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スペシャルクリーム for Crazy Town  作者: ジョブレスマン
3/7

チョウドウテイ

 クリームは、雑踏を歩いていた。

 パンツは、もう濡れていない。乾いてしまったのだろう。


ーーー替えのパンツぐらいくれたらよかったのに


 昨日、ある少女を助けた。暴走バイクに引かれそうになっていた少女だ。少女、といってもそれは見た目だけで、実際はもうすぐ大学生になる年齢だったらしい。それはまあいいのだが、明らかに助けられるタイミングではなかった。クリームの位置からして、間に合うはずがなかったのである。しかし、そのとき何かが起こり、少女は、五体満足でクリームの腕の中にいた。

 光差す雲を見て、クリームは気を失った。目を覚ますとそこには、白衣を着たメガネの女とひげ面の男がいた。彼らにはコードネームがあるらしく、女は「ダイク」、男は「パイ」と名乗った。


「あんたは、覚醒した。わかる?」


 ダイクの話は突拍子だった。いくつかのステップを飛ばしている。


「クリーム、少女を助けたのはお前だ。俺は現場を見ていた」


ーーー俺が助けた?


 どうやって、とクリームは訊ねた。100メートルの世界記録を持っていても、間に合うはずのないタイミングであった。


「お前の力でだ。お前は、ものすごい早さで移動した。それは」


 パイのことばを遮って、ダイクが話し始める。


「あんたは一瞬で肉体を強化できるのよ。直接見たパイいわく、ね。人を超えた力を持つもの。あなたのようなものたちを『超童貞』と呼んでいるわ」


ーーー『超童貞?』なにいってんだこいつ


 ぼんやりとした意識の中で、なんとなくこの状況を受け入れていたクリームであったが、意識がはっきりしてくると、抗いが生じ始めた。勝手に「クリーム」と呼ばれ、ひげ面のおっさんに先輩面され、人を超えた力がどうだとかで挙げ句の果てには「超童貞」と言われ。唐突に溢れ出た不明瞭な情報を処理しきない。遂には、クリームに苛立がわき起こる。


「よくわかりません。とりあえず家に帰ります」


 クリームの予想に反して、ダイクとパイからの強い引き止めはなかったーーーー


 風が骨身に沁みる。


ーーー無機質なビルだ。


 クリームは、月明かりに輝く、ひと際新しい、一番高いビルを見上げて思った。ノースゲート社のビルである。クリームの働いていた工場が閉鎖になったのは、ノースゲート社が原因だった。5年ほど前になるか。ノースゲート社が、町はずれの工場地帯を買収し始めたのだ。それとともに、大半の労働者は、他の場所へと移動した。駅の西側は、飲屋街、キャッチ、キャバクラ、と絵に描いたような夜の町であったが、その頃から、ぼつぼつとノースゲート社のビルが建ちはじめた。今では、オフィス街と言ってもおかしくない町並みになっており、治安も改善された。しかし、なんというか、冷たさを感じるのである。工場が閉鎖されたという私怨からであろうか、とにかく、クリームはノースゲート社を快く思っていなかった。

 ビルを背に、闇夜を歩く。

 クリームの住むぼろいアパートが見えて来たとき、背後で悲鳴がした。

 なんだ、とクリームは振り返る。


「助けて!」


 聞き覚えのある声とともに、小さな影が走ってくる。


「助けて!」


 少女は、息を荒げながら、クリームの前で膝をついた。


「君は、駅のそばで見た」


ーーー生意気な少女じゃないか


「ひょいひょいひょうい、もう逃げらんないぞ!」


 細身で猫背の男が現れる。


「なんだあ?お前は?」


 猫背は、クリームを見て、言った。


「なんだあ?とはなんですかね?なんだあ、とは」


 苛立を込めて、クリームは言った。というより、込めてしまった。争い事は苦手である。心臓のばくばくが止まらない。なぜ苛立を我慢しなかったのか。なぜ相手を挑発するような言い方をしてしまったのか。もう遅い。


「んんん?キレてんのお?キレちゃってるう?まあ、そこの女の子渡してくれたらどっか言っちゃっていいよお前は」


 思ったよりも相手はキレていない。少女が欲しい、というが、明らかに異常な相手に年端もいかぬ見た目の少女を渡していいものかどうか。


「あんたたち、誰よ!祖父の遣いでもないわね。私を攫うきでしょ!」


「んんん?それはいいいえなあああい」


 猫背は、にたにたと笑いながら、右手の親指と人差し指を擦り始める。すると、小さな白い球体が指の間に現れ、それをひょいと、クリームと少女に向かって投げた。


「よけて!」

 少女がクリームの腕を引っ張る。

 クリームも、異常を察し、少女の動きに呼応して、その白い球体を避けた。

 ぼん、と音がすると、それは爆発した。


「な、なんだあれ!?」


「知らないわよ!とにかく爆発するの!」


 クリームと少女のやり取りをにたにたと聞いていた猫背は、再び親指と人差し指を擦り始める。


「生きてさえいれば足がふっとぼうと構わなあいいいのだああ。次はもっとおおきいぞお。早く女をわたすんだああ」


 クリームは、自分の腕にしがみついている少女を見た。

 次に、自分の堕落した人生を思った。見た目は中学生とはいえ、18近い女が腕にしがみついている。今がピークかもしれない。

 そして、あの二人のことばを思い出した。ダイクと、パイ。覚醒、人を超えた力、『超童貞』、クリーム。


「彼女はわた」

 

 さん、と意気込もうとしたが、


「遅いいいい!」


 猫背はクリームが言い切る前に、さっきよりも大きな白い球体を二人に向かって投げた。 


ーーーやばい


 思うか思わないかのうちに、全身に高揚感が沸き上がっていた。どくどくと、心臓が鼓動する。

 今回は、見える。

 少女を抱え、瞬時に移動する。

 背後で、爆発音がした。


「ぬわ、ぬわんだあ!?」


 一瞬のうちに数十メートル移動したクリームと少女に、猫背が驚く。

 クリームは、膝をついた。ぬちょりと、股間が濡れている。気持ち悪い。

 少女は、爆発に驚いたのか、クリームの力に驚いたのかはわからないが、いつの間にか気絶していた。


「お前も力があるのおかああ。でも、制御できてぬわいなああ!」


 猫背が向かってくる。走りながらに、親指と人差し指を擦っているのが見えた。


ーーーやばい


「俺たちは」

 誰だ?クリームの背後から、声がした。

 猫背は、にたにたと笑いながら、さっきよりも大きな白い玉をクリームに向かって投げた。


「パイクリームだ!」


 クリームの背後から、ひげ面の中年男が現れる。


「パイ師匠!」


 パイは、両手で輪っかを作ると、そこに、薄い膜をはらせた。

 白い球が、膜に当たると、猫背の方へと跳ね返っていく。


「ぬわあんだああ!?」


 猫背の驚きの声とともに、爆発音が響き渡る。

 辺りに煙が充満する。


「今のうちに逃げるぞ」


 パイのことばをうけ、クリームは少女を背負い、立ち上がった。


 ねちょりと、股間が気持ち悪かったが、我慢するほかなかった。


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