輪廻の神子。
「将也、どうした? なにかあったのか?」
小さい頃、理音と喧嘩する度に燈夜兄が頭を撫でてくれた。
でも俺、こんなに涙腺は弱くなかった。
理音と喧嘩しても、泣いたりなんかしなかった。
子供らしい理不尽に、腹を立てて拗ねてむくれて……。
「しょうがない、将也は頭が良すぎるから」と言う燈夜兄にしがみついて甘えまくっていた…ような……。
「将也?」
「…う…?」
頬を撫でて涙を拭ってくれた指先。
…顔を上げると、雪景色を背にした神楽さん。
……え…神楽さん…?
「…優弥に殴られすぎたか? …治してやるから少し座れ」
「あ…え…? あの、いや…」
「神楽…!? お前、どうして…」
ゆー兄も困惑、俺も困惑…!
あの警戒態勢の中、普通に現れる辺りさすが神楽さん…だけど…!
「そのまま警戒は緩めるな。…俺はともかく…あいつは神子になにをするか分からない」
「……は…?」
そう言って神楽さんが振り返る。
雪の中に居たのは千歳さん。
神楽さんと同じ顔を、険しく歪めている。
「…千歳…」
「気安くわたしの名を呼ぶな小野口優弥!」
「す…すみません…」
だからゆー兄どうして千歳さんには弱いんだよ…。
「神楽、何故庇うのです!? 今の力の歪みは危険だと、貴方も分かっているのでしょう!? 我々で処理すべきです!」
「…輪廻の神子は稀少だ。延命させ、様子を見たい」
「何をそんな甘いことを…! 輪廻の輪に振動が起きるなど異常事態です! 神子による干渉が明白な以上、今、この場に居る我らでなんとかしなければ…!」
「たが…泣いているしな……」
「はぁ!?」
…会話の内容的に…陸が…輪廻の輪を、揺らした?
それが異常事態…?
…でも陸は…そうか、先見の力ばかりでちょっと忘れてたけど…陸は本来『輪廻の神子』…だっけ。
先見の力は、おまけ…。
………ちょ…ちょっと改めて考えると『先見の力』がオプションでしかない…って、割ととんでもないよね…。
ハイパーレアな神子様っていうのは、神楽さんから聞いて知ってたけど…俺は理解しきれてなかったのかも…。
輪廻……転生の輪を司る神子…。
「…………」
「…………」
……そして泣く陸をしばらく凝視していた千歳さんが…。
「あ、あんな年端もいかぬ娘をあんなに泣かせるとは何事ですか…!! どこのどいつです! けしからん!」
「………」
い、言ってる事180度変わったぁーーー…!!!!
「…とりあえず事情を聞こう。…何事も冷静にな」
「そうですね、泣かせた奴をしばき殺しましょう、すぐ!」
「冷静にな。…だが、まず神子の力を抑えるのを手伝おう。弱った今のトリシェだけで、あれだけの歪みを抑えるのは無理だ」
「…え…わたし結界系の魔術苦手…」
「………。…じゃあ支水の足留めでも頼む」
「あ、はい。………え!?」
ち、千歳さんって…本当に神楽さんのお兄さんなのか…!?
素直に神楽さんの言うことに従ったかと思うと、いきなり肩を跳ね上げる。
俺の頭をひと撫でし、つらそうなトリシェの方に向かう神楽さん。
あ…ゆー兄にやられた怪我、すっかりなくなってる……。
「…か、神楽酷いです…! わたしが支水に勝てるわけが…!」
「優弥、千歳の補佐を」
「……やるしかないか…」
ゆー兄も頭を抱えて俺を通り過ぎる。
神楽さんの来た方…玄関から庭に出て、あたふたする千歳さんと月を見上げる。
…欠けたオーロラの中浮かぶ満月の中に…その人は居た。
「ひ…久し振りです…支水、さん」
「…事態の説明は貴様がしてくれると言うわけか…? 小僧」
こ…小僧…? ゆー兄が…?
「…………」
…降りてきた女子高生風の人の姿を模したケルベロスは…空気が凍るようだった。
唾を飲み込むのすら恐くて出来ない。
微動だにする事が、出来ない。
動くと身体中の血管が凍って、死んでしまいそうだ…。
「…あ…ああ…、…あんたが出てくるとは…思わなかった」
「俺はただの牽制だ。他の世界からも何体か興味本位でこちらに来ようとしていたモノどもが居たからな…。…さて、輪廻の神子の話を…俺は聞いていないぞ…神楽」
「ちょっと待ってろ」
振り返る事もなく、神楽さんはふわふわした水泡のような結界に手を伸ばす。
ダイヤモンドが六つ、ダイヤのような形を立体的な形で作り、水泡を包む。
光が増し、水泡の膜がダイヤモンドの作る面と密着すると…トリシェが倒れ込むようにぬいぐるみの姿に戻った。
『…ふ…ふぅいぃ〜…』
「トリシェ! …あ、あの、神楽さん…」
「……とりあえず補強した。神子の力が些か暴走したんだ。…輪廻の輪へ干渉し、輪が揺れた。…こんな事は初めてでな…、とにかく神子の動揺を遮断する為に、トリシェが結界に閉じ込めたんだろう。判断が速くて助かったぞ」
『……神子殿、あんまり感情的にならないもんねぇ……でもさすが輪廻の神子だよー…俺の結界があーんなふよふよにされちゃうんだもん』
「…同じ光属性同士…相殺されなかっただけましか」
『そゆ事ー…』
そ、そういう事…。
「…ただ、神子がこれほど動揺した理由は俺も分からんな。…将也と喧嘩でもしたのか?」
「え…えーと…………………、…した…」
「なんだ、ただの痴話喧嘩か」
神楽さんの冷静な問いに、ゆー兄がたっぷり間を置いて答える。
俺はまた泣きそうになってきた。
支水さんの呆れ顔とは逆に、千歳さんが拳を握る。
「あんなに乙女を泣かせるとは何事ですか! 馬鹿ですか!」
「……お…俺だって泣かせたかった訳じゃありません!」
「…千歳はどっちの味方なのだ」
「…多分神子だ」
「………、…我が一族は清らかな乙女に弱いからな…」
頭を抱えた支水さん。
三秒で陸の側に付いた千歳さんは、感情的に俺を責めるけど…俺だって別に陸を泣かせたかった訳じゃない!
むしろ…泣かせたくなんかないやい!
「…で、輪廻の神子の件…俺は知らない。聞いていないぞ、神楽」
「……聞かれなかったし」
「ふざけるな。輪廻の神子など特殊中の特殊…、報告を怠って良い存在ではない…!」
「…そうなのか? …まぁ、珍しいからな…。…すまん」
「貴様…!」
神楽さん、マイペースで流した…!
「…だが、知ってどうするつもりだったのだ? 干渉するつもりなどなかっただろう?」
「知っていると知らないでは訳が違う。……貴様の修行地などに興味もない。…が、輪廻の輪への干渉は見過ごせん」
「な…だ、だめですよ支水! あんなに嘆き悲しんでいる娘さんを虐めるなんて! わたしは神子の味方になりますからね!」
「千歳貴様もか…無断で里を離れ、勝手に滞在し、梓のアホを放置した挙げ句に……」
「………え…えーと…だって…それはその…」
こ………恐い。
し、静かに怒るタイプの人なのか。
うっすらと半分開いた眼は獣のもの。
ゆー兄が一歩…後退りしたのを俺は見てしまった。
「……、……リリレルナか…」
「知っているのか?」
「…無月のオジジの知り合いだ。創世神に進化していたのだな。…神楽、貴様戻る時はイブを連れてこい。こんな薄汚い世界、古の三大女神に相応しくない」
「唐突になんだ。俺はまだ戻るつもりはないぞ」
「つもりがなくとも居られんよ。居られなくなる」
「なに…?」
………あれ…。
…気のせいか…?
地震…っぽいような…?
『!! 神楽! 身体を貸せ!!』
「!!」
「え、トリ……」
トリシェが叫ぶ。
今度はなんだよ!?
一瞬で支水さんの側から消えた神楽さん。
地震は瞬く間に強くなっていく。
「ちょ、も…ヤバ…! なに!?」
「で、でかいで!?」
「神子様!」
立って、いられない!
柱に掴まっていたが、あまりの揺れで外に放り出される。
この揺れ、おかしくない!?
垣間見た峰山家の居間で、神楽さんの身体を借りたトリシェが床に向かってなにかしたのは見えた。
だが……。
「トリシェ…、…神楽…!!」
「陸!!」
ゆー兄が二人を呼ぶ。
俺は、陸と時影さんが床を突き破った半透明なモノに喰われる瞬間を…見てしまった。
床というよりも地面。
バキバキ、派手な音を立てて家屋が半透明なモノによって破壊されていく。
…陸の……家が…。
「………嘘やろ………」
呆然とした。
半透明なモノを、神楽さんの身体を借りたトリシェが光の中に押し込めている光景。
下から突き出した半透明な棒状のモノを、山ごと光で覆っている。
…山…?
「っ!?」
「なんや、ここ!? 麓の公園やないか!?」
立ち上がるとそこは麓にある公園。
西嶺山公園…! …いつの間に…!?
「…結界か…!」
「……神楽め…」
綺麗な顔で舌打ちする支水さん。
…山頂から、逃がされたんだ…。
そんな…じゃあ…陸や、トリシェは…?
「………、…割れたんか…、最後の殻が…っ…さっきんせいか…っ!?」
「…っ…」
「…………え…あ……ま、まさか…じゃあ…あれ…?」
……いつか、近い内…必ず訪れるとは思っていたけど………。
さっき、陸が高ぶって輪廻の神子の力を…暴走させてしまったから…?
わ、割れた…?
出てきた…?
半透明で、ありえない程強大な“なにか”…。
嘘だろ…俺、こんな気持ちなのに…?
「り…く…」




