魔王になんかなりたくないよ。
もう一度、闇魔力の羽根を出す。
今度は角と、腕も。
ギリギリの全力で、あの“器”を止める!
「………」
やはり篠崎先輩の“器”は、一定距離に近付くと反応が見られた。
しかし反応は若干鈍い。
詠唱に入る前に、根の蔓延った球体…陸の居る結界から篠崎先輩の“器”を体当たりで引き離す。
「……デス・デ…」
「お黙れ!!」
口を塞ぐが魔法陣は展開する。
展開はするが発動しないところを見ると、やはり声…言霊が重要な魔法らしい。
ったく冗談じゃねぇ、もう食らいたくねーっつの、こんな魔法…!
「…えっと、おい! 神様の魂! 聞こえるなら返事しろ!」
―――『…誰…か…』
…やっぱり聞こえた。
この魔法を使う時、高まった魔力で神様の意識も浮上するとは…とんだ賭だな…!
「……あんたは一体誰なんだ…? なんでそんなに、つらそうなんだよ…? …どうしたら助けられる?」
俺が助けたいのは、陸と一応…篠崎先輩であって…神様ではないが…。
この神様を助ければ篠崎先輩が助かる…っていうなら無視出来ない訳で…。
―――『…お願い……殺し…て……もう…利用されるのは…嫌だ…』
…また、涙が伝う。
篠崎先輩の“器”は無表情のままなのに、涙だけが後から後から零れていく。
…うう……嫌だな…涙…。
俺、苦手なんだよ…誰かが泣くのを見るのって……!
「……そんな事…言うなよ……どうして殺してなんて言うんだよ…そんな悲しい事…」
―――『…誰も…殺したく…ない。…世界を…滅ぼしたく…ない……魔王になんて…なりたく………ない…』
「……………え…?」
―――『…魔王に…なぜ…目覚めなきゃ……ボクは……なりたくないのに……助けて……世界を…食らう……滅ぼして…どうして……助けて……わたしは………殺し…て……助け…て………』
……魔王……に…なりたく………ない?
世界…食らう……?
ちょっと、待て…これは…神様…なのか?
『…魔王…? 神の魂…魔王に、なる? あれ…聞いたことあるような…』
「橘てめぇ…また肝心なところでそれか…! …う!?」
ガッ! と、突然口を覆っていた手を掴まえられる。
す、すごい力!
橘の鎧毛を纏っているのに…痛い…!
黎明を放し、もう片方の手でその手を外そうとしたが…力が違いすぎるってどういう事だよ…!?
「こ…いつ…!」
『あ、思い出した。古の奉る業の注ぎ柱…業神だ』
「ご、う…しんっ?」
『確か…人間があらゆる業を柱に括った赤子に喰わせ、無理やり神格化させた…人造の人から派生した神だよ。普通の神と違って人に幾度も転生したが、その都度、新たな業を人の世から喰らい…成長しながら、また輪廻の輪へと戻される。…人の世が“業”そのものに成り下がった時に現れると伝えられる…古の三大厄神であり、三大大魔王の一体だ』
「………」
ちょ…あの……“古”とか付いてる上、例によって『三大』って…聞くからにヤバそうな神様なんですけど…!
―――『……助けて……殺し…て…』
「…くっ…」
…そんな、橘の話を聞いた後じゃ、その言葉が重すぎる…!
別に望んで厄神になった訳じゃないのに…生まれてくる度に、魔王になって世界を滅ぼしてしまうなんて…そんな…っ!
魔王になんて、なりたくない……。
そんなの…そんなの…俺だって…!
『…将也! 上! 神子が!』
「っ!?」
橘の声に上を見上げると、陸を守ってる結界に皹が入っていく…!
元々トリシェが急拵えしたものを、神楽さんが補強しただけのもの…そこまでの強度はない。
ヤバい…! あの根…ただ張り巡ってたわけじゃなくて…結界を圧迫して壊そうとしていたんだ…!
“器”になる身体を求めて、這い寄っていたんだ…!
「く…くそ…! 陸…!」
…………選べというのか?
…………運命…だから?
俺が陸を選べば篠崎先輩が死ぬ…消える。
篠崎先輩をこのまま抑えていれば…陸が死ぬ…消える…。
…殺してと願う、この神を…器に差し出せば神の願いも叶うし陸も助かる…一石二鳥じゃないか。
…篠崎先輩なら死んでもいいって言うのかよ…。
そうだよ…駄目だよ…陸が言うとおりだよ…。
陸…俺の、初めて…自分が死ぬときは…その子の為に死のうと決めた子…。
俺が…命を使う時、君の為に使うと決めた女の子…。
俺が…俺自身より、世界より、なによりも……選びたいと思った……。
…君が死ぬなら…俺も一緒に世界に殺されよう………。
世界に……………。
………世界に包まれとるみたいで素敵でしょ?
………あ…え…?
なんで…今…思い出…すワケ…?
空さん…空……空と…だから、陸……包まれた…世界……真理、さん…?
はっとした。
真下はさっき、篠崎先輩の“器”が打ち込んだ大魔法の氷…。
まだむくむくと成長と拡大を続けている。
「っ!」
これだ。
腕がへし折れそうな中、下へ向かって加速する。
『将也!? いくら俺の鎧毛でもその氷は…!』
「わかってる!」
一か八か。
篠崎先輩の“器”の背を下に、氷の表面スレスレで手を放した。
口を押さえていた手が離れた途端、俺の腕を掴んでいた篠崎先輩の“器”の手が取れる。
よし…!
「……スペ…レ…っ」
篠崎先輩の“器”が自ら生み出した大魔法の氷によって拘束され、凍っていく。
あれだけ急速に凍れば死ぬより先に冷凍保存だ。
『…む…むちゃくちゃやるなぁ』
「まだ終わってない!」
浮いていた魔槍…黎明を拾って、結界を圧迫する蔦やら根やらを切り払う。
さあ…創世の女神…次はお前との決着だ!
「出て来い、創世神! 俺は絶対、お前なんかに陸も篠崎先輩も渡さない!」
『………………』
ギョロ…ギョロ…と…宙に眼が無数に開く。
キモ…!
………こいつが…。
『…人の子風情が妾に楯突くか…忌々しきよ…!!』




