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スペシャルクリーム for Crazy Town  作者: ジョブレスマン
5/7

ショウジョノショウタイ

「ん?なに。ここは」

 

 クリームのそばで寝ていた少女が、目を擦りながら起き上がった。

 ダイクは、にやりと笑いながら、「さて、面白い女の子を助けたわね、あんたたち」と言って、電燈から垂れ下がったひもを引いた。

 部屋が明るくなる。


「あんたたちだれよ!」」


「ちょっと、五月蝿いよお前!ここ壁薄いんだよ!」


 パイは壁の方を見ながら、少女に言った。


「まあ落ち着きなさいお嬢ちゃん」

 ダイクは目を細めながら少女の首筋を指でなでる。


「ひ、ひい」と少女はダイクと距離を取るように部屋の隅へ後ずさりする。

 ダイクは、「キレイな黒髪ね」と口角を上げ、じとりと少女を見つめた。

 少女は、二人の男よりもライダース姿の女の方が危険だと悟り、パイとクリームの方を見て言う。


「なにが一体どうなってんの?!」


「とにかくボリュームを落としてくれ!隣人が結構怖いんだよ!俺の部屋だぞ!」


 パイは立てた人差し指を口元に持っていき、ない首を必死に上下に動かす。彼の必死さが伝わったのか、彼の気持ち悪さに閉口したのかはわからいが、とにかく少女は黙った。


「さてお嬢ちゃん。あなたを襲った猫背は、そしてもちろん、あなたを救った私たちは誰なのか。私はその説明をすることができるわ。でも、その前に。まずはメイクイットクリアー、明確にしなきゃね。あなたの名前と、そしてあなたの今日一日の行動を教えて」


 少女は、反抗的な目をダイクに向ける。ダイクは、舌なめずりをして少女をうっとりと見ている。


「ちょ、あんたはなんなの、やばいやつじゃん!」


「ああ〜いいわあ〜その目つき、反抗的な態度、適度な育ちの悪さ。ふくじゅうさせたあア〜い」


 心の声がでちまってるぜ、とパイがたしなめる。ダイクは首を大きく振ると、ごめんなそばせ、と言い、続ける。


「真面目モーーーード。あなたの選択肢は二つ。なにも知らないままこのクレイジータウンをさまようのか、私たちに協力するのか」


 遠くで救急車のサイレンが鳴っている。


「クレイジータウン?この街が、ですか?」


 クリームは、ダイクの言ったことばに引っかかった。ここ数年、特にノースゲート社が駅の西側にビルを建てはじめてからというもの、治安は良くなっていると感じていたからだ。といってもこの半年はほぼ外には出ていなかったが。


「引きこもってちゃあ何も見えねえぜ、クリーム。表面的には犯罪率低下、ドヤ街の取り締まりとかで安全になったように見えるが、くすぶりが見え始めてやがる。ノースゲート社が今度の市長選に候補者を立てるって話が出てから、それまでは仲良くやってた街のドンと裏でどんぱちが始まってるぜ。それに、追い出されたドヤ街のやつらがノースゲートに対抗しようってんで妙な組織を立ち上げやがった」


「ノースゲート?」

 パイの話に、少女が反応した。


「そうだよ。知らねえか?5年前に、ノースゲートが郊外の工場を買収したんだ。そのときはまだ普通の薬品会社が普通に工場を買った、ぐらいにしか思ってなかったさ。3年ぐらい前か、駅の西口にどでかい自社ビルを建てやがった。そっからはあれよあれよと街は様変わり。遂には政治にまで食い込もうとしてやがる」


「知ってる」と少女が吐き捨てると、「そうでしょうね」とダイクが意味深に言った。


 ダイクの態度を見て、少女は観念したかのように言う。


「私は、ノースゲートの社長、ブロウ・ジョブズの娘」


「いや、でも、確かあそこの社長は」


 クリームでも知っている事故があった。当時かなりのニュースになったからだ。


「そうよ、4年前に交通事故で死んだわ。今は引退していた祖父が社長業に復職した」


ーーーあいつがほとんどのことを決めてるけど


 とまでは少女は言わなかった。


「そ、そうか。それはすまなかったね」


 パイは途端に口調を改める。


「いいよ、別に。私はカンナ。カンナ・ジョブズ」


「その黒髪と、名前は」とダイクが言うと、「母の血よ」とカンナは間髪入れずに答えた。

 なるほどね、とダイクが頷き、さらに問う。


「さて、その渦中のノースゲートのお嬢さんが、一体なぜ夜の街で襲われていたのかしら?」


「知らない。私はただ、待ち合わせまでちょっと時間をつぶそうとしてその辺をぶらぶらしてただけ。じゃあ猫背のやつが襲って来て」


「待ち合わせ?」


 ダイクが強い口調で訊ねた。


「そ、そう。アドミーフリーってサイトで知り合った人と駅で」


「あ、アドミーフリーって、お前、あの」


「なんですかパイ先輩。知ってるんですか?」


「え?は?いや、俺は知らねえけども、やってねえけども、ダチから聞いたんだよ。あれだろ?いわゆる出会いを求める系のサイトだろ?あ?は?お??」


 クリームが不審の目を向けると、「なんだよ」とパイは悪態をついた。


「それにしてもよくあの屋敷をよく出られたわね」


「今日は屋敷が騒がしかったの。祖父も、それにあい、いや、メイドたちも慌てている様子だった。なにがあったかは知らない。その隙に出て来た」


 なるほどね、とダイクは頷き、続ける。


「サイトの方は後で調べる価値がありそうね。その前に、カンナ。あなたの状況を説明して上げるわ。まず、あなたを襲った猫背。これは、まず間違いなく、街のドンであるディックの仕業ね」


「ディック?」


 クリームが訊ねた。この街に来てもう10年近くになるが、初めて聞いた名前だった。


「表にはほとんど出ない名前さ。だが、駅の南側にあるネオン街、そのバックにはやつがいる。現市長も含め、お偉方も常連だ。クリーム、お前も裏で生きていくんだからこの名前は必ず覚えておけ。裏のやつらはやつのことを敬意を込めて”ビッグディック”と呼んでいる」


「ビ、ビッグディック」


 クリームが復唱すると、「そうだ」とパイは満足げに頷いた。


「なんでそんなのが私を」


「今まではうまくやってたのさ。ノースゲートも金を払ってたし、なにより棲み分けができてた。西側はほぼ無法地帯だったから、ノースゲートの進出でビックディックに損失があったわけじゃねえ。だが、市長選に候補を立てるとなると話は別だ。明確な宣戦布告とも言える」


「臨界点が近づいてるのよ。というか、すでに突破している。屋敷の異変、あなたの脱走、そして襲撃。ここからさらに混沌になっていく。それは目に見えている。それを止めるのが、私たちよ。そして、止めるためのカードに、あなたはなり得る。だから、私たちと来てほしい。私たち、そう、私たちは」


「このファッキンクレイジータウンにおいて、唯一無二の純潔無垢」


「「イノセント・ワールズ・カンパニー!」」


 パイとダイクが大声で叫ぶと、「うっせぞ」という声とともに壁がどんと鳴る。

 パイは、しまったという顔をして、しゅんと座り込んだ。


「さて、カンナ。警察に行っても家に戻ることになるだけよ。アドミーフリーのお相手は十中八九ビックディックの仕掛けた罠ね。さあ、どうする?逃げ出したうちに戻る?それとも、このクレイジータウンをほっつき歩く?そ・れ・と・も」


 救急車の音が未だに鳴り響いている。

 隣の部屋から、大きな笑い声が聞こえる。

 クリームがパイをちらりと見る。腕組みをしたパイはクリームの視線に気づいて、二度、三度と、諭すように頷いた。


「わかった。とりあえずあんたたちと行く」


 カンナは、俯いのせいたまま言った。

 ダイクは、顔をゆがめると、恍惚とした表情でカンナを見た。甘美な悦楽に浸っているような。

 パイが、ダイクを肘でつつく。ようやくダイクは自分の世界から戻ってくると、表情を戻し、カンナの肩をぽんと叩く。


「大丈夫よ。安全な場所がある。悪いようにはしないわ」


 パイは、カンナに手を伸ばし、言う。


「welcome to innocent world」


 カンナはパイを見ると、すぐさま俯いた。

 救急車の音が遠くなる。隣の部屋からは相変わらずテレビが五月蝿い。

 パイは、クリームを横目で見て、行け、行け、と声に出さずに促した。

 クリームは、いやいやながらも、なんともいえないこの空気に耐えきれず、


「ウェ、ウェルカムトーイノセントワールド」


 カンナが、クリームを見た。

 それは哀れみか。痛々しいものをみるような。クリームは途端に恥ずかしくなった。

 カンナは、再びゆっくりと俯いた。


「to。 tの発音がちょっと甘いな。つばをだすぐらいで、t、t、わかるか?ttt。ほら、やってみ。ttt」


「いや、いいっす」


「え、いや、まじ大事なんだって。まじだよこれ?ttt。tめっちゃ大事だよ」


「いや、まじでいいっす」


「まじかよ!」


 とりあえずクリームは家に帰った。明日は初任務らしい。


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