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馬鹿と共に回る平和

作者: konon

こんな日が来るなんて誰が予想しただろう。

2065年、3月31日。安価に寿司を食べさせてくれる有難い存在として庶民に愛されてきた回転寿司の歴史が今日、幕を閉じる。


理由は、食品偽装問題。昔から週刊誌などで囁かれてはいたが、回転寿司の人気はこれまで、そんな事実では息を絶やさなかった。しかし、かつての輝かしい全盛期の熱は冷めゆき、今や客入りは右肩下がり。ココにつけこみ、何ぞの恨みでもあるのか再びマスコミが猛威を振るって、

『激安ニセモノ食品!回転寿司のネタは魚じゃない!?昔から言ってるだろ?騙されるな!逃げろ!』と、社会全体に喚きだした。全くねちっこい。逃げろってなんだよ。うるせえよ。と、思う者も多々いるであろうが、とにかく全国の回転寿司店はあっさりと営業停止を余儀なくされたのだった。


最後の日の営業は2時間にわたる、先着二百名限定が入店可能なラストセレモニーのみだ。

セレモニー開演は十二時半。すでに店の前には回転寿司の熱狂的なファンが長蛇の列を作っている。先頭の者がテレビカメラのインタビューを受けていた。

「実は…三日前から駐車場にテント張って寝泊まりしてました…」

回転寿司に対して恐ろしい情熱の持ち主、そしてそれなりに迷惑である先頭の小太り男(推定、脂の乗った35歳)は、赤ら顔で回転寿司の熱狂的なファンであることを語った。


「いらっしゃいませえ!!」

開演三十分前、入り口は開かれると同時に一斉に客がなだれ込む。福男選びか何かと勘違いしてるかのようななだれ込みだ。従業員たちは力強く熱意ある回転寿司ファン達を続々と出迎える。

客席はあっという間に埋まった。「あ」とよそ見していた者はもう入れなかった。油断も隙もあったもんじゃない。そんな奴にはこの貴重な空間に足を踏み入れる資格がない。

今日はセレモニーなので開演するまでレーンには皿は置かれず、チェーンコンベアは静止したまま。回転寿司への燃え滾る想いを胸に、客達は今か今かと、座席で開演を待ちわびていた。


“ブー” ブザーが鳴ると、店内に客の拍手と歓声と指笛が鳴り響いた。興奮のあまり早くも先ほどの先頭男は気絶した。


「ただいまより、『ありがとう回転寿司!ラストセレモニー』を行います。本日は本当にたくさんの、お客様にお越し、いただき…くぅっ。(泣く)誠にありがとうございます。従業員一同を代表し、店長の、私から感謝を申し…上げ、うぃっ、(嗚咽)ます。」

幅4m四方の納豆軍艦をモデルに造られたステージ上から店長は泣きながら挨拶した。

「チケットに明記させていただきました…今日の持ち物〈回転寿司に対するそれぞれの想い〉は、胸に抱いてきてくれましたでしょうか…。それでは、最後の、うっ、回転寿司を存分に、ふぅ、、お楽しみください。」

まあまあイタい店長の挨拶が終わり、色とりどりの寿司達が流れてきた。慎ましく2貫ちょこんと並んで皿に乗るその様は両足を揃え慎ましくお姉さん座りをする少女にもどこか似ている。   寿司達は最後を鮮やかに彩る健気なパレードを繰り広げた。この光景は今日限りで、人々の目に触れることがなくなる。皆、一皿とるごとに有難そうに手を合わせたり、お辞儀をしたり、寿司の上に寿司をお供えしたり、時には優しく話しかけたり…。色んな愛の形があっていい。ホールスタッフは1か月前から一生懸命準備していたという「回転寿司foever」というオリジナルソングの歌とダンスを納豆軍艦の上で泣きながら披露した。納豆軍艦はデコボコしているので踊っている途中に度々転ぶ者もいて、それを見ている客もまた、泣いた。小窓越しに見える厨房のスタッフ達は汗をかき、時折流れ出てくる抑えようのない感情をタオルや海苔で拭きながら、ロボットが造るシャリの上にせっせとネタを乗せ続ける。一番頑張っているのはロボットかもしれないがそれもまたいい。各々が、愛情を持って最後の回転寿司を楽しんでいた。


そんな楽しい時間はやがて過ぎ、別れの時は刻々と近づく。

「皆様、回転寿司は私たちに大切なことをたくさん教えてくれました。あと十分少々で、回転寿司の歴史は幕を閉じます。しかし、忘れないでください。目を閉じればいつも、私たちの心の中に永遠に寿司達は流れ、回転し続けまぁっすっ!!(唾飛ばし)(号泣)(嗚咽)(大量鼻汁)」

泣き叫ぶ店長。もらい泣き、すすり泣く店内。「愛してたよ!」と、どこかでオッサン。降り注ぐ酢飯シャワー(は、とても余計なパフォーマンスだった)。

「皆様、あちらが、レーンを流れる最後の一皿になりました。」

残ったのは入口に一番近いレーンの一皿のみ.。客もスタッフも全員、見える位置に集まった。最後の一皿がビニールカーテンの向こうへ消えようとした刹那、イタい店長は思わずその皿を手に取り、そっと抱きしめた。店長の予想外の行動に、そして感動のクライマックスに盛大な拍手が送られた。ありがとう、回転寿司。ありがとう。どうか安らかにお眠りください。


その後、日本中で回転寿司という娯楽、一種の生き甲斐なるものを失くす苦しみに耐えきれず、ウサ晴らし目的の迷惑行為が相次いだ。道頓堀に身投げする若者。街中で善良な市民にシャリを投げつけまくり嫌がる姿を見て興奮する変態。自作の「回転寿司に捧げるブルース」を壁の薄いアパートの一室でめちゃくちゃでかい声で歌うオヤジ。満員電車で右足を軸に回転し続けやけに幅をとり挙句の果てに気分が悪くなって倒れてだいぶ煩わしいロン毛の男。腹いせに三人掛けの椅子を自分の荷物で占領するババア等。世間は回転寿司への歪んだ愛の形で暴動が後を絶たなかった。


              *

…もしもこんな馬鹿らしい珍事が五十年後に控えているのなら、せめて私ぐらいはある程度の距離感で回転寿司と向き合おう。先週、レーンを巡回し続ける寿司達を愛おしく眺めながら、回転寿司店を後にした。先の事を予測して、行動する事の大切さを、自らのしょうもない妄想が改めて気づかされた。ってなわけである。


五十年後も、愛すべき馬鹿でいっぱいの平和な日本でありますように。


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