#004 村の少年は貴族より度胸が無い
皆さんはゾンビの派生というと何を思い浮かべるだろうか?
喰屍鬼?死騎士?死魔法師?
おおむね正解だ。しかし足りない。
この世界にはもう少し多様なゾンビの親戚が存在する。
実を言うと彼もそんな一匹だ。
いや、既に人並みの自我を持つので一匹は失礼か。
彼はゾンビの親戚の中でも最上位に位置する死皇帝だ。
ゾンビとして歪な生(?)を受けてから数千年の時を生き、ついには魔物中で最強の五柱の内の一柱にまで成った存在だ。
基本的にこのレベルの魔物は定位置から動かない。
彼以外の四柱は夫々東西南北の端にいて、さながら裏ボスのごとく君臨している。
しかしながら、彼は動く。
それはもうあっちこっちへと。
なんせ各地の希少品を集めようという魔物にあるまじき野望抱いた彼である。
そして現在、転移魔法も使わずわざわざ森の小道を歩いている。
数えきれないほどの鳥の鳴き声や、虫の囀り、様々な動植物や昆虫の類がそこには息づいている。
なぜ彼がこの禁忌の森に足を踏み入れているかと言うと、この森の中心にはかつて精霊王と呼ばれた存在の墓があると聞いたからだ。
要するに、その墓には希少品が眠っているのでは?と、墓漁りに来たわけだ。
いくら人並みの自我と微かな生前の記憶を取り戻したと言っても、人特有の倫理観までは持っていないため、墓漁りが悪だという考えは彼にはない。
そもそも、元々彼はゾンビであり、果たして精霊王が遺体などとして存在できるかは別として、同胞を掘り起こしに行くような感覚である。
少し話は変わるが、禁忌の森はその名の通りたちはいることが禁忌とされている。
何故そんな分かり切った話をするかと言うと、彼の数十メートル先に人影が見えるからだ。
「おいおい、どこまで逃げる気だい?お二人さん?」
「ハァハァ、くそっ!なんで距離が開かない?」
「ねえねえ、不味いよ!ただでさえ禁忌の森に入っちゃってるのに、奥に入り過ぎだよ!」
「しょうがないだろ!こっちしか道がなかったんだ!それに、逃げないとあんな奴と結婚しなくちゃいけなくなるんだぞ!!それでいいのか?!」
「あんなやつとは酷いなあ、これでも貴族なんだよ?ただの村娘が僕みたいな高貴な者と結婚できるんだ、光栄に思って欲しいね。」
「俺は知ってるぞ!もう貴族には見向きもされなくなって、それでリサを攫いに来たんだろ!!」
「!!、どうやら死にたいようだね。目ざわりなんだよ、クソガキイイイィィィィィィ!!!!!!」
「どっちみち禁句を犯したって言われて殺されるんだ!せめてお前だけでも!!」
中々に面倒な状況である。
もしこの状況を好青年、ないしは偽善盛んな冒険者が見ていれば、あの金髪慧眼の貴族を煮るなり焼くなりして少年少女を助けたかもしれない。
もしかするとそのまま共に旅に出て、さらにもしかすると歴史が動いたかもしれない。
しかしその場を眺めていたのは死んだ目付きのゾンビの親戚である彼であった。
そう、運命の女神は再び人(?)選を間違えたのである。
なるほど確かに以前の時より彼の服装は少し違うかもしれない。
森で動きやすい服に変更してある。
彼が魔法で作る服なので変更は簡単、魔法の行使一回で済む。
さながら外面だけを見て内面を御座成りにする若いカップルのように、服装と身長で選んだのだろう。
運命の女神=馬鹿。
これはもはや証明無しに使える証明、その名も自明と言って過言ではない。
そして状況は進み、ナイフを片手に構えた少年と長剣を構えた金髪慧眼長身長がぶつかる。
物語などではここで奇跡的に少年が相手を打ち破り少女と共に外へ飛び出したり、部外者の侵入で貴族が手を引いたりと、どっちにしろ少年少女は一時的に助かる。
が、しかし、現実的に考えてみよう。
ナイフ片手の村の少年と長剣構えた金髪慧眼長身長貴族である。
闘う前から結果は発表されているようなものだ。奇跡などそう簡単に起こってたまるか!
確かに少年は村一番のナイフ使いかもしれない。
だがしかし、相手は金の有り余った貴族、それもデブちゃんではなくいかにも鍛えてます調の、一見好青年な貴族である。
外見は人間性に関係なく不平等だ。いやいやそう言うことではなく、要するに少年に勝機など在り得なかった。
この時運命の女神は悟ったのである。
またもや自分の権能、運命を導く権能が仕事をしていない、と。
勿論間違いである。単に導くものを間違えただけである。
焦った運命の女神は近くを通りかかっていた別の存在をそこに導いた。
ここで一つ思い出してほしい。ここはどこか、と。
そう、ここは禁忌の森、一部の妄信家が神と崇める精霊王の墓がある森である。
そしてこういう時に限って普通なら在り得ない、そんな奇跡が起きるものである。
野生の狂った精霊王の亡霊が現れた!
運命の女神の人(?)選ミスここに極めり。
明らかに過剰脅威である。
カオスな状況になりつつある数十メートル先の現場を彼は未だ死んだ目付きで眺めていた。
人にとっては万に一つも生き永らえないような相手ではあるが、その魔力で構成された精霊体は彼にとってはただの糧であった。
一秒後には少年をその錆に変えていたであろう長剣は貴族が狂った精霊王の亡霊の出現に驚き後ろに跳んだことで空を切った。
ここで一度狂った精霊王の亡霊視点に立ってみよう。
強そうな敵と弱そうな敵、どちらを狙うかは明白である。
仮に狂った精霊王の亡霊が脳筋の戦闘馬鹿であったならば結果は少し違ったかもしれないが、そんな人種(?)がバカスカ出てくるのはどこぞのネット小説ぐらいなものである。
次に村の少年視点の立ってみよう。
眼前には憎き貴族と狂った精霊王の亡霊、背後には守るべき幼馴染の少女、はたして彼はどう動くべきだろうか?
踵を返し少女と走るべきか?これを好機と捉え貴族にナイフを刺しに行くべきか?無謀にも狂った精霊王の亡霊に立ち向かうべきか?
ここで彼の現在の目標を思い出そう。
彼の目標は目の前にいる貴族を同士討ちしてでも冥府の世界に引きずり込むことだ。
であるならば、ナイフで刺すなり跳び付くなりが正解となるだろう。
そして彼にその行為が出来るかというとそれはまた別問題だった。
彼あまりにもただの村の少年だった。
狂った精霊王の亡霊は高位冒険者でも討伐が厳しい相手である。
ただの村の少年にどうこうできる相手では無かった。
彼に出来たこと、それは狂った精霊王の亡霊の威圧にあてられて立ち竦むだけだった。
この時、金髪慧眼長身長貴族の行動は早かった。
奇声を上げて地面に尻を付け、喚きながら後ずさるのは物語の中だけである。
常に身の危険を感じながら政界を駆け上がる貴族は、常に身の危険を想定しているからこそ、実際にそれが訪れた時の行動も早い。道理である。
とはいえ、久々に見つけた憎き生ある者をむざむざと逃がす狂った精霊王の亡霊では無かった。
こうして村の少年による英雄記はあっけなく、それはもう本当に呆気なく幕を閉じることとなる。
理由は簡単、運命の女神による、二度にも及ぶ人(?)選ミスである。
一連の出来事をずっと茂みから観ていた彼は、なんて弱く、醜い生き物だろうと、彼らを嗤っていた。
余談だが、このあと狂った精霊王の亡霊は彼のエナジードレインの魔法によって消滅している。
実体を持った生命体でも彼のエナジードレインを受ければ塵となって舞うのだが、狂った精霊王の亡霊は魔力で構成された体だったため、文字通り何も残らなかった、わけでは無い。
名前をもう一度見てみよう。
狂った精霊王の亡霊、である。
要するに、お目当ての墓の主である。
狂った精霊王の亡霊の魔力体が消え去った後に残された物は『聖骸布』であった。
並のアンデッドが触れれば一瞬で消滅してしまうような代物である。
このような物に包まれながらもアンデッド化した精霊王に敬意を表したいと、今日もゾンビは嗤う。