始まり、廻る
「――分からないの」
「は?」
「私の記憶、何も刻まれてなくて。分かるのは、私が"リヴィアン"って名前を持ってるだけ。気がついたら、あの塔の最上階に居たの」
あの塔と言いながら、割れた窓の外を指さす少女――リヴィアン。
白く綺麗な指先を追い、青年が振り返った先には例の螺旋塔が聳え立っている。十字に羅列したあの文字は、ここからでもよく見えた。
「ふーん……"トゥーリステラ"ねぇ……」
「トゥーリステラ?」
「ん……あぁ、あの塔の名前さ。けどそいつは総称であって、中でもアレは"エクサヴィータ"って名前がついてる。古代文明の言葉だから、意味はサッパリだけどな」
「古代文明の言葉……現代語に翻訳されてないの?」
「いや、そこはちゃんとされてるみたいだぜ。専用の変換辞書だって売ってるし。ただ俺が勉強嫌いなだけさ」
いつの間にかしゃがんでいた青年が立ち上がって家を出ようとする。
不思議とリヴィアンもその後を追っていた。
行く当てがないためか、誰かについていきたいのだろう。
「あの、トゥーリステラって何? 何か特別な塔なの?」
「わりぃ、そこもよく知らねぇんだ。けど、何か特別な意味があるってのは確からしい」
「……不思議」
「あ? 何がだよ」
「――なんでも」
「変な奴……」
ゆっくり首を振るリヴィアンを他所に、青年はまた歩き出す。
――コツコツコツ。
青年のブーツは新品で、特徴的な音を立てながら、厚い靴底が石の地面を叩く。
蒼いジャンパーのポケットに両手を入れ、帽子の鍔で目を隠すように、少し首を下に傾けながら歩いている。
――トテトテトテ。
リヴィアンは白い靴――とは言い切れない何かを足に纏っており、薄そうな靴底は地面を叩いても大した音が鳴らない。
ブラウン系の色で纏めた半袖のワンピースを揺らし、両手を後ろで組みながら青年の半歩後ろを歩いている。
――コツコツコツ。
――トテトテトテ。
同じ足音が響いて数秒後。青年は歩みを止め、リヴィアンのほうを振り返った。
彼が止まれば、一定の距離を保ちつつリヴィアンも同じように止まる。
「何でついて来るんだよ」
「だめ?」
「いや、ダメってか……なんだ、マジで帰るトコねぇのかよ?」
「うん。さっき言ったとおり、私はあの塔で目を覚ましたの。まさかあれが、私の家とも思えないし」
「……そっか」
右手を顎に当て、暫く考え込む青年。
リヴィアンが首をかしげて見つめていると、不意に彼の口元が動く。
「――エミルだ」
「え?」
「エミル・マクレイン。俺の名前だ。これからよろしくな」
「――――うん。よろしくね」
微笑む青年"エミル・マクレイン"に、リヴィアンも同じく微笑み返した。
エミルが旅人と知ったのは、それから間もなくの事である。
この辺で一区切り。何となく書き始めた小説ですが、こっちも力を入れていく予定です。
かなりの長編になると思いますので、その旨宜しくお願いします。
(更新は星降り優先……のつもりです)