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スペシャルクリーム for Crazy Town  作者: ジョブレスマン
6/7

シックストナイン

 窓から眺める有象無象の動きはとにかく汚い。一方方向を見て、振り返ることすらない。

 命の塊を見るたびに嗚咽の波が足先から沸き上がる。妬み嫉みのこびりついた便器は「普通」を掲げる。全身に糞を塗りたくった「普通」どもがだらしなく長く伸びた舌を出し、主張する。「私のほうが汚いんだ!」

 汚物と汚物が重なり合い、新たな汚物を産みだす。累々と無価値にも増えた汚物が歩いている。汚物は、愚かなほどにもろく儚い。もちろん、汚物に、尊さなどは微塵もない。

 幾度も嘔吐を繰り返す。しかし俺がいるのは便器の中で、周りには汚物しかないことに、変わりはない。

 自意識の残響に腹が鳴る。不可知の神を求め喉がかれる。

 打ち拉がれるほどに怒り、震え、果てに線を見つけ出した。

 善悪未分の世界に、俺だけが見える、正しい線。

 怠惰は罪だ。労働は美徳だ。便器がそう言っている。

 使命ではない。

 部屋が汚ければ掃除する。汚物があれば、水で流す。

 安定だ。


 

ソファーも机もないがらんとした一室に、ラジオが一つ。


「・・・今朝、アンセンサード市西ニプル地区の路地裏で、30代男性が全身をさされ、死亡しているのが見つかりました。同市では同じような事件が相次いでおり、連続事件として調査しているとのことです。続いての二ュースです・・・」


 男は満足げに笑い、立ち上がると、窓から外を見た。

 すると、一転して顔をしかめた。まるで汚物を見るような目で、雑踏を見下ろしている。

 右手の人差し指から、つーっと、白い線が延びていく。その白い線はそのまま床に刺さった。ぶすぶすと床が悲鳴を上げる。男ははっと顔を上げ、再びにやりと笑った。

 夕日が落ちていく。夜が近かった。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


 アンセンサード市警の周りに人だかりができていた。


「シックス刑事!今回の事件について」


「うるせえよ、ああ、もう、邪魔だ!」


 マスコミを押しのけて、シックスはなんとか市警内に入ると、目を擦り、大きくため息をついた。連日の事件で、徹夜が続いていた。便意を催す。大便にいく時間さえ惜しいと我慢していたが、そろそろしておかなければ、尻が耐えられなくなる。 

 慎重にうんこを出しながら、考える。もちろん、あの事件についてだ。滅多刺しにされた遺体が今朝見つかった。場所はアンセンサード市西ニプル区の路地裏。ベリーボタン駅の西側のことであるが、数年前まではいわゆるドヤ街であったが、最近ではノースゲート社が進出して来て、比較的治安が良くなっていた地域である。被害者は30代男性。なんらかの刃物で刺されたことは間違いないのだが、問題は、その凶器である。この事件は、たぶんだが、やはり。

 うんこが肛門を通っていく。ぴりっと、小さく削れるような痛みが走る。


ーーーやばいか


 気張り終え、ティッシュを優しく肛門に押しあて、確認する。


ーーー良かった、血はついていない


 うんこが固くなっている感じがしたが、なんとか乗り切った。もう我慢するのはよそう。出すときには出す。ウォシュレットで丁寧に肛門を洗い、トイレを出る。


「おい、シックス、ちょうど良かった」


 白い髭を立派に蓄えた男がシックスに声をかけた。


「ああ、パバート課長。なにか御用で?」


「今度の捜査で、お前の相棒になるのを連れて来た」


「相棒?」


 パバードの背後から、茶色い髪をポニーテールに束ねた若い女が現れた。


「こちら、ナインくんだ。お前より随分若いがすでに警部補じゃ。わっはっは」


 パバードは下品に笑った。


「はじめまして。ナインです。よろしくお願いします、シックス刑事」


 シックスは、苦笑いを浮かべながらパバートを男子トイレへ連れ込む。


「ど、どうしたんだシックス。お前まさか、いや、わしにも心の準備というものが」


「何冗談言ってんです課長。あんな若い娘、凶悪事件ですぜ。ただでさえ忙しいのに」


 こほん、と咳払いをすると、パバートは言う。


「ナインくんは本庁採用のエリートじゃ。しかも学科、実技ともに優秀な成績を残しての採用。研修期間も素晴らしい成績だったと聞く」


「なんでそのエリート様が本庁でなくこんな地方都市に」


「去年から本庁の教育制度が変わったんじゃ。幹部候補生も、半年間は本庁以外で実地勤務をさせることになった。それで彼女がここを選んだの!そしてお前の受け持ってる事件に志願したの!それに彼女は次長の」


「なんだそりゃ。なんで俺につけるんだよ。キャリア組の経験のために現場の仕事が遅れりゃ、その責任は」


「失礼します」


 ナインが割って入る。

 シックスは、少し仰け反り、言う。「ここ、男子便所だぜ、お嬢ちゃん」

 おいおいやめておけ、とパバートがなだめる。

 ナインは、やや吊り上がった目をさらに吊り上げ、シックスを睨む。


「お嬢ちゃんではありません。ナインです、シックス刑事。私がこの街を選んだのには理由があります。そして、本庁勤務の幹部候補生を本庁外で実地勤務させることにも、大きな意味があると考えています。同じ警察とはいえ、本庁と各警察署間でのコミュニケーションが少ない。全国的な犯罪になったとき、全国的に対応が迫られる事態が起こっているとき、今の状況では対応が遅れてしまいます。その改善の第一歩として、本庁から幾人かの人材を各警察署に出向させることにしました。その流れとして、幹部候補生も現場を知っておいた方がいいということで研修の延長に」


「わかったわかった。オーケーオーケーとりあえずデスクに行こう」


 シックスは頭を掻きながら、デスクへ向かった。パバートは、まあ、頑張れ、と二人を見送った。

 ホワイトボードに、大きな写真が張ってある。胸と顔部分に無数の穴があいている男の写真だ。


「これが今朝見つかった遺体だ。西ニプル区の路地裏で見つかった。30代男性。そしてこれとこれが」


 シックスは、さらに二つの写真を貼付けた。


「三日前と先週に見つかった遺体だ。右が、駅の南側のジェニタル区の林で見つかったものだ。50代女性。左が、東ニプル区の端にある池のそばで見つかった遺体。こっちは40代男性。3人には生前、なんら関係性も共通点もない。ただ、見ての通り、殺され方は同じだ」


 一枚目同様、無数の穴があいている遺体の写真が、二枚。


「問題は、凶器ですか」


「そうだ。何だと思う?」


「無数の穴、それもとても細い。アイスピックのような」


「検死の結果、市販のアイスピックよりも細いらしい」


 ナインは、視線を落とす。

 かと思うと、ちらりとシックスの顔を伺いながら、言う。


「異質な。この街に最近よく起こる、異質性の強い事件かと」


 ナインのことばに、シックスがぴくりと反応する。


「お前、なんかしってんな?」


「アンセンサード市で去年爆発事件と銃撃事件、ありましたよね」


 シックスの反応を待たずに、ナインは続ける。


「死者はでませんでしたが、問題は、使用された凶器です。銃刀法が徹底されている我が国では裏の人間であっても、街中で銃火器の使用は考えにくい。現に、発砲音などは確認されておらず、壁や窓ガラスに残った銃跡は、既存の弾とは別種のものであると調査資料に記載されていました。爆発事件にしても同じで、爆破装置や化学物質が検出されていません。明らかに、今までの爆発事件とは異質です。なにか超常的な。それは都心の方でも全くないとは言いませんが、しかし、それにしてもここ最近、この地域で連続して起こっている」


「よく調べたな」


「修士論文そっちのけでした。これらの異質性に、幾人かを除いて中央はあまり興味をもっていません。そもそも、中央と他との意思疎通が少なすぎるのです。これは全国的に広がる可能性があります。もっと国として考えていかないと」


「それで、実地勤務にここを選んだわけね」


 こくりと、ナインは頷いた。


「異質、たしかにそうだが、めちゃくちゃ超常的現象が起きてるわけでもねえ。実際犯人がだれも捕まっていない以上、それを証明することもできない。今回の事件だってそうだ。アイスピックよりも細いなんらかの凶器で無数にさした。凶器は不明。異質性はあるが、上が本腰入れて動くほどじゃねえ。どうすればいいか、わかるか?」


「犯人を捕まえる」


「そういうこった」


 シックスは、デスクに地図を広げ、画鋲を差す。


「ベリーボタン駅を中心に、西ニプル区、東ニプル区、ジェニタル区で一件ずつ。目撃者や凶器などは一切見つかっていない。被害者に関連性もなし。一週間前、三日前、昨日と、だんだんと犯行期間が短くなっている。どう思う?」


「動機はわかりませんが、無差別に相手を選んでいるのは間違いないと思います。顔を滅多刺しにしていることから、破壊衝動が強いのかもしれません。期間が短くなっていることから、衝動が抑えられなくなっているのか、今日にでも行う可能性が高いかと。場所に関しては、なんらかの意味があるのでしょうか。人気のない場所であることはわかりますが。何か深いメッセージか、敢て変えているのは間違いないと思いますが」


「素晴らしい考察。さすがエリート様だな。まあ、快楽殺人と考えたほうがいいな。知能犯ではないのはたしかだ。殺害現場を変えてるのは、ない頭で考えてずらしてるだけだろう。西ニプル、東ニプル、ジェニタルと来たら、残りは西ニプルと東ニプルの間にあるクリーヴィッジ区だと考えるのが妥当か」


「そこには大きな公園がありましたね」


「アンセンサード記念公園」


 言うと、シックスは立ち上がった。続いて、ナインも立ち上がる。それを見て、シックスが言う。


「こらこら、あんたの今日のお仕事はここまでだ。おい、ホーニー!」


「なんです、シックス刑事」


 長髪をオールバックに整えた若い男が、颯爽と現れた。


「ここいらを案内してやれ。お前がいちばん詳しいだろ」


「はい、そりゃもちろん」


 ホーニーは、ナインの体を品定めするように見て、にんまりと笑った。


「おいこら、間違えても手つけんなよ」


「ちょ、ちょっと待ってくださいシックス刑事。私も行きます」


「お嬢ちゃん、こっからはかなり危険なの。幹部候補生に怪我でもさせたら俺の責任になっちゃうよ?」


「お嬢ちゃんじゃありません。ナインです。それでは実地勤務の意味がないじゃないですか。あなたが駄目というなら、パバート課長に直訴します」


 背後から、豊かな髭をいじりながら、パバートが近づいてくる。


「行かせてやれ、シックス」


 にっこりと笑い、パバートが言った。


「いや、でも」


 シックスが何か言おうとすると、パバートがシックスの耳元でささやく。


「彼女は警察庁次長の娘だ。次長はゆくゆくは長官になる。わかるな?」


「いや、だったらなおさら」


「パバート課長、ありがとうございます!」


 ナインがお辞儀すると、パバートは満足げに頷いた。


「まって、やっぱやばいですって課長!」


「なら俺が付いていきましょう!」

 ホーニーが手を上げたが、パバートは、「お前は違う意味でやばいじゃろ。おい、トム」とひと際大柄な男に声をかけた。


「課長、なんでしょう」


 トムは、体格の割に小さな声で言った。


「お前、シックスとナインくんについていけ」


 パバートに言われ、トムは、うす、と言って、頷いた。


「ナインくん。彼は、ピーピン・トムだ。見た目のまんま、気が優しくて力持ち。仲良くしてあげてくれ。あと、シックス」


 パバートは、再びシックスの耳元でささやく。


「ナインくんになにかあったら、お前わかっとるじゃろうな」


「へ?いや、あんたがおしつけといてなんで俺が」


 シックスの気も知らずに、ナインは意気込んでコートを着た。

 シックスは、渋々コートを着た。

 夕日が窓から差していた。

 


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