4.苦しみの螺旋
俺は翌日、アキレアとリーオと共にコークリキスタ城へ向かった。
まだ城の中では避難した街の人々が避難生活をしていて、この騒ぎが落ち着くまでまだまだ時間がかかりそうだと実感した。
城の兵士に案内され、謁見の間に通される。
黒の玉座に座るエボルブス陛下の顔は、晩餐会の時よりやつれているようだった。
「よくぞ来てくれたな、フリッグマスターショウよ。先の魔物襲来では良い働きをしたと聞いている」
「俺達に出来る事をしただけです」
「謙遜せずとも良い。ところで、あの依頼は引き受けてもらえるだろうか」
あの依頼。つまり、リリー姫の捜索についてだ。
俺はこの話をする為にここへやって来たのだ。
「その件ですが、お引き受けする前にお訊きしたい事があります」
「そなたは質問する事が好きなようだな。良いだろう、申してみよ」
訊こうか訊くまいか一晩中悩んだ。彼の気に障ったら殺されるかもしれない。そう思ったが、きちんと理由も訊かずに受けるような依頼ではない。
何故ならリリー姫の命に関わるかもしれないからだ。
俺は緊張を少しでも和らげようと、大きく深呼吸する。
両隣に立つアキレアとリーオから、頑張ってと目で励まされた。
「……陛下が捜している百合の姫君というのは、どちらにいらっしゃるのでしょうか?」
「少なくとも、我が国には居まい」
「その姫君を見付けて、陛下はその方をどうなさるおつもりなのですか?」
エボルブス陛下の表情が険しくなった。
その迫力にこの場から逃げてしまいたいと感じてしまったが、ここで逃げては何の意味も無い。
震える両脚で必死に立ち続けた。
「……その者は大罪人だ。先日話した、我が先祖の友を失う元凶となった女だ」
「……百合の姫君……。スプラエンのリリー姫を、殺すつもりですよね」
「ほう……我が国でもその名を知る者はごく僅かだというのに、そなたが知っているとは驚きだ。記憶障害のそなたがな」
「……っ」
(そうだった! 俺は記憶障害の設定だったのに……!)
記憶が無いはずの俺がこんな事を知っているなんておかしい。
頭の中で急いで言い訳を考えようとしたが、真っ白になったそこからかき集められるものなんて何も無かった。
「どこでそれを知った?」
「……彼は、知人の魔族からそのお話を聞きました」
(アキレア……?)
「私達の仲間に、魔族の者が居ります。長寿の一族である彼に、そのお話を聞く機会があったのです」
アキレアの咄嗟の機転で上手いごまかしが出来そうだ。
彼女の言うように、コバやイーファンさんのような魔族が長生きする一族なのだとしたら、数百年前のあの事件を知っていてもおかしくない。
「魔族、か」
「はい。ですから、ショウがその出来事を知っていても何ら可笑しくはありません」
毅然とした態度でアキレアは陛下に言い切ってみせた。
エボルブス陛下は少し考えるような仕草をした後、こう言った。
「我が国は薬草や食糧の輸入でカオシアには恩義がある。世の中には彼らを邪悪なものとして忌み嫌う者も居るが、我は魔族を信頼している。マルトスもその血を引く一人……。その言葉、信じよう」
「有り難き幸せにございます……!」
頭を下げたアキレアに続いて、俺とリーオも礼をする。
(良かった……何とか俺の事はバレずに済みそうだ!)
ただでさえフリッグマスターだという事で色々な事件や騒動に遭ってきたんだ。
そんな最中に俺が異世界から来た人間だなんて話が世界中に知れ渡ってしまったら、どんな事が起きるか予想もつかない。
(だけど、やっぱり陛下はリリー姫を……)
どんな理由があったにしても、人を殺して良いはずがない。
それはリリー姫にも、スプラエンにも、エボルブス陛下にも当てはまる事だ。
「……陛下、俺達はリリー姫を探し出します」
「引き受けてもらえるのだな?」
「ですが、彼女をどう処罰するのかは陛下が彼女と直接話してから決めてほしいんです」
「ほう……?」
「彼女は今も、世界のどこかで罪の意識に苛まれているかもしれない。残酷な運命に翻弄されて、大切なマスターを失って……自分だけが永遠の時を生きて、自分の事を知っている人は死んでいく。彼女の味方は、この世界にはもう居ないんです」
そんな彼女が、永遠の生という呪縛から解き放たれてすぐに殺されてしまうなんて辛過ぎる。
リリー姫がマリアでなかったとしたら、こんな悲しい人生を歩まずに済んだかもしれないのだから。
「生きるという事は、辛い事だけじゃない。家族や友人と楽しく過ごしたり、好きな事をしたり、色々な事を経験して成長したり……。そんな幸せを何百年も味わえない彼女だけを責めるのは、間違っていると思います」
グランドロン家のフリッグマスターが殺されたのは、スプラエン王家が正統な青竜の力を持つ王を選び損なった事が原因だ。
本当はリリー姫のお父さんが国王になるべきだったのに、王家の人間や周りの貴族達から酷い扱いをされていたせいで彼女の心が悲鳴を上げていた。
この事件は、リリー姫だけでなくスプラエン王家と貴族達全員に責任があるのだ。
国の誇りを守る為だけにリリー姫を悪者に仕立て上げたのだから。
「スプラエン王家と貴族の方々も、エボルブス陛下とグランドロン侯爵家。並びにウィントハーレンの国民全員に謝罪すべきだと俺は思います」
「ショウさん……」
「……俺は戦争の事とか政治の事はよく分かりません。だけど、戦争で一番苦しむのは国民ですよね? 俺のフリッグマスターという立場を生かして、両国間での戦争の終結、そして食糧問題の解決の為に尽力したいんです」
俺は魔物と邪神を倒す事だけがフリッグマスターの役割ではないと思うのだ。
この世界では、マスターとマリアという特別な存在が人々の希望となっている。
その中でも、フリッグマスターは特別中の特別な存在であるのだと俺は今までの旅を通して実感してきた。
アキレアと出会って間もない頃、炎に包まれた町で出会い隣町まで行動したあのジジイを覚えているだろうか?
フリッグマスターである俺を過剰なまでに崇め、グリフォンを撃退した功績は全て俺にあるかのように語っていたあのジジイだ。
あそこまで酷い人間には最近会ってはいないが、セロウズさんもハルさん達も俺がフリッグマスターだと知ると嬉しそうに、そして驚いた様子を見せていた。
つまり、この世界ではそれだけフリッグマスターというのは特別な存在であり、例えるなら魔王を倒す勇者のような扱いであるのだ。
俺がフリッグマスターであるからこうして陛下にも簡単に謁見出来ているし、晩餐会にも招待され重要な依頼もされるのだから、戦争終結の手助けも出来るかもしれない。そう思ったのだった。
「確かに、戦争で苦しむのは民だ。しかし、そう簡単に事が運ぶとは思えんな」
「やってみせます」
俺にはまだ、邪神に通用する程の力は無い。
だが、戦い以外でも世界を平和に導けるのではないだろうか。
「随分自信があるようだが、具体的な案はあるのか?」
「俺は以前、スプラエン国王シンフォリカルポス様にお会いした事があります。彼はこの戦争を良く思っていません。シンフォリカルポス様は民の事や家族の事をとても大切になさっている、お優しい方でした」
彼は戦争を望んではいない。
先祖の過ちに気付いているし、リーオの事を助けなければと俺達に協力を求めてきた心ある人だ。
「ウィントハーレンとスプラエンとの間で話し合う機会があれば、きっと両国の関係は改善されると思うんです。俺達がスプラエン国王にも話をして、会談が出来るように働きかければきっと……!」
「事は二国間だけの問題ではなくなった」
エボルブス陛下が目を伏せる。
「そなたらが尋ねてくる前、白虎フォレイヤ国王、嶺禅黒檀がスプラエンへ宣戦布告をしたのだ」




