勇者の罰ゲーム
「最近の冒険って、なんかマンネリ気味じゃないですか?」
戦士ドウリーが、勇者マッセルに真顔で進言した。
「レベルをあげているんだから、仕方ないだろう」
「次のボスは相当手強い。今の私達では一振りでやられてしまうと思います」
魔法使いセリアンが勇者の言葉を補足した。
彼にとって、紅一点の同意が得られたのは、どうしようもなく嬉しいことであった。
にしても、さっきから彼等は中堅モンスターばかりを倒している。
同じ顔の連中をバカの一つ覚えみたいに倒すのは、精神的に辛いものがあるのは事実だ。
それでも勇者はわりとノリノリだったが、仲間達が問題だった。
ドウリーは、その作業にダレてしまったあげく、勇者にこのように言っているわけである。
魔法使いだって、これでは無駄に力んで魔力を消費してしまうというものだ。
「正直飽きたんですよ。もっと刺激がないと」
「刺激って言ったって、どうするんだよ。劇薬とか飲んで昇天でもしようっていうのかい?」
「勇者さんのつまらないうえ、半端に過激なジョークなんてどうでもいいんです」
マッセルは酷く落ち込んだが、ドウリーは無視して話を続ける。
「要はもっと緊迫感が欲しいんですよ」
「これからボスを倒そうと奮闘している私達に緊迫感が無いというのか!」
「そうですよ。勇者さんはゴブリンを叩き切るのに夢中で知らないでしょうけど、セリアンさんなんて詠唱中に鼻くそほじってる始末ですよ?」
マッセルは驚いて、セリアンの顔を見た。
顔を赤らめて恥らう顔は可愛かったが、彼女が詠唱しながらしれっとした顔で鼻くそをほじる姿を想像してげんなりした。
「だからもっとですね。緊張感というか、必死さが今の我々には足りないと思うんです」
「どうするんだよ、それじゃあ」
そう言われて、ドウリーは高々と宣言した。
「賭けをしましょう。例えば次にキラーバットが現れた時、勇者さんが一撃でソイツを倒せなかったら、罰ゲームをするとか」
「え?」
「試しにやってみましょうよ。丁度手頃なキラーバットがやってきましたよ」
ドウリーの言うとおり、一匹のキラーバットがやってきた。
キラーなんて大層な名前がついているが、駆け出しの冒険者だって人によっては一撃で倒せるかもしれないザコである。
「罰ゲームはなんだね」
マッセルに聞かれたドウリーは少し考えてから、ポンと手を叩いて言った。
「一撃で倒せなかったら、騎士から山賊に転職」
「なんとしても倒す!」
勇者が山賊なんて、末代までの恥だ! 勇者は力んだ。
力んだので、見事にキラーバットへの攻撃を外してしまった。
驚いたキラーバットはそそくさと逃げてしまい、もはやリベンジも敵わない状況であった。
絶望するマッセルに、セリアンは慰めるように肩へ手をポンと乗せた。
ああ、なんて幸せなんだろうと目を潤ませるマッセルだったが、今度は前から厳ついドウリーの手が差し伸べられた。
「さ、町に戻って転職場に行きましょうか」
戦士に、神も仏もいなかった。
そしてついに、魔王と対峙する時がやってきた。
「よくきたな勇者とその仲間達よ。この私が今世界の覇権を握っていると言っても過言ではない。そんな私を、君達は本当に倒せると思っているのか?」
魔王は、自分に歯向かう戦士ドウリー率いる者達を笑った。
笑ったが、すぐに目をギョッとさせた。
「おい、勇者はどうした!」
ドウリーは、しれっと応えた。
「五つ前くらいの町ですかね。ゴブリンを一撃で倒せなかった罰ゲームとして、ゴブリン族の娘をナンパするって罰ゲームを科したら、娘さんに気に入られちゃって、拉致られちゃいました」
「……そうか。奴との戦いを楽しみにしていたんだがな。張り合いがなさそうで残念だよ」
そして、魔王はチラッとドウリーの隣へ目線を移した。
「モジモジしてる女はなんだ。やけに肌を晒しているようだが」
ドウリーは、ニヤリとしながら応えた。
「何を隠そう、魔法使いのセリアンさんです」
「……魔法使いとはもっと質素な服装をしていなかったか?」
「罰ゲームをやったんです。負けたら僕の言うとおりの服を着るって。それで今着ているのが、踊り子の服です」
腰みのを纏って、やけに露出度の高い踊り子ビキニを纏った彼女は、あまりにも魔法使いとは思えなかった。
魔王にとって、人間が肌を晒していようがなんとも思わない。
だが、戦士ドウリーは、チラッと横目でモジモジした姿を見るたびに、そのポーカーフェイスを保ったまま、鼻を伸ばしていた。
というより、鼻血も少し出ている。
「お前の率いているパーティには緊迫感がないな。この私をなめているのか?」
流石に魔王は、相手の態度に物凄く苛立っていた。
そして、彼が何よりも気になるのは、モジモジした魔法使いの隣に立っていた人物である。
白いナプキンとエプロンをして、フライパンとフライ返しを持ち、あげくに戦いとは無縁そうな笑顔を振りまいている。
そんな、この場所にはもっとも不釣合いと言っても良いオバサンの存在が、魔物を苛立たせて仕方なかった。
「この、このババアはなんだ! まだ緊迫感のない勇者やお前達は許そう」
魔王は、勢い良くオバサンを指さした。
「だが、だがなあ、せっかくこの私がここまで雰囲気作ってやったというのに……どうしてここに場違いな人間がいるんだ!」
なおもセリアンをチラチラと見ていたドウリーだったが、魔王の質問に気づくと、咳払いしながら応えた。
「勇者さんの故郷のお母さんです。宿屋の値段がいくらか賭けをして、勇者さんが負けたので、罰ゲームとして呼んできて、そのまま仲間にしました」
「そんなことはどうでもいい!」
「五十七歳。現在は夫と二人暮し」
「うるさい!」
「最近は、ちょっと不倫に興味があるそうです」
「黙れ黙れ!」
「あなたを見て、年甲斐もなく胸がキュン! としてしまったようです」
ドウリーの最後の解説に、魔王は凍りついた。
勇者の母だというオバサンの目から、やれに生暖かい視線が注がれている。
気持ちが悪い! 魔王は思わず口を手で押さえた。
「魔王さん……」
「よ、よよよよよよ寄るな! 寄らないでくれ! よ、寄るなと言うに!」
腰を抜かしたようにして尻餅をついた魔王は、ズリズリと尻であとずさっていた。
だが、魔王は動揺のあまりすっかり忘れていたのだ。
自分の城が崖っぷちの一番高いところにある、三十回建ての塔だということに。
「ぐはっ!」
不快感のあまり、魔王が勢い良くぶつけたせいで、塔の壁に穴が空いてしまった。
思いも寄らないことに、魔王は体勢を立て直す暇もなく、塔の下へ落下した。
「お待ちになって、いとしの、わたしの、魔王様あああああ!」
勇者の母は、魔王の後を追うように飛び降りてしまった。
……勇者達の戦いは、こうして終わった。
「わ、私の勝ちですね」
「ちっ。魔王も大したこと無いなあ。初めて負けましたよ」
ドウリーは舌打ちしながら、道具袋から魔法使いのローブを取り出した。
顔を真っ赤にしながらそれを羽織ったセリアンは、さっさとドウリーに背を向けて歩き始めた。
「もう私に付き纏わないでください! 見損ないました、ドウリーさん!」
最後にサンダー魔法を一発ドウリーにお見舞いすると、随分と怒った様子でセリアンは塔を降りていってしまった。
「はあ。振られちゃったなあ。罰ゲームしてるうちに、いつか振り向いてくれると思ったのに」
ガッカリしたドウリーは、魔王の座に座ってみた。
ついた途端、彼は良いことを思いついた。
「魔王になって、彼女をさらうというのはどうだろう」
しかし、誰も答えてはくれなかった。
「……罰ゲーム仲間が欲しいなあ」
ドウリーは仕方なく腰掛にもたれ掛かって、昼寝を始めた。
が、雷がうるさくて、彼はすぐに不眠症に陥った。
魔王っていう職業は大変である。
溜め込んだ短編を消化するシリーズ。案だけならまだいろいろあるんですが、これで残るはあと一つか二つ。仲間内で罰ゲームが流行っていた頃、思いつきで書き出したもの。オチまで結びつかず、一ヶ月くらい放置してたかもしれない。RPGツクールで「全てが勇者と名づけられた勇者物語をやろう」って構想がずっとあって、それの発展した結果がこれなのでしょうかね? そろそろコメディ以外にも手を出したいです。恋愛とか。すんごい難しいですけど。