17.誓いの口付け
「利用していたって、どういう事なんですか?」
俺がそう問うと、スィグナンスさんは語り出した。
「……俺は騎士になりたくて、生まれ育った町を出て王都に行きました。でも、俺が想像していたより壁は高く、入団試験に落ちたんです」
「王都の騎士団は地方よりレベルが高いですからね」
「ええ、正しくその通りで……騎士は子供の頃から憧れていました。だから冒険者として経験を積んで、それからもう一度試験を受けようと決めました。そして数日前の事でした」
新人冒険者としてギルドの依頼をこなしていたある日、スィグナンスさんはランヴァスというマリアと契約していた。
元々騎士を目指していただけあって剣の腕は他の新人冒険者より優れていて、魔物討伐クエストを中心に受けていたのだそうだ。
「ブロウサスの街の近くで魔物と戦っていると、クエストに指定されていない強力な魔物の群れに襲われました。俺とランヴァス……そのカプセルの中に居る彼女では相手になりませんでした」
スィグナンスさんが目を向けたカプセルには、ふわふわとした白い髪の女性が閉じ込められている。
「5月はまだまだ魔物も多い。危険な魔物に襲われるのはこの時期には珍しくありません。そうして死ぬ冒険者も、珍しくないです。諦めかけていたその時、俺達を助けてくれた女性が居ました」
彼女の魔法は襲い来る魔物を風の刃で切り裂き、闇で飲み込んでいく。
「彼女は俺とランヴァスを危機から救ってくれた。でも、背後から強烈な一撃を喰らって……目を覚ましませんでした。その瞬間を目撃していたのがグレゴワールだったんです」
呆然としていたスィグナンスさん達に、グレゴワールはこう言った。
オレならこの女を助けられる。だがそれには多くのマリアの協力が必要だ。
「俺は勿論、ランヴァスも命の恩人である彼女を救う為ならばと、グレゴワールを頼る事にしました。ランヴァスをこの洞窟まで送って、目を覚まさない彼女を治すには他のマリアも連れて来なければならない……と」
「だからスィグナンスさんは私と契約をしたんですね」
「ああ……だけどあの男は彼女を治す気なんて無かったんだ。ランヴァスだけじゃない。君のマリアや他のマリアを連れ去って……自分の為にあらゆるものを利用していた!」
怒りに任せて壁を殴るスィグナンスさん。由菜さんはそんな彼を不安げに見つめている。
「魔族の言葉を簡単に信じた俺が浅はかだったんだ! こんな悪事に手を貸して……騎士になんてなれるわけがないっ」
「君を助けたのも、僕だって魔族なんだけど?」
「……っ、すみません」
「嫌われるのは慣れてるから別に良いけど」
そうは言っているが、コバはどう見ても気分を悪くしていた。
アジュガもそれに気付いていたようでコバの機嫌を良くしようと頑張っていたが、いつものようにウザがられていた。
「コバ様、一つお訊きしたい事がございます」
さっきまで静かに話を聞いていたヒギリさんが言う。
「マリアの女性は不老不死ですが、このように人工的に魔力を吸い出しても身体や寿命に影響は出ないのでしょうか」
ヒギリさんの言葉にはっとした。
マリアが魔法を使うと、マスターの体力や精神力が消費される。魔法を使う度に疲れが蓄積されていく。
洞窟の手前で魔物に襲われたあの時だって、リーオの炎の魔法が使われた時だるさを感じた。
(だけど妙だ。アキレアは無理やり魔力を吸われてるのに、俺には何の影響も無いだなんて)
コバが俺の頭から爪先までじっくり眺めて、眉根を寄せた。
「……放置したら、かなりまずいかもね。ショウ、あんまり疲れてないでしょ?」
「ああ。いつもみたいなだるさは感じてないよ」
「アキレアさんの意思で魔力を使っていないから……ですか?」
「恐らくヘリオトロープの言う通りで間違いないと思う。君、そこまでバカじゃなかったんだね」
「では、本人の意思に反して無理矢理に魔力を吸い出した場合、マリアには何らかの悪影響が出ると推測して宜しいのですね?」
「うん。こうなったら尚更さっさとグレゴワールをぶっ飛ばそうか。そこで悔しがってる騎士志望者も早く行くよ」
「……、分かってます」
顔を上げたスィグナンスさんは、何を思ったのか由菜さんの前に片膝をついて彼女を見上げた。
「スィグナンスさん……?」
「由菜、聞いてほしい。俺はとんでもない悪事に加担してしまった。この許されざる罪を、少しでも償いたい。真実を知って、君は俺を軽蔑した事だろう」
首を横に振る由菜さん。目には涙が溜まっている。
「俺はグレゴワールとの戦いに勝たなければならない……これが最後で構わない。由菜、俺に力を貸してくれ」
「最後だなんて嫌ですっ! 私、スィグナンスさんの夢を叶えるお手伝いがしたい。だからずっと一緒に居ます!」
「……ありがとう、由菜。俺は二度と君を傷付けないと誓うよ」
騎士が主に忠誠を誓うかの如く、スィグナンスさんは自然な動きで由菜さんの手を取り甲に口付けた。
御伽噺のワンシーンのようなその光景に思わず目を奪われる。
すると由菜さんの右腕にあったマリアの印が白から青に変わった。マスターとマリアの心が通じ合った証、第二契約だ。
「……行こうスィグナンスさん、由菜さん」
「はい!」
「悪は絶やさなければならない……。グレゴワールの私室はこの先にあるはずです」
更に奥へと続く扉に向かうスィグナンスさん達。俺も後に続いて歩き出す。
(すぐに助けてやるからな、アキレア……!)




