9.消えない感情
セロウズさんにランチをご馳走してもらって、俺達はクエストをしに行く前に、集会所に一時避難している火事の町の人々に顔を出しに行った。
全員無事にこの町に来られたようで、彼らも昼食を済ませた後だった。
「グリフォンに襲われた我々をお救い下さった……感激の極みでございますぞ、フリッグマスター様!」
相変わらずこの老人は俺を祭り上げてくる。
(何か嫌だな。フリッグマスターだなんて言っても、俺なんかただの高校生だし)
隣のアキレアを見れば、彼女もうんざりしている様子だった。
そうか、アキレアもこんな風にマリアだなんだって持ち上げられるのが嫌だから、あの森で辛そうにしていたんだ。
フリッグに選ばれた者ではあるけど、その前はみんなと同じ普通の人間だったんだもんな。
「俺達がグリフォンを追い払ったんじゃないよ。この二人が助けてくれたんだ」
「どーも」
本当に俺達を助けてくれたのはセロウズさんとレベッカさんだと伝えても、老人の態度は変わらなかった。
「フリッグマスター様がいらっしゃらねば、我々はこの二人を呼ぶより前にあの忌々しきグリフォンに殺められておりました。ですから、我々の命を救って下さった一番の功労者はフリッグマスター様なのですぞ!」
こいつは俺に取り入ってどうするつもりなんだ? こんな怪しいくらい褒めちぎってくるやつなんか信用出来ない。
それに、こいつはやたらとフリッグマスターにこだわっているらしい。
俺よりランクの高い契約をしているセロウズさんには、一切お礼を言っていない。
(このジジイ嫌いだ)
「ちょっとあんた! どうしてセロウズさんとレベッカさんに感謝の一言も言わないのよ! もし二人が助けに来てくれなかったら、ショウは死んでいたかもしれないのよ!? それなのにその態度は何なの!」
「アキレア様……」
「あたしとショウだけじゃ、グリフォンを抑えきれなかった……ショウが万が一死んでしまっていたら、マスターを失ったあたしには絶対止められない。きっとグリフォンはこの町を襲いに来ていたはずだわ。そんな危機から救ってくれたのは、この二人なのよ……!」
アキレアは激昂した。
彼女の目からはこらえきれなかった涙が溢れていた。
「もしも二人が来ていなかったのなら……あたしはまた、大切な人を失っていたわ! この二人は、あたしの恩人なの! まだ失礼なことをするつもりなら、あたしが絶対許さないんだから!!」
怒りのあまり老人に斧を向けそうになったアキレアを何とかなだめて、このままここに居てはいけないだろうと集会所を出た。
そして、最後まであの老人がセロウズさん達にお礼を言うことはなかった。
泣き疲れたのか、それともグリフォンとの闘いの疲れが出たのか、アキレアは眠ってしまった。
鎧を着た彼女をおぶるのは少し大変だったけど、斧はセロウズさんに持ってもらって、アキレアを寝かせるために宿屋へ向かった。
「依頼をこなすのは明日にしとけ。ショウ、お前はその子の側にいてやれ。金は出しといてやっから」
「すみません……ありがとうございます」
「部屋の鍵貰ってきたヨ」
レベッカさんにドアを開けてもらい、俺はそっと彼女をベッドに横たえさせた。
「それにしても……さっきのジジイ最悪だったな。その子が怒るのも無理ないぜ」
「あのヨボヨボ、ワタシ嫌いアル。アキレアの気持ち、全然わかってないヨ……」
あの時、彼女はまた大切な人を失っていたかもしれないと言っていた。
グリフォンと闘う直前だって、彼女は俺に死んだら許さないと言っていた。
アキレアは昔、大切な誰かを亡くしてしまったんだ。だから彼女はあんなに怒っていたんだ。俺まで亡くしてしまうかもしれなかった運命から救ってくれた、セロウズさんとレベッカさんを蔑ろにされたから……。
「パートナーになってまだ日も浅いってのに、ずいぶん好かれてんだなお前」
「ショウのこと、大切な人って思ってくれてるネ~」
「そう……なんだよな。不思議な感じだけど、俺もアキレアが大切な人だって思えるし……」
この気持ちは、フリッグの導きで出会った彼女との相性が良いから感じるものなんだろうか。
「お前ら、きっと最高のパートナーになれるぜ」
「きっとじゃないヨ。絶対アル」
「そうだと良いな」
この時の俺はまだ知らなかった。
アキレアやレベッカさんがマリアになった経緯や、マリアという人間がどういう存在なのか。
そして、アキレアの心に、強い憎しみと悲しみの深い闇がどれだけ纏わりついているのかも、わかっていなかったんだ。




