5.死なせない
砦の外で俺達は奴隷商人の親玉とその手下達と戦闘になった。向こうはマリアであるヘリオトロープ様以外は、他に誘拐されてきた人々もろとも皆殺しにするつもりらしい。
高値で売れるマリアを取り返そうと必死に剣を操る手下達。俺とグレイさんとカエさんは、ヘリオトロープ様を含んだ5人を守りながら。そしてマルトス侯爵とイーファンさんは親玉と渡り合っている。
「凍てつけ!」
マルトス侯爵は剣に強い冷気をまとわせて親玉に斬りかかる。
「甘えぜぇ!」
「くっ……」
しかし、素早い侯爵様の動きにあの大男は反応して斧で弾き返してしまった。
「これならどうかしら」
間をあけずにイーファンさんが鋭い風の刃を発生させる。
「ふんぬぁっ!」
この攻撃も斧の風圧で相殺された。
魔法を扱えるマルトス侯爵とイーファンさんと互角……いや、もしかしたらあの大男は二人以上に強いかもしれない。
(この勝負、俺達は勝てるのか……?)
それなりの人数をかばいながらの戦闘というのは、俺はもちろんグレイさんとカエさんでも苦戦する。
こちらに向かってくる人数は十人前後。グレイさん達のコンビネーションで何とかこらえられてはいるものの、アキレアが居ない非力なフリッグマスターの俺には剣で敵を威嚇するのが精一杯だ。
防戦一方ではこちらの体力が尽きた途端に勝負が決してしまう。
(逆転の機会を狙わないと……)
「マリアを寄越せ!」
「そんなわけにはいかないな」
突然グレイさんは双剣を空高く放り投げた。俺も敵もその行動の意味を理解出来なかったが、敵は丸腰になったグレイさんに狙いを定めた。
敵の注意をそらした隙に、カエさんは宙を舞う剣に向かって魔法を放った。双剣は魔法の力をまとったまま地面へと突き刺さる。
「アースクエイク!」
彼女がそう叫ぶと、剣が刺さった箇所から魔力が解き放たれ、グレイさんを狙って攻撃を仕掛けようとしていた連中が突如出現した大きな亀裂に飲み込まれていった。
「うわぁぁっ!」
その光景に気を取られた隙に、地面に刺さったままの剣を二人が回収していた。
「作戦大成功だねグレイ!」
「俺達の愛の連係に敵うやつなんて、そう居やしないからね」
「すっげー……!」
鮮やかな連係技に目を奪われていた俺は、先に我に帰っていた敵の一人が斬りかかってくるのに気が付かなかった。
「ショウさんっ!」
ヘリオトロープ様の声でその状況をようやく理解した俺は、間一髪でその剣を避けた。
「まだ来ます! 気をつけて下さいっ!」
「おうっ!」
(味方の攻撃に気を取られてちゃダメだ!今は目の前の敵に集中して……)
だが、相手は悪いやつだとしても普通の人間だ。
(俺は……人間を斬れるのか?)
敵は俺の相手をするのは一人だけで足りると思ったようで、他の手下達は全員グレイさんとカエさんと闘っている。
グレイさんが剣で斬り裂く音、カエさんが投げたナイフが刺さる音がやけに鮮明に耳に入ってくる。
人と斬り合うことに抵抗を感じて、相手の攻撃をひたすら避けたり剣で受け止めていたその時だった。
マルトス侯爵とイーファンさんが闘っていた奴隷商人の親玉が、ターゲットを俺に絞り込んできた。今まで一度も合わなかった視線が合わさり、体格に似合わない驚異的なスピードで俺の方へ真っ直ぐ走ってくる。
「逃げろショウっ!!」
ギラギラと光るあいつの眼は俺だけを捉えている。マルトス侯爵の叫び声に従って震える両脚を必死に動かした。
「まずはてめぇから死になぁ!!」
俺の唯一の長所とも言える回避スキルを上回る速度で、俺はあっという間に追い付かれやつの攻撃を喰らった。
「うぐぁぁっ!!」
「ショウちゃん!」
「ショウくんっ!!」
やつの斧はローブの中に着た簡素な鎧もろとも、俺の左肩を斬り裂いた。
あまりの痛みに意識が飛びそうになったけど、歯を思いっ切り食いしばって何とかこらえた。ここで弱い面を見せてしまったら、またあの声に「弱いな、貴様は」と言われてしまうような気がしたのだ。
(俺にしか聞こえなかったあの男の声は、きっと……)
「……っ、風よ運べ!」
イーファンさんが放った風の魔法は親玉を包み込んだ。すると、やつは途端に膝をついた。
(相手の動きが鈍った今なら、いける!)
俺は持てる力を振り絞って親玉の腹に剣を突き刺した。
「っ、よくもぉ……俺様に傷を付けやがったなぁ……!!」
今にも意識を無くしそうな俺は、朦朧としながらも何とか相手から距離を置く。
親玉は目を血走らせながら、鬼のような形相で斧を支えに立ち上がろうとする。
「私の眠り薬が効かないなんて……」
どうやらさっきの魔法で睡眠薬を嗅がせていたらしいが、あの男にはそれも効かなかった。
(バケモンじゃねぇか……)
「ショウさん!」
マルトス侯爵とイーファンさんが親玉を取り押さえようとする中で、何故かヘリオトロープ様が俺の方へ駆け寄ってきた。
「なん、で……逃げてっ」
「わたしたちを守ろうと命を懸けて闘って下さっている方に、何の手助けもするななんて無理です!」
彼女は俺を支えながら、みんなが戦闘している所から離れた場所に移動した。
「さっき受けた肩の傷、かなり深いです。わたしが治療しますから、雪が冷たいかもしれませんがそこに座って下さい」
彼女の言葉に従って、立つのもやっとだった俺は雪の上にゆっくりと腰を下ろした。
左肩の傷に両手をかざしたヘリオトロープ様。薄ぼんやりとした緑色の光が傷口を包んだ。
「わたしの力だけでは、やはり……」
そうとう傷が深かったようで、この夜の暗闇の中ではわかりにくいが黒いローブには俺の血が止めどなくにじみ続けている。
このままでは、出血多量で死んでしまう。彼女もそれを嫌でもわかってしまうらしく、涙をこらえながら治療を続けている。
俺は途切れ途切れになりながら、彼女に言った。
「なあ……頼みが、あるんだ」
「な、何ですかっ」
「俺さ……まだ、死ねないんだ……」
「死なせません! わたし、ショウさんに死んでほしくないですっ……」
「生きて、……約束、守んなきゃ……」
アキレアと、セロウズさんとレベッカさんと約束した。邪神を絶対倒すのだと。
サレムとエルと約束した。吹雪の中助けてもらったかわりに、二人と二人のマスターと闘うのだと。
(それに……)
「君を、守るって……約束、したから」
俺を弱いと言ったあの声。直感でしかないが、あれはきっと、サレムとエルのマスター……もう一人のフリッグマスター、シオンだ。
約束も果たせずに、誰かを悲しませて終わるフリッグマスターになんて、俺はなりたくない。あの声の男に負けない、強いフリッグマスターになりたいのだ。
「だから、頼む……。俺、と……契約してくれないか……?」
彼女はついにこらえきれなくなった涙をぼろぼろとこぼしながら、情けない笑顔で大きく頷いた。
「わたしで良ければ、喜んであなたのお力になります……!」
ヘリオトロープ様は右手の手袋を外した。すると彼女の手の甲には、アキレアのものと同じ剣のタトゥーが刻まれていた。
彼女は俺の唇に手を寄せて、俺はその白く滑らかな肌に口付けた。その瞬間、やはり首の右側の一点だけが激しい熱を持ち、彼女の剣は黒から青に変化する。
「ショウさんは、絶対死なせませんよっ……!」
だんだん痛みが和らいでいくのを感じながら、俺はついに意識を手放した。
これが、俺の二人目の聖女、ヘリオトロープとの出会いだった。




