2.呪いか祝福か
アキレアという女の子に命を救われた俺、吉田松成ことショウは、未だ家々が燃え続けている町から少し離れた森に避難した。
どうやら俺は彼女の正式なマスターになってしまったらしく、俺をマスターに望んでいなかったアキレアは、無事に避難した町の人達と森へ向かう間、ずっと機嫌が悪かった。
町の人に少し話を聞いてみたら、今日の夕方、突然町のあちこちから火の手が上がったのだという。
それからあっという間に町は火の海になり、出来るだけ近所に住んでいる人達とはぐれないように町から脱出した。俺が見掛けた人達が多分それだったんだろう。何となく見覚えのある顔もあるからな。
何故あんな大火事が起きてしまったのかわからないけど、日が落ちてすっかり暗くなっている。今日はひとまずこの森で野宿することになるらしい。
「なあアキレア」
「……何よ」
木にもたれて休んでいたアキレアに声をかけると、鬱陶しそうな返事が返ってきた。
嫌われているのがひしひしと伝わってくるが、俺はめげずに言葉を続ける。
「アキレアはあそこに住んでたのか?」
「違うわよ。あたしが居たのは……もっと遠い場所。あの町に居たのは単なる偶然よ」
故郷のことを思い出したのか、彼女は険しい表情になった。何か嫌な思い出でもあるんだろうか。
住んでいた町が嫌になって、それで一人旅をしていてあの町で火事に巻き込まれたのかもしれない。
「ねぇ、あんたは……」
「あー! さっきのお姉ちゃんだ!」
一緒に逃げてきた五歳ぐらいの女の子がアキレアに抱き付いた。
アキレアは一瞬驚いていたようだったけど、すぐに表情は落ち着いた。
「あの、先程は本当にありがとうございました! 娘だけでなく、私まで助けていただいて……」
女の子の母親らしき人が娘さんの後を追ってきたみたいだ。お母さんが深々と頭を下げている。
「ありがとうお姉ちゃん!」
「べ、別に……あんなの大したことじゃないから!」
女の子の無邪気な笑顔と二人からの感謝の言葉に、彼女は少し照れているようだ。
同じようにお礼を言った俺にはあんな顔しなかったのに……何か悲しい。
「いいえ、私達はあなたが救って下さらなければ、あのまま家に取り残されていましたわ! あの時も、門の炎を消し止めた時ももしやと思いましたが……あなたはマリア様なのではありませんか?」
お母さんがマリア様と言った瞬間、アキレアの顔がこわばった。
「あたし……は……」
「マリア様に救っていただいたこの命、誇りに思いますわ! ではマリア様、お疲れでしょうから野宿ではありますが、どうぞゆっくりお休み下さいませ」
娘さんを連れて、お母さんは町の人達が焚き火をしている方へ歩いていった。
アキレアはその後ろ姿を悲しげに見つめていた。俺はなんて声をかければ良いのかわからなくて、その場に立ち尽くしたままだった。
あれからしばらくして、俺は意を決して彼女に話しかけることにした。
「あのさ、俺バカだからさ……知らないこといっぱいで、教えてもらわなきゃ何もわからないんだ。何で俺が君のマスターになったのか、マリアってなんなのか……どうして、君がそんなに悲しそうな顔をしてるのか……とか」
泣きそうな、それでいて怒りを孕んだ目で彼女は俺を睨んできた。
「本気で世間知らずなのねあんた。マリアなんて、無駄にちやほやされるだけの呪いよ! 気分悪いわ! しばらくあたしに近寄らないで!!」
怒声を発して、彼女は茂みを掻き分けてどこかへ行ってしまった。
マリアは呪い……さっきのお母さんは、そんなマイナスイメージをアキレアに抱いてはいなかったと思う。もしかしたら、彼女の肩のタトゥーに秘密があるのだろうか。
俺が何故か来てしまったこの世界には、まだまだ謎が多い。