俺の元カノは甘え下手なんです。
「…ただいまぁ…」
「おー、おかえりー」
クイズ番組収録を終えた俺は、下宿先の峰山神社へ帰って来た。
本宅の玄関を開けると、風呂上がりの空さんがコーヒー牛乳片手に出迎えてくれた。
……全裸で。
「…………。…だからさ、俺じゃなかったら通報されてるよ空さん」
「ん? なにがや?」
空さんは今日も絶好調変態です。
「…そや、坊主。陸がなぁ」
「え、あ、うん?」
「今日、八草の奴と入籍したんやて」
「………なんですと…?」
『……え…神子殿、将也の義姉に仲間いりゅー!?!?』
とりあえずトリシェを握り潰して黙らせて。
「おかえり、小野口く…」
「ただいま陸……八草と入籍したってどういう事」
「……空兄、もう喋った?」
「そりゃ喋るやろ」
「いいから服を着ろ変態」
「そうだね、まず服着ようよ空さん…」
「まだあっついねん」
「いいから着ろよ、もしくは死ねよ。つーか真冬に全裸で歩き回るなら凍死しろよいっそ」
『………(神子殿の毒進化しとるー…っ!)』
…とりあえず、空さんに服を着せ…居間へ。
陸と時影さんと空さん…そして俺とトリシェ。
切迫した緊張感。
…大体、陸……、…でも…!
「…俺、沙幸と結婚するって言ったよね」
「言ってたね。でも俺は認めてない」
「俺の事は諦めてって言ってたよね」
「言ってたね。でも俺は諦めないから」
「君は足掻くけど、君のものにはならないって言ったよね」
「言ってたね。俺のものにするけど」
「………」
「………」
「・・・・」
『…なにこの離婚前論争みたいな状況』
確かにクリスマスに言っていた事だ、全部。
だけど、それを俺は認めた事なんかない!
…いや…まぁ…認めた事なんかない…って、そんなにたくさん話題に上がった事もないんだけど。
「…とにかく、もう入籍はしたから」
「…嘘でしょ…?」
「したって連絡来たし」
と、陸が自分の携帯に入ったメールを見せてくれた。
frm 八草沙幸
sb 出しといたよ
婚姻届。
これで夫婦だね。
今度お父さんに挨拶しに行った方がいい?
「…………………………」
そっと、空さんにそのメール画面を見せる。
「……陸…お父さんは会いとうないな…」
「分かってるよ、沙幸も冗談で言ってるに決まってるじゃん。…浮かんでくるでしょ、この台詞を口にしつつのにやけ顔」
「……………(嫌やなぁ…にやけられて冗談で「会いに行った方がええか」なんて…)」
「………確かに…浮かぶね…」
『…間違いねぇな』
「っていうか陸、八草とまさかの連絡先交換済みですか」
「夫婦だし」
…まぁ、そうだけとさ…。
「でも八草の事、好きって訳じゃないんでしょ?」
「嫌いではないよ。…なんか可愛いし」
「……………。………? ………。………?? ………。…………?????」
「…将也には理解出来ないから考えちゃダメだよ…?」
「…だ…だって…」
『優しく諭されてどーすんねん…!』
分かんない!
いくら考えてもあの野郎の可愛いところとか分かんないよ!!
俺の賢い頭でも解けそうにないよ!!
『でもなんで結婚なんて話になったわけ? まさか未来に見えただけでそんな事にはならないよね?』
「………、…お祖父様が…俺の戸籍、沙幸に売ったから」
「…やっぱ親父の仕業か」
「…え…」
空さんが腕を組んで険しい表情をする。
…とてもさっきまで、全裸でコーヒー牛乳飲みながらウロウロしてたおっさんには見えない。
「…空さんのお父さんが…?」
「うん、嵐山家総本家の当主…俺の、本当お祖父さん……」
「俺の親父は政界にも通じとるからな…。…八草の親父は現総理大臣…俺の親父はその親父、元総理大臣、八草泰重郎の時代から付き合いがある。陸の霊力使うて司藤総蔵とも繋がり強めおったし…戸籍操作くらい出来はるやろ」
「ちょ…それ犯罪じゃ…」
「この街の事考えてみ。…そんなん簡単に揉み消しや」
「…そんな…」
つまり、陸のお祖父さんが…陸の戸籍を八草の野郎に売った…。
陸のお母さんを自殺に追い込み、空さんから陸を無理やり奪ってその力を利用するだけ利用し、空さんとの親子関係すら認めさせず、陸が力を取り戻したら…今度はその力を国の権力者に…売った…。
「よし、そのお祖父さん殺そう」
『落ち着け』
「その邪魔者は全部消す、みたいな考え方やめなよ…みっともないよ、その短気」
「ヤクザみたいやんな」
「まるで暴君にござる」
「…なっ! と、時影さんは陸があいつの奥方になるとかいいと思ってんの…!?」
「……神子様が決断された事でござる」
…その割には顔が物凄く納得していない。
…良かった、時影さんも俺と同じ気分らしい。
「……………」
…それにしても…自分の知らないところで自分の戸籍が弄られるとか、ありえないだろ…!
陸は分かってたから、俺にあんな事言ってたわけか…。
…確かに俺が足掻いても、俺には陸の戸籍をどうこうする事なんか出来ない。
つーか普通他人がどうこうするもんじゃねーだろ…!
そうか……俺のものにはならないって、戸籍の話だったのか………。
「…陸」
「…なに…」
「俺、陸がバツイチでも気にしないから」
「………多分言うと思ったけど、さっきの今でどうしてそういう言葉が出てくるかな」
『…本当にな…』
「だって俺たち両想いじゃん」
「……。…ついに涌いた…?」
「ううん、真宮兄に聞いた」
「…なにを…?」
「陸が俺を高一ん時から好きでいてくれたって」
「………………………」
…陸が未だかつて見たことないくらい無表情になりました。
「…………。………、……(楽都コロス…!)……君、男とは付き合わないんだろ」
「俺、陸が男でも好きになったよ。…俺、陸が男だと思ってた時に好きになったもん。…まぁ…好きって気付くの、遅かったけど…」
「……今…その話は別に…」
「俺は陸が好きだよ」
側に近付いて、手を重ねる。
俯いたまま顔を見てもくれない陸。
気付いて欲しかった訳じゃないけど、せめてそれだけは伝わって欲しかった。
「…………」
「…………」
少し長く感じるくらいの沈黙。
…陸は今、なにと戦っているんだろう。
本当に俺を諦めさせたいなら、振り解けばいいのにね……それを出来ずに、君は何を苦しんでいるんだろう?
「……ごめ……なさい…」
「……」
「…将也…ごめん、…ごめんなさい……俺…神子だから…」
「………うん、知ってるよ…」
「…ごめ…ん…ごめんなさ、い…ごめんなさい…」
「謝んないで……陸は何にも悪くないんだから」
俯いたまま、肩を震わせるばかりの陸。
俺は陸が好きなので、迷わずに重ねた手を掴んで引き寄せた。
抱き締めて、頭を撫でる。
こんな時になんだけど、良い匂い。
「………くっ……」
知ってるよ。
傷付けるのって、辛いよね。
誰かの心を突き放すのって……辛いんだよね…。
陸は俺が傷ついてるから、苦しんでるんだよね。
君は優しいから…そして、責任感が強過ぎるから…神子という役割を誰よりも重く受け止めているから……。
頑張り屋で、我慢強くて、こんな俺なんかにも…気を使ってくれて…好きになってくれて……。
「…将也………ごめん、なさい…、…ほんとに…ごめ……ね…ごめん……っ」
「……平気だよ、俺…」
空さんが時影さんの耳を摘まんで、トリシェと一緒に退出してくれたのを見計らって…。
「…陸」
「…っ…う…」
見えない重荷にようやく泣き出した陸を、今度こそしっかりと抱き締めた。




