅流も呆れ声だ。
「でも、かっこいいですよ。あの、写真、撮ってもいいですか?」
「………………」
カボチャ頭がちょっと頷いた気がした。梅流は「ありがとうございます!」と言ってパシャパシャ撮っていた。せっかくだから一緒の写真も撮ってあげた。ついでにオレと梅流と三人のも。
古賀ちゃんの写真も欲しくてカメラを向けると、さっきから聞くに堪えない罵詈雑言で舌戦を繰り広げていたのがようやく終わるところだったみたいだ。バカ松と佐竹、あと黒猫のコスプレをした橘と墨染さんがいる。
「桜ちゃん、猫耳かわいいです!」
「ありがと。梅流も魔女コスかわいい」
「ありがとうございます」
な~んて、女の子同士で誉めあってる横で、橘が色々な限界を迎えてしまったようで……
「……くっそ、バーカバーカ、お前なんかへそかんで死んじまえ~っ!!」
「あ、待ってぇ、たっく~ん!」
泣きべそかいて走って行ってしまった。 それを追って墨染さんもバカ二人もいなくなっちゃった。
「ふっ、俺に勝とうなんてなんて百年早い」
古賀ちゃんが笑う。そうだよね、口でも喧嘩でも、伸長すら古賀ちゃんに負けてるんだもんね。唯一勝ってるのは彼女持ちってとこだけど、古賀ちゃんは彼女がいないんじゃなくて、作らないだけだし。むしろ彼女なんか絶対作らせないし。邪魔しまくるよ、オレ。
「さてと。じゃあそろそろ帰るとするかな」
「えっ、古賀ちゃん、もう帰っちゃうの?」
「で、でもまだ、なにもしてませんよ~」
「そうだよ~!」
オレと梅流が抗議すると、古賀ちゃんは「仕方がないなぁ」って感じで笑った。
「俺はお菓子は要らないし、やることないから帰るよ。梅流は他の友達と交換するんだろ? 冴島に送ってもらえ」
「でも、でも……」
「だって寒いし」
「そりゃそうだ!」
古賀ちゃん、足が丸出しだもんね。白くてすべすべしてそうな足がさ。
そこへ舌打ちが聞こえて、見るとカボチャを脱いだ高尾が立ち去ろうとしていた。
「高尾くんも帰っちゃうんですか?」
「…………ああ」
意外なことに、このでっかい不良は梅流には優しかったりする。さっきだって写真を撮らせてあげてたし、ちゃんと返事だってする。オレが問答無用でぶん殴られなかったのも多分、梅流がすぐそばにいたからだと思う。帰ると言う古賀ちゃんと高尾を前に、梅流は迷っているみたいだった。
「う~~~。なら、私も帰ります!」
「えっ、梅流も帰っちゃうの?」
「だって、お菓子はぜんぶ落ちちゃったんですもん」
「それもそっかぁ~」
梅流も古賀ちゃんも、それに高尾も、同じ町へバスで帰る。オレだけひとり別方向。
「ううう~、見送る!」
「ん? バス待つし、遅くなるかもしれないぞ?」
「いいよ、そんなの! だって寂しいじゃん。ハロウィンらしいこともしてないのに、これで終わりなんてさ。お菓子はもらったけど……」
オレのわがままなのは分かってる。でも、それでも……もうちょっとだけ一緒にいたい。三人の後姿をここで眺めているのは嫌なんだ。
「わかったよ。なら、送ってって。あと……ハロウィンっぽいことしようぜ、冴島」
「へ?」
「Trick or treat? でも、お菓子はいらないから悪戯だけな」
やけに流暢な英語でそう言って、背伸びした古賀ちゃんがオレの耳にふっと息を吹きかけた。
「っ!?」
「あああああ~っ!?」
それは一瞬のことで、ぞくっとしたものが背筋に流れたと思ったら、離れた古賀ちゃんが小悪魔みたいな笑顔でオレを見ていた。梅流の悲鳴が遠い。まるで現実じゃないみたいだ。
「梅流にもな」
「きゃっ」
古賀ちゃんてば、古賀ちゃんてば、オレの気持ちを知っていながら、悪魔的に人が悪い!
「こっこここ古賀ちゃん!」
「あんだよ?」
「オレもトリック・オア・トリートしたい!!」
「ん~。何も持ってないから、じゃあ、俺に悪戯してもいいぜ」
「なんっ……!」
なんですとっ!!
いやいや待って、それはちょっといくらなんでも……うう、古賀ちゃんの真意がわからないっ!
涼しい顔でオレを見てくる古賀ちゃん。オレは……オレは!!
「い、イタズラじゃなくて、写真撮らせてもらってもいい?」
「……いいぜ。好きなだけ撮れよ」
「うんっ! ほら、梅流も、梅流も!」
「あ、はい!」
チャンスをフイにした気もする……けど、さすがにコウシュウのメンゼンでは無理だって! それに、梅流が笑顔になったから、これでいいんだ。古賀ちゃんとオレと梅流。三人での写真も撮ってもらった。
「ね、梅流。あとでオレの写真データと交換して」
「はい! もちろんですよ!」
梅流はいつものニッコリじゃなくて、ぱあっと輝くように笑っていた。胸がざわつく。古賀ちゃんに感じているのとは別のざわざわが、梅流と一緒のときには出てくるんだ。
「梅流はさ、古賀ちゃんが好きだよね?」
「っ……」
「高尾と、どっちが好き? 高尾とも仲いいよね?」
「それは……!」
「ううん、いいんだ。まだ誰も急いで答え出してないんだ、オレたちも、急ぐことない。……と、思う」
「…………」
梅流と出会って丸一年。二度目の冬がすぐそこまで迫ってきていた。
★オマケ★