落石注意
エミルは現在、世界の観光を兼ねて仕事と住居探しをする浪人である。
戦争で故郷を失って以来、持ち前の工業技術力と体力を生かして何とか食いつないでいるのだ。
結果的に世界中の様々な場所へ赴くので、記憶の手がかりを探すリヴィアンにとっては都合が良かった。
ただ、一方的に世話になるわけにはいかないと主張したリヴィアン。彼女も、手伝えることは出来る限り手を尽くしている。
記憶に関する手がかりもないまま、そんな旅を続けること5日後――
「リアン、今日中にこの森を抜けるぞ」
「?」
まだ朝日も顔を出さない早朝4時、早起きして並んで道を歩くリヴィアンとエミルがいた。
ここは廃墟から、国境沿いに数キロ離れた場所にある森の中だ。国はウェルド王国で、一番近い町は城下町となる。
2人は廃墟を離れて以来、その城下町を目指している。
「この先は危険なんだ。凶暴な獣に盗賊もいるし、何よりあの峠から頻繁に落石が来る」
言いながら、目線を持ち上げるエミル。リヴィアンが彼の目線を追うと、岩肌の露出した如何にも危険そうな峠が聳え立っていた。
何時ぞや見た塔と同じように、今にも崩れそうである。落石の話も強ち嘘ではないのだろう。
「よく知ってるね。初めて来る場所じゃなかったの?」
「いやいやお前、旅っつったら下調べは当然だぜ?」
「そ、そうなんだ……」
「そーだよ。ほら、いくぞ」
「ちょ、待って――え」
先を行こうとするエミルを追いかけた刹那、上り坂の先を見たリヴィアンが硬直した。
「きゃっ!?」
そして、彼女の身体を抱えたエミルが素早く横へ飛んだのと――ゴロゴロと転がる巨大な岩が、さっきまで2人が立っていた道を下っていったのはほぼ同時。
轢かれれば即死も免れない――そんな大岩は瞬く間に坂を駆け下り、やがてT字路で木々を薙ぎ倒しつつ――その運動エネルギーを消費しきる。
突然の出来事にリヴィアンはまだ硬直しているが、エミルは慣れた様子で岩を見送っていた。
「ふぅ、あぶねぇあぶねぇ。何とか避けきれたぜ……リアン、大丈夫か?」
「う、うん。ありがと……」
「――よし、怪我もないみたいだな。やっぱ場数って大事だな。長いこと旅人やってれば、お前もいずれこうなるだろ」
「そ、そう……」
――胸の鼓動が高まっているのは、きっと大岩の所為だけじゃない。リヴィアンはそう思いつつ。
「あの……」
「ん? あぁ、わりぃ」
訴えれば、照れた様子も見せず、そのままサッと離れるエミルである。
この反応を見る限り、普段から見知らぬ他人も助けているのだろう――そう思うリヴィアンだった。
第一章が始まりました。ここから第二章に突入するまで非常に長くなる予定ですのでご了承下さい。夏休みだけじゃ二章いけないかもです。