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マリアノツルギ  作者: 由岐
1章 花香る国
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10.理由

 眠ってしまったアキレアの側に居たら、自分でも気が付かないうちにベッドにもたれかかったまま寝てしまっていたらしい。変な体勢で寝たせいか背中が痛い。

 すっかり時間が経ってしまったようで、部屋の窓から夕日が差し込んでいた。

 セロウズさんとレベッカさんも自分達のとった部屋に戻っているようだった。

 アキレアはまだ眠っている。しばらく一人でグリフォンを相手にしていたんだから、やっぱり疲れていたんだろう。

 今になって俺にも疲れが出て来た。必死で攻撃を避けていたからだ。

 ちょっと水を貰いに行こうかと部屋を出ようとすると、ちょうど彼女が目を覚ました。


「ショウ……あたし、何でこんな所で寝てたの?」

「集会所でジジイに斬りかかりそうになって、その後急に寝ちゃって……とりあえず今日は宿で休ませた方が良いってセロウズさんが」

「そう……あんたにもセロウズさん達にも、迷惑かけちゃったわね」

「俺も二人も気にしてないよ。むしろ、あのジジイに文句言ってくれてスッキリした。ありがとう」

「べ、別にお礼なんて言われても困るわ……!」


 ひとまず俺はベッドの側の椅子に座った。


「あっ、そういえば午後は依頼の植物の採取に行く予定だったのに……」

「今日はグリフォンのこともあったし、一日で全部やろうなんて思わなくていいよ」


 ずっと寝ていて喉が渇いているだろうから、宿の人にアキレアの分の水も貰ってきた。

 俺も彼女もあっという間にコップの水を飲み干して、喉を潤した。


「……ねぇ、あんたはこれからどうしようと思ってるの? 冒険者として暮らしていく?それとも邪神を倒す旅をするの?」

「マスターとマリアは、邪神を倒さなきゃいけないんだろ? だから俺は……」

「全員が全員、邪神を倒そうと思って旅をしていないわ。自分達は邪神を倒せないと思っている人がほとんどよ。魔物から身を守ってもらうためにマリアと契約して、自分以外の誰かが邪神を倒せばそれでいい……そう思って生きているマスターが大勢居るわ」

「そんなやつらが……本当に居るのか」

「セロウズさんみたいに、マリアと愛し合って結婚するようなマスターなんてごく稀よ。世の中のほとんどのマスターは、マリアを道具程度にしか思ってないわ」


 ふと、ギルドで見かけた他のマスター達を思い出した。

 何となくだけど、彼らの関係はぎこちなかったような気がする。よそよそしいというか、あまり仲が良さそうには見えなかったのだ。


「俺は君を道具だなんて思ったことは一度もない! 俺よりしっかりしてて、強くて……優しくて。尊敬してる」


 俺がそう言ったら、彼女は照れくさそうにうつむいた。


「あっそ! ……あ、あんたが悪いやつじゃないのはわかってるからっ。あんたみたいなバカが、あたしを利用しようなんて思わないでしょ」


 だけど……と、彼女は続ける。


「そんな風に思ってくれるようなマスターなんて全然居ないの……。あたし達を人として見ていない……扱ってくれないのよ」

「どうしてそんなマスターが居るんだよ……アキレアだってレベッカさんだって、一人の女の子なのに……」


 日が落ちて、部屋の中は薄暗くなってきた。

 アキレアはゆっくりと顔を上げて、俺を薄いブルーの目で真っ直ぐ見つめている。


「……あたしは素敵なマスターに二度も出会えた、恵まれたマリアね」

「アキレア……」


 彼女はふわりと微笑んだ。その笑みはあまりにも美しく、儚く、そして悲しみを孕んでいた。


「教えてあげるわショウ。あたし達マリアは、フリッグによって選ばれ、同じく選ばれたマスターに従い邪神を討ち倒す存在。そして、邪神が消えるその日まで、果てることが許されない存在。マリアは……不老不死の存在なの」


 邪神ディジオンを倒す使命を押し付けられ、長い者では数千年も生き続けるマリアも居るのだと彼女は言った。

 どれだけの時が経とうとも、どれだけの傷を負おうとも、どれだけ願っても終わりが訪れない人生を生きていく……。


「普通、人間には魔法が使えないの。だけどマリアにはそれが使える。それがフリッグがあたし達に与えた邪神や魔物達と闘うための力よ。魔法が使えて、老いることも死ぬこともない……こんなの、人間じゃない。だからマリアはまともな扱いを受けないのよ」

「酷いな……望んで得た力なんかじゃないのに……」

「邪神を倒せば、マリアもマスターもフリッグから解放される……元の身体に戻れるの。だからあたしは、最初のマスター……兄さんと旅をしていたのよ」


 旅の途中で死ぬ人も居ると、セロウズさんは言っていた。

 それは、邪神や魔物に挑んで、マリアを残してマスターが死ぬことがあるということだったんだ。

 アキレアはマスターだったお兄さんを亡くした。だから彼女は、マスターの【死】にトラウマがあるんだ。


「兄さんはとてもしっかり者で、強くて優しい人だった。さっきあんたがあたしに言ったのと同じ。きっと、あたしとショウは似ているのね……」

「そうだと、嬉しいな」

「あたしも……ショウとならまた、旅を続けていけそうだわ。殺された兄さんのためにも、新たなマリアの悲劇を生まないようにするためにも……あたし達は、一刻も早く邪神を倒さなきゃいけないの」

「君とお兄さんのためにも……この世界のためにも、絶対に邪神を倒さなきゃな」


 これ以上、彼女に悲しい思いをさせてはいけない。こんなに優しい心を持った人を苦しめ続けては駄目だ。


「……ありがとう、ショウ」


 最初はただ楽しいゲームの世界にやって来ただけだと思っていた。

 だが、この世界は違う。死んだらそれまでで、アイテムや呪文で蘇らせればそれで良いなんてお気楽な世界じゃない。

 俺がここに来たのは、何か意味があるのだと思う。もっとこの世界を知って、俺の力で救えるものがあるなら救いたいのだ。



 

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