門の前にて
森を抜けて城下町まで来た頃には、既に日も暮れて星が瞬いていた。
門番を務める物々しい兵士の2人も、壁に凭れ掛っているあたり幾らか眠気が窺える。
「そろそろ交代の時間……ん? こんな夜更けに旅人か?」
フルフェイスの兜で素顔の見えない兵士が1人、やってきたエミルとリヴィアンに気がついた。
もう1人は立ったまま寝ているのか――2人がやってきたことに気付いていない。
「あぁそうさ、俺達は旅人だ。この町に入れてくれないか?」
「いいとも。手配書に無い顔だし――ただ、あまり変な事はしないようにね。この頃物騒だから」
「何かあったのか?」
訝しげに眉根を顰めるエミルの顔は、情報を聞き出そうとしている――いわば旅人なりの自己防衛手段である。
一方でリヴィアンは暇そうに、ふわりと欠伸をしながらもう1人の兵士を眺めている。武器も持たずに寝ている光景を見る限り、物騒という割には平和ボケしていそうである。あまり政治などに興味を持たないリヴィアンでも、そこは何となく察することが出来た。
しかし、片や隣国では戦争が起きていたりと、世界は実に滑稽である。
「最近、王城に不審者が出入りしてるって情報が流れてるのさ。盗まれた金品はなくて、侵入の跡だけが判明してるらしいよ」
「王城に侵入を許されるとは――一体どういうことだ?」
「さあ? 僕には分からないよ」
鎧越しでも、肩を竦めているのがわかる。
「何せ僕たち門番は、直接兵士として戦場に赴いたりしないのさ。上の人から与えられた命令を忠実にこなすだけ――って言っても、ただの門番だけどね。凶暴な魔獣が来たら即連絡、応援が来るまでの間、ある程度応戦できる程度の実力しかない。だからだよ」
「なるほど、な」
――となれば、特別に警戒をする必要はなさそうだ。エミルは少し気を抜くことが出来た。
「ま、そろそろ入りなよ。宿屋ならすぐそこを右に曲がって……って、ちょっと君!」
「?」
ふと声を大きくした門番に、エミルとリヴィアンは揃って首を傾げる。
だが門番が見る目はエミルではなく、ましてやリヴィアンでもなく、全く違う方向を向いている。
何かと思い、追った目線の先には――細長い骨董品のような煙管を持ち、優雅に紫煙を燻らせる少女の姿があった。
「ん、何」
鬱陶しそうに長い水色の髪をかき上げ、横目で門番のほうを見る。
瞳は赤い。眠たげに細められた穏やかな目つきだが、どこか威圧的な眼差しを放っている。
「何って、ダメじゃないか。未成年が煙草なんて吸ったら」
「あら。私が元いた地域では、少しくらい許されたのだけど?」
不敵に微笑む少女はどこか大人びている。何だ、ただのマセガキか――エミルにはそう見えたが、リヴィアンは少しばかり目を輝かせている。
大人っぽい雰囲気に憧れたのだろうか――それに気付いたエミルは、思わず溜息をついていた。
「君の居た地域では良かったかもしれないけど、ここは王国の領土だよ。悪いけど、王国の法律に従ってくれないかな」
「……分かったわよ」
これ以上言っても無駄だと諦めたのか、少女は渋々煙管をしまう。
その時、エミルと目が合った。
「――あんたは大人でいいわね」
「あ? 何がだよ」
「何でもないわ。それじゃあね」
溜息をついた後、少女は優雅に去っていく。
残されたエミルたちも門番に別れを告げ、宿屋を目指して歩いていった。