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マリアノツルギ  作者: 由岐
1章 花香る国
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4.初めての朝

 アキレアとの距離が少し縮まった。

 だけど、まだこれから何をすれば良いのか全然わからない。元の世界に戻れるのかも、どうしてこの世界に来てしまったのかもわからないし。

 まあ、今の俺に戻る気は全くない。せっかく来た異世界なんだから、どうなるかわからないことを考え続けているより、楽しまなきゃ損だしな。

 色々な場所へ行っているうちに、帰る方法も見付かるかもしれないし。毎日焦って生きるなんて、俺のメンタルが保ちそうにない。


 そして俺とアキレアは今、町の人達が作ってくれたスープをいただいている。

 森でとったキノコと肉のスープ。肉は……アキレアが倒した魔物、ベアボールのものだけど。


「この肉、けっこう噛みごたえがあるな」

「そりゃそうよ。ベアボールの肉は弾力性があるんだから」


 彼女の斧で真っ二つにされたベアボールは、近くを流れる川の水で丁寧に洗われている。

 旨味がぎゅっと詰まっているから、味付けをしなくてもけっこう美味しく食べられる。

 この世界で初めての食事を済ませて、俺達は森で一晩を過ごした。



 翌朝、目を覚ましてふと空を見上げると、町の方角には何本もの細い煙が立ちのぼっていた。町を覆っていた炎は消えたみたいだ。

 どうやら俺が起きたのは一番最後だったようで、みんな髪を整えていたり、川で汲んできた水を飲んでいたりしていた。

 夜の森の中ではあんまり気付かなかったけど、俺も町の人達も(すす)で身体や服が黒く汚れていた。

 改めて、俺達は火事を生き延びた人間なんだなと自覚する。


「ようやく起きたのね。早く顔洗ってきなさいよ」


 初めてアキレアを明るい場所で見た。

 ある程度煤は落とされていて、俺は彼女が身に着けている衣服をまじまじと見ていた。

 白と水色をメインにした動きやすそうな服に、肩のタトゥーを隠す為なのであろうマントを羽織っている。


「それ、防御力的には大丈夫なのか?」

「魔力を込めた布地と金属が使われているから、多少肌が露出していても案外大丈夫なもんよ?」


 どんな素材で出来ているのかわからないけど、アキレアは斧を使う戦士だから接近戦が多いんだよな。

 多分俺ならあんなデカい斧を振り回せないだろうな。アキレアって怪力なのか?

 俺なんて体育の剣道で竹刀を使ったのと、修学旅行で友達が買った木刀を持たせてもらった時くらいしか武器らしい武器なんて手にしたことはないだろう。

 武器らしいものを何一つ持っていない俺を見て、アキレアは苦々しい顔で言った。


「あんた、それで今までどうやって生きてきたのよ……」

「うーん……平和な町でのんびり暮らしてた、かな」

「あっそ。はぁ、それならあんたがボケーッとした性格になるのも頷けるわ」

「そんなにボケーッとしてるか?」

「平和ボケを具現化したのがあんたよ、きっと」


 この世界には魔物が出るし、警戒心とか闘う術が無ければ生きていけないんだ。闘えない理由として、俺が居た世界の話をしてもきっと信じられないだろうしな……

 とりあえず、この世界で俺は世間知らずの貧弱マスターってことにしておこう。

 何か自分で決めておいて悲しくなってきたけど、それが一番違和感のない設定な気がする。

 俺は顔を洗いに行こうと歩き出して、途中でアキレアに言いそびれた言葉を思い出した。

 俺は彼女に振り返った。


「おはよう」


 今更言うか、とでも言いたそうな表情だったが、彼女は手をあげて応えてくれた。



 川の周りには小さな花が沢山咲いていた。気温も丁度良くて過ごしやすい。葉っぱが若々しいから、今は春なのかな。この世界に四季があるのかわからないけど。

 水を手ですくって、バシャバシャと顔を洗う。煤ってどれくらい洗えば落ちるんだろう。服は元々黒いからそんなに気にしなくて良いんだけどな。

 顔を洗ってみんなの場所へ戻ると、昨日の老人が近寄ってきた。


「昨夜はよくお眠りになられましたかな?」

「ええ、まあ」


 元の世界で快適な生活をしていた人間にしては、人生初の野宿でよく眠れた方だと思う。


「それは良かった。ところで、我々生き残った者達はこれから隣の町へ救援を頼みに行かねばなりませぬ。今朝早く、町の者に様子を見に行かせましたが、火事で町中が焼け落ちていたらしく……」

「だから助けを呼びに?」

「ええ。町があのような状態では、我々は生活出来ませぬ。家を建て直そうにも、あの火事で多くの命を失い、人手が足りませぬ故」


 ここに居る生き残った人達はざっと三十人程。元々どれくらいの人数だったのかわからないが、力仕事が出来る男性の人数は十数人。

 この人手では復興にかなりの時間がかかってしまうだろう。


「王都へ連絡しても、すぐに救援隊は来て下さいませぬ……。最悪の場合、一年以上は待たねばならぬのです」

「何でそんなに時間がかかるんだ?」

「世間知らずに教えてあげるわ。今私達が居る王国と隣国との間で、戦争が起きてるの。王国は小さな町一つに救援隊を送る余裕なんてないのよ」


 戦争だと? このゲームってそんな危険な世界を渡り歩いて旅するのか?

 いつ死んでもおかしくないだろ俺。


「えっと……つまり、戦争が終わらないと助けが来ないってことか?」

「そうなるわね」

「あの町は、我々が生まれ育った大切な町でございます。一刻も早く復興を……そして、亡くなった者達の墓を作ってやらねば……。そこで、フリッグマスター様とアキレア様に、我々が隣町へ行く間の護衛をお頼みしたいのです」


 フリッグマスターってアレか。昨日町の人が言ってた、女神フリッグに選ばれた男とかいうやつか。


「え、ていうか護衛って?」

「町に居た自警団は、火事の中我々を優先的に逃がし、取り残された者が居ないか町中を探し回り……煙にやられたのでしょう。皆、ここにはおりませぬ。ですから、闘う力の無い私のような老いぼれや女子供を守れる者がおらぬのです」

「この辺りにはあまり強い魔物は出ないけど、女性や子供を庇って男性が怪我でもしたら、余計に人手が減るものね……。良いわ。護衛してあげる。構わないわよねショウ?」

「あ、うん。アキレアが大丈夫ならそれで良いけど」

「あんたにも頑張ってもらうかもしれないけどね」

「おお、ありがとうございます! フリッグマスター様、アキレア様!」


 いや、頑張るって言っても俺は闘えないからな? それとも、何か別のことで頑張るってことなのか?

 こうして俺達は、町の人達を護衛しながら隣町へと出発した。



 

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