廃墟
『記憶が無いのかな……何もかも分からない。でも、何か大事な使命を背負っていた気がする……』
天高く聳え立つ塔の頂上を飛び降り、高速で落下しながら思索に耽る。
まずは――と考えながら数十秒後。無くした記憶の手がかりを探そうと決意し、スタッと華麗に着地した。
地面に穴が穿たれるわけでもなく、少女の足が折れるわけでもなく。ただ静かに、猫のように地面を踏みしめる。
『――考えてみれば、どうしてかな。何で"あそこ"から飛び降りた挙句、ちゃんと死なずに着地できたんだろう……』
だが百も承知、考えたところで答えは出てこない。
少女は頭を振り、無くした記憶について手がかりを探すことに専念する。
周囲はやはり廃墟だった。殆どの建物が瓦礫の山と化し、砕けた白い石材から鉄筋が覗いている。
幾つかの建物は何とか原形を留めているが、少女が眠っていた塔と同様、所々に亀裂が入っていて今にも崩壊しそうだ。
――背後を振り返れば、件の塔が聳え立っている。形は螺旋状で、よく見れば壁面に文字が書かれていた。
『何て書いてあるのかな………………ダメ、読めない』
文字は"T"を中心に十字状に羅列されており、上から読むと"GALATYARL"、左から読むと"REVATRACE"と書かれている。
しかし少女には文字が読めず、また意味を理解することも叶わなかった。
一度は飛び降りたものの、再び登って調べようとしていた塔は止む無く諦め、原形を留めている建物へと入ることにする。
『……っ』
暫く歩くと、突然少女は肩を震わせた。怯えた原因は、短くなった太い柱。
元々街灯に使われていたのだろう。被覆が破れ、導線がむき出しになったコードが柱から飛び出ている。
しかし――とても崩れたとは言い難い壊れ方である。何かの刃で両断したような、そんな跡が残っているのだ。
少女はすぐさま、その場を後にする。
「誰かいませんか?」
原形を留めている民家まで来て、玄関の前に立つ少女。
ここへ来て初めて、彼女は肉声を発していた。儚いソプラノ調の声色はとても涼やかで、宛ら子守唄のようだ。
『……いない、よね』
見るからに廃墟なので分かってはいるが、念のため確認してから、玄関の扉に手をかける。
その扉は木製であり、傷どころか一部砕けた箇所さえ見受けられる。古びた見た目から、一発蹴りを入れればすぐさま壊れそうである。
案外鍵はかかっておらず、油の切れた蝶番から耳障りな音がしつつも、扉はいとも容易く開く。
「――っ!」
そして見えたのは、複数の人間の屍だった。死を迎えてあまり時が経っていないのか、まだあまり蛆虫は這い寄っていないようだ。
死んでいるのは5人。手前には壮年の男女、奥の方にはまだ幼い少年と、その兄弟だろうか――青年が2人、息を絶やしている。
「酷い、誰がこんなことを……」
「知りたいかい?」
「!?」