俺と一番、近い人。
踏み込むのは、絶対ヤバい。
なにがヤバいって、左刀は鞘に収まったまま、右手が添えられているというところが。
左手は鞘から抜かれた刀が顔の前に水平に構えられている。
隙は一切ない。
…刀が鞘に収まっている…それはつまり、居合いだ。
間合いに入った瞬間、まさに一瞬だろう…真っ二つだよね。
王苑寺先輩製、最新鋭集中殺戮兵器バイオキメラ……神の神器も防いだ橘の鎧毛で…防げる…か?
微妙…! 無理な気がしてきたよ…!
「………」
受け止めるなら同じバイオキメラ…の方が多分、マシ!
けど……!
「俺、時影さんの事…嫌い」
「…!」
だから、まともに相手、してやんない。
転移魔術で真後ろに飛ぶ。
振り返って左手の刀が顔面に届く瞬間、右側へ回り込む。
「…陸は「死ぬしかない」って叫んだ。…それって「生きたい」の裏返しだよね…。陸の事守るって言ったくせに…陸が本当に望んでる…本当の願いを見なかった事…聞かなかった事にするんだ?」
「…………」
…この人は…多分、ゆー兄より真面目で律義だ。
真面目すぎて融通が利かない。
ぶっちゃけ戦闘力で勝てる気があまりしない。
だから魔王らしく、精神的に責める事にしよう。
…俺、時影さん嫌いだし。
「っ!」
右手の刀が引き抜かれ、振り上げられる。
それがまた届くより先に、転移魔術で距離を取った。
「………あんたさ、主君が死んだから、陸を新しいご主人様にしたんだろ? …また殺すの? …また自分の命を優先させるの…?」
「だ…黙れ、違う! 某は…!」
「あんたの言う忠意って…主君の「生きたい」っていう気持ちを否定する事? 陸が泣いてるのって本当は生きたいのに死ななきゃ運命が変えられないって思い込んでるからだろ? そうだね、確かに未来が見えない俺たちには、陸の言ってる事、よくわかんない事の方が多いもんね。…でもさ…あんた本当に………」
「言うな…!!」
…橘が眼を細めたような気がした。
だからだろうか、動揺した時影さんに…俺は真っ直ぐ歩を進め…握った拳を振り上げた。
「じゃあ、迷ってんじゃねぇよ…!!!!」
「………俺、先に行くから」
「…………………」
…膝をついた時影さんを通り過ぎ、上を見上げる。
出来れば陸の居場所、聞きたいんだけど…まだ刀を手放してないんだよね…この人。
…気持ちは分からないでもない。
だってこの人は、俺以上に陸の側に居た人だ。
そりゃもう24時間べっっっったり!
たまになんで肝心な時に居ねーんだよ! って思ったりもしたけどさ…。
「………待たれよ」
後ろ、振り返ってみる。
ゆらり立ち上がった時影さんが、改めて…刀を構える。
「……それでも某は……せめて…あの方が苦しんだ分…共に、背負う…!」
「………」
…一緒に、苦しみを…背負う…。
陸の、本当は選びたくなかった道に添う。
俺には出来ない…苦しい道。
殴った痕…苦痛に歪んだ表情……ああもう、本当に…武士ってのは…!
「…将也殿…貴殿の申すこと、分からないでもない……最もだとも思う…某も出来る事ならば、貴殿と供にあの方をお救いしたい…!」
「……なら…!」
「しかし…それでは…今日まで…、あの方が涙を耐え、苦しんできた日々が無駄になる…! 抗えぬ運命に、抗うという事……それは…きっと某たちには、わからぬ険しい道……命を懸けねば…叶わぬもの…! 神子としてのお役目に殉じると申されたあの方に……某は…頼まれている…!」
血を吐くような告白。
唇を噛み、余計な感情は口にしようとせず…時影さんは一歩、俺との間合いを詰める。
「俺はあの人を守る!!」
「このクソ侍…!」
さっき以上に動きに気迫がなくなっているくせに!
踏み込んで、右手の刀を受け止めると左に回った二撃目が首筋に届いてきた。
速い…! でも…魔王の“眼”には止まって見えるんだよね…!
『将也、下』
「へいよ!」
「っ!?」
槍を回転させ刀を払い、身を屈めて足掛けをする。
跳ねた時影さんが頭上を回る。
腰を捻って、着地する瞬間を狙う。
…ごめんね陸…、君は絶対嫌がるよね…俺が時影さんを傷付けるの…!
「…」
着地した時影さんは刀の切っ先で槍を阻む。
多分、駄目だとは思ってた。
だから立ち上がりながら、転移魔術で時影さんの頭上に回る。
「くっ!」
まだバランスが上手く整ってない。
槍だけ残し、懐に転移魔術で入り込む。
「っ…!?」
「あんた、陸と輪廻の神子…どっちの家臣なの…?」
固まった時影さんの…さっきとは逆の頬に左ストレートをぶち込んだ。
こうなったら、魔王らしく…徹底的に精神面攻めまくって崩してやろう。
……その時はまだ、それが出来ると思っていた。
「俺は陸を死なせたくない。例え陸がそれを望んでいなくたって…!」
「某は神子様がいかに苦しんでこられたかを知っている。例え神子様の真の願いが貴様の申す通りだとしても…、いや、なればこそ…某はその苦しみを共に背負わねばならぬ。それがあの方の苦しみに気付いていたにも関わらず、見て見ぬ振りをしていた某が背負うべき業!」
「陸の優しさにつけ込んで、神子の役割ってやつを優先させて…結局あんたは陸じゃなくて輪廻の神子様ってレアな神子様に仕える自分に酔ってたって事なんじゃねぇのかよ!」
「神子様の慕う貴様を、某は許せぬ…! 神子様のお気持ちにまるで気付かず、あの方が死の覚悟をされてから、好いているなどと…! あの方が今まで、貴様の為にどれだけお心を割いてこられたか…!」
「だいたいあんたずりーんだよね! 彼氏の俺を差し置いて24時間ずっと陸にべったりでさ! 学校にも入れないくせに、なにが護衛だっつーの!」
「貴様の身勝手さには、ほとほと呆れかえった! 神子様がどの様な想いで貴様の為に犠牲になろうと思われたのか…全く知りもせず無神経に…!」
「それに正月の件! 八草と陸が研究所に居た時! あんた一体なにしてやがった!? あんな腐れ外道の似非鬼畜眼鏡野郎と陸を二人きりにしくさりやがって!」
「なぜ貴様のような無神経で、神子様のお気持ちに対し鈍感で、どうしようもない男をあの方が選んだのか…さっぱり分からぬ!」
「なにが許せないって、陸の風呂時間しっかり俺ら(将也と空)を見張ってるとこが腹立つんだよ! 家事出来るからって調子にのんなよ…!! 結界なら俺だって破れるよーになったんだかんなー!」
「確かに、八草沙幸と貴様ならば幾分、貴様の方がましと言えよう! だが、それは神子様のお気持ちを考えた上での事! 某個人としては貴様も八草も神子様を苦しめる者である事には変わらぬ!」
「…ずっと一緒に居たくせに…ずっと陸がつらい想いをしているのを黙って見てたとか信じられねぇ…! あんな優しい子が必死に我慢して苦しんでいる姿を間近で見ていてよくも…!」
「貴様がもっと早く、神子様のお気持ちに気付いていれば……あの方もあそこまで苦しんだりはしなかった…!」
「あんたが助けないなら俺が絶対陸を助ける! 退けぇぇぇ!」
「神子様が決められた道、未来を覆す可能性は某が必ずお守りする!!」
魔槍―――黎明。
兵器双刀、春風と冬海。
加速して、衝突する。
ふざけるな。
「なにが運命だ…!? そんな未来、俺がぶっ壊してやる!!」
「…っ!?」
決定的だったのは、俺が橘を纏っていた事と…。
「………ぐっ…!!」
「……」
俺が魔王化第三段階を解禁した事だろう。
圧し負けた時影さんは、地べたに沈み俺を見上げる。
黒い羽根、靄が掛かったような化け物の腕と、牡牛の角が俺の頭上から出現した。
俺の身体から発する闇の魔力が、固まって出来た巨大な分身みたいなものだろうか?
でも角と腕だけ…うっすら、輪郭のようなものも見えるけど…。
「………なにこれ」
『あ、今回はまだ意識があるんだ?』
「…お前を着てるせい…だよな?」
『多分ね』
「…これなんだ?」
『…魔王体…かな』
「…俺の将来の姿とかじゃないよな…?」
『いや…オーラっつーか分身っつーか化身っつーか…そんな感じのものだからあんま気にすんなよ』
「………分かった…」
橘がそう言うなら気にしないようにしよう。
「………陸はちゃんと助ける。約束するよ…」
「……………………」




