数日前の出来事
――誰もいないことは確認済みである。
だが突如、若い青年の声が聞こえてきた。誰かと思い素早く背後を振り返れば、やはり青年が立っていた。
少し長い紺色の髪に黄緑のキャップ帽を被り、髪と同じ色の目が少女を優しく見つめている。
「戦争だよ。ここは今、まさに戦争してるガルデア帝国とジルディ皇国の国境だから、戦渦に巻き込まれるのは必至……一応ガルデア帝国の領地だけどな、物資や食料は搾取されるがまま。挙句男は殺され、女は犯され、子供は嬲られ――最終的には同じ目的でやってきたジルディ皇国と衝突、そのまま滅亡ってわけだ」
淡々と話す青年の目に、哀れみや憎しみの感情は無い。
歴史を語るストーリーテラーのように、ただあった出来事を話すだけだ。
少女は耳に痛い話を聞かされるばかりか、そんな青年の態度に若干の苛立ちを覚えていた。
「それは事実なの? 貴方が捏造した作り話じゃないよね?」
「あぁ」
「だったら!」
少女は若干声を荒げた。
「どうしてそんなに冷静に話せるの? そんな酷いことが起きたのに、どうして? 哀れんだりできないの?」
「……あのな」
また、青年は冷静に語りだす。
「俺は色んな戦場を見てきた。ここだけじゃない、各国の醜い争いを、何度も何度も見てきた。そしたらどこも一緒だったぜ?」
「一緒って、どういうこと?」
「ま、非情な言い方するけど、慣れちまったってこった。そりゃ最初はひでぇもんだって思ってたけどよ、段々薄れてくるんだよな、こういう感覚って」
「……そう」
青年の答えに、少女は肯定も否定もせず、ただ受け入れた。
実際にそういったことを経験したわけではないため、強く言えないのである。
「――ところでアンタ、何でこんな廃墟に居るんだ?」
「え……」
暫く沈黙が走った後、ふと問いかけられた質問に固まる。
「親戚とか友人とか、ここに住んでたのか?」
「えっと、そういうわけじゃなくて……」
「じゃあ何故? 仮にもここは両国の戦争の最前線だ。あんまりウロチョロしてると危ないぞ?」
「あの、私……」
「ん?」
言っていいものだろうかと、少女は困り果てる。
目覚めたらあの塔の最上階にいて、自分には記憶が一切無いんだ――など、信じろというほうが無理だろう。
どうしたのもかと戸惑いつつも、結局――少女はゆっくりと言葉を紡いでいく。