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今回あまり変態じゃありません。
「あの、心配ではないのですか。男と一緒に娘を旅させると」
村のみんなに出かけることを知らせてくるわ、と言って螺旋階段を上って行くオセロ。
その後ろ姿を立ちあがって見送った俺は、娘がいなくなってソファーで寄り添う二人に尋ねた。
「あン?」
「それがどうしたのですか?」
娘と男を二人で旅させることに異存はないのだろうか。
「お二人は男がどういうものか知っているようです。万が一、オセロが俺に襲われでもしたら、」
「それはないな」
え。
「あいつは強い。少なくともオレの見立てじゃジンよりもはるかに強い。それに、雌として進化してきたオレらが男に負けるはずなんざねぇだろ」
忍者が初対面の相手に強さを知られるなんて、そんなヘマやらかすわけないから当たり前だがな。
しかし、確かにティグの言うとおりだ。
いくら俺が実力を隠していたとしても、様々な力を体得したオセロの力も未知数。
伝説だと男は一度負けてるし、二人が心配しないのは当然のことかもしれない。
負けていなくとも手は出さないが。
YESステアNOタッチ。
「だが、まぁ、強さはどうあれ、お前なら娘を預けてもいいかなと感情論で思ってんのも確かなんだよ」
どういうことだろう。
「お前は得体のしれねぇ男だけど、悪いやつじゃねぇ。そんくらいは目を見て話をすりゃ分かるもんだ。お前は無理矢理手篭めにするなんてことはしねぇ」
マーイさんの腕に尻尾をくるくると巻きつけながら、ティグはうなずく。
たしか、尻尾を相手に巻きつける行為は猫が親愛の情を示す時だったか。
それだけでなく、同等の熱を持った視線は妻だけではなく俺にも向いている。
マーイさんも、俺に向けるのは同じ目だ。
「それに、やっぱりオレらも女なんだろうな。お前が優しいやつだと分かった時から、妙な安心感を感じてんだ」
「私も同じです。最初は怖かったのですが、あなたと話してみて、出会えてよかったと思うようにもなりました」
「おそらく、あいつだって感じているんだろうなァ。あいつは感情表現が上手くねぇやつだが、下手なだけで気付くことには気付く。もしかすると、特別な感情に発展することだってあるかもしれん」
「……」
俺が優しい人間のはずがない。
俺は忍者だ。
何人も、人を……。
「俺は、そんな人間ではないですよ」
「お前がどう思っていようが関係ねぇよ。それを判断すんのはお前じゃなくてオレらなんだからよ」
そう、なのだろうか。
そういえば、浜辺で出会った時も、オセロは俺が信頼できると言っていた。
分からない。
本当に俺は、そんな人間なのか。
「もし、あいつがお前に惚れて、お前があいつに惚れて。その上で結ばれるんだったら、オレたちゃ止めやしねぇ。そん時は、あいつに祝福を授けてやってくれや。男さんよ」
複雑そうに笑う二人。
なんだかんだ言って、この人も娘の幸せを願っているんだろうな。
オセロが離れていくのは寂しいけれど、彼女が笑っているならそれでいいのだろう。
まったく、親ってのは難儀なものだ。
「はぁ、分かりました。少なくとも、彼女の足手まといにだけはならないように気をつけます」
「オゥ。がんばりなよ。それと……」
二人は目線を交わし、揃って目の前に来ると、
「「ジンさん。娘を、どうかよろしくお願いします」」
俺に頭を下げた。
言われるまでもなく、だよ。おふたりさん。
暮らしている村に無駄な動揺を与えないため、今日は外に出ないようにと言われた。
ここまで来る道中に誰も遭遇しなかったことは僥倖だったようだ。
旅に必要なものはマーイさんとティグが調達してくれるらしいが、客人扱いで何も手伝わないわけにもいかないだろう。
日が暮れた後、俺はマーイさんに夕食の手伝いを申し出た。
今は台所階でエプロンをつけて楽しいお料理の真っ最中。
蝋燭の炎に照らされた人妻の横顔は、妖しい雰囲気がしてグッドです。
「すみません。手伝わせてしまって」
「いえいえ。何もしないというのは肩身が狭かったものですから」
包丁で魚を捌く俺を見て感嘆の声をあげる猫耳お母さん。
ちなみにこの世界には電気がないようで、巨木の吸い上げた水が近くを通る涼しい部屋を作って食品の保存をしているらしい。
まさに自然の冷蔵庫ってやつだ。
「ジンさん。その4匹は焼き魚にしてもらえますか?」
「分かりました。やっておきます」
自然の力を利用した水道で、魚の内臓を洗い流す。
広い部屋をふんだんに使った台所は、作業台と流し台、かまどにキャビネットなどが設置されていて、螺旋階段とは別の階段から食品貯蔵庫に降りることができる。
意外に利便性が高い。
炒め物用の野菜を切るマーイさんを横目に、2台並んだ大きなかまどへ近づく。
たっぷりと塩を振った魚を串に刺し、火をつけようとポケットに手を入れた。
「あっ。すみません。こちらの火打石を、」
マーイさんが言い終わる前に、俺はポケットからあるモノを取り出す。
真っ黒な手袋だ。
「あの、それは……?」
彼女の疑問に応えるべく、手袋をはめて親指と中指で枯れ枝を持ち、その状態で指を鳴らした。
シュボッ
「えっ!?」
枯れ枝が突然燃え始め、マーイさんが目を丸くしている。
火のついた枝を薪で覆うと、彼女に向き直った。
「俺は元の国で忍者という職業をしていました。その技の一つですよ」
「は、はぁ」
現代忍者などと言っても、実際は超常的な技を多用するわけではない。
それはほんの一部の話。
あの路地裏の少女が使ったような技や、俺の使う一部の忍術が例外ってだけだ。
いま使ったのは、指先に黄燐を塗った発火用の耐火手袋。
黄燐はマッチの着火部分に使われていた物質で、発火点が低いため指パッチンでも簡単に火をつけることができる。
扱いを誤るとポケットの中で火がつくから危ないんだけどな。
これを使うと初見の人はたいてい驚くから面白い。
その後、俺たちは料理を作っり、リビングに持って行って食べた。
得体のしれない料理も出てくるかと思ったが、特にそんな気配はなく美味しかった。
ティグは酒瓶を空け、マーイさんは苦笑い。
オセロは明日からの楽しみに気分良く騒いでいた。
俺は揺れるおっぱいと尻尾を見ていた。
食事の途中、後で部屋へ来るようにとティグから言われたので向かう。
螺旋階段を伝ってティグの部屋まで降りると、彼女は椅子に座って待っていた。
ティグの部屋は本棚にベッド、大きな箪笥とショーケースがあるだけで意外にも綺麗だった。
ショーケース内には様々なカップが飾られている。
「ほらよ。こいつが明日の荷物だ」
彼女は隣にあった黒い大きめのリュックサックを俺に投げる。
「中を見ても?」
「いいぜ。確認しときな」
俺はリュックサックを開けて中身を確認する。
小さい寝袋、下に敷くマット、木々に掛けて使う折りたたみ式タープ、水筒、携行食、炊事用具、塗り薬。
ざっと見た限りで、このようなものがあった。
ありがたい。最低限の野宿はできるようになっている。
「それと、こいつも渡しておくぜ」
何やら小さい皮袋も渡された。
これも許可を得て中身を検めさせてもらう。
3枚の金貨が入っていた。
表面にはライオンの絵柄が彫ってあり、裏には何やら複雑な打印がされている。
「三千エレク入っている。道中で使うことがあんだろうから、持ってけ」
「エレク?」
「あァ。ファリフォルマ領内で使える通貨だ」
ティグによれば、金貨が千エレク、銀貨が百エレク、銅貨が十エレク、石貨が一エレクの価値を持っているらしい。
「金貨の上には一万エレクの金札があんだけど、まぁファリフォルマ城までの往復くらいで使うことはねぇからな」
北西に120km進むと着く街で使えるらしい。
そこからさらに北西に80km進むとファリフォルマ城があり、当然そこでも使うことができる。
「あっぶねぇ。忘れるところだった。最後にコイツだ。筋肉を見て分かったんだが、お前さんは戦れるんだろ?」
最後に手渡しで受け取った大きめの袋。
手にかかる負荷は鉄の重さ。
袋の中には2つの武器が入っていた。
そのうちの一つを取り出し、皮の鞘から刀身を抜き放つ。
鉄の刃に木のグリップがついている。
刃渡りは40cmほどで、刃の厚みも5mmはあってかなり重厚だ。
狩りに使われるククリナイフと呼ばれるもので、その中でも大型のサイズだろう。
「良いモノですね」
「だろ? 大事に使えよ」
もう一つは折りたたみ式の剛弓か。
銃火器と違って静音性のある弓矢は、現代の忍者にとっても重要な武器だ。
こちらも使わせてもらおう。
「では、ありがたくお借りします」
ナイフを見てみると、ところどころに欠けた跡がある。
ティグ愛用の品なのかもしれない。
「おぅ、ちゃんと娘ともども返しに来い」
それは彼女なりに安否を気遣ってのことか。
返しに来れるってことは無事に行って帰ってくるってことだからな。
はてさて。
この旅で何もなければいいんだがな。