ゆー兄に命懸けで相談してみる事にした。
今日は午後から完全オフ…!
シフトを那音姉から確認したところ今日のホールは那音姉と刹那さん。
時間帯は客の減るランチタイム後…。
「……ごく…っ」
もうすぐクリスマス…、恋人の三大イベントの一つ、そう…クリスマス!
ぶっちゃけ峰山神社で二人きりのクリスマスは望めない…!
それを可能にするには超手練れのゆー兄のレストランでデート…これしかない!
「ごめんください!」
「いらーっしゃー…い」
「………………」
勢い良く、ゆー兄経営のレストランの扉を開ける。
出迎えたのはやる気0でテーブルに座りチュッパチャプス銜えながらゲーム機で遊ぶウエイター…。
「…橘、お前学校は?」
「…将也こそ」
「俺は今日午前中仕事だったから休み…ってだからなんでお前がウエイター制服着てここに居るんだよ…!」
「…バイトだけど…?」
「は? バイト?」
……紹介します、このやる気0の黒髪天パーイケメンは橘。
ゆー兄の級友、神楽さんの腹違いの弟で、南雲学園の生徒会役員の二年生だ。
…ちなみに、性格は見た目通りである。
「とりあえず入ったら?」
「…お前…いくら店内客がいないからってテーブルに座るなよ…」
「…バレなきゃ大丈夫だって」
「バレたら…いや、バレるに決まってんだろ…ゆー兄だぞ…?」
「平気平気、今ラブラブタイムだから」
「…………」
『居るには居るんだ?』
「居るよ、奥に」
よじよじ、と人の頭を登ってきたトリシェが頂に辿り着くとチョコ、と座る。
橘の奴がこんないい加減な仕事でゆー兄から金を受け取ると思うと腹が立つな。
チクってやろうと決めて、俺は恐る恐るレストランの関係者以外立ち入り禁止区内へと潜入する。
『ゆーやー!』
「ひぅ!」
した途端、トリシェが大声でゆー兄を呼ぶもんだから…俺は心臓が口から飛び出ると思いました。
嫌な汗が全身から噴き出す…。
生唾を飲み込み…息を殺し…壁に背を張り付ける…。
『……将也、お前ビビり過ぎ…』
「トリシェは俺がゆー兄にどう育てられてきたか知らないからあぁぁっ」
小声で叫ぶ。
がちゃ、と奥で扉の開く音…。
そして…近付いてくる足音……。
「…ごく…っ」
来る…近付いて、来る…!
中紅色の髪、俺と同じ葡萄色の眼を持つ…小野口家次兄…。
「…何やってんだ、お前…」
「おい橘…バイト初めてだとか言ってたが、その行動がやっちゃならんということは勿論分かっているよな?」
「えー? あー…うん」
「あーうん、じゃ、ねぇ。…神楽が「人間社会の労働の厳しさを教えてやって欲しい」って…あいつからの直々の頼みだからと思っていたが…!」
橘のサボリをチクったところ、やはり怒りMAXのゆー兄が腕を組み背後に立つ。
こ、恐い!
あの恐ろしい鬼の様な激怒ゆー兄を、見向きもせずあしらうなんて死ぬぞあいつー!
「…優弥さぁ……神楽に「怒りをきちんと支配出来るようにな」って……言われてたのにもう支配されてるよね、怒りに」
「…うっ…、………、………ちっ、し、仕方ないな…暇ならゲームじゃなくて掃除をしろ!」
「…へぇーい」
「………」
『………』
「…優弥ってばあんな感じで今日一日ずーっと、橘にあしらわれてるんだよねぇ…」
なんか悔しそうに戻ってくるゆー兄。
そしてそんなゆー兄を仕方なさそうに眺める那音姉…。
「……マジで…?」
『…優弥の中の神楽の位置、どんだけ高いんだよ…』
結局拗ねたような顔で腕を組み、橘を見張る格好で落ち着いたゆー兄。
そしてゲームを止める気配のない橘。
本当にいいのだろうか、ゆー兄…。
「で? お前が来るなんて珍しいな…。神子殿になにかあったのか?」
「あ、いや…」
「じゃあトリシェが俺になにか用事か?」
『ううん、将也がクリスマスにここのレストランを神子殿とのデートに使いたいってお願いしに来たから付いてきたんだよ』
「全部言ったぁ!?」
言ってくれてありがとうございます!
でもなんか納得いかないのはなぜだろう!?
「………、…いや…24と25はもう予約が入ってるから無理だな」
「ええぇ!?」
「みんな集めてクリスマスパーティーやるんだよー! 芳那と優理子と理音と、露姫と梅と神楽とー、神楽の弟達と、あと理音のお友達とかも呼んでるんだ! ね、トリシェー!」
『うんうん』
「!? え、それ…まさか陸も…!?」
「うん、もう誘ってあるよ?」
「……!? 聞いてないんですけど!?」
つまりゆー兄と那音姉の身内と知り合い全員呼んでるってこと?
トリシェもそれ知ってるっぽいけど、俺にはそんな話きてない!
俺、ゆー兄の弟なのにいぃ!?
「……だってお前、毎年クリスマスイヴやクリスマスはライブだの特番だのでいないだろ」
「ひ、酷っ!」
「酷いよ、ゆー兄! 確かに基本クリスマスとかバレンタインとか誕生日とか恋人系のイベントはライブで潰れるけど、今年は休みをもぎ取ってきたんだってば!」
「あと露姫来るし」
「う…!!」
蘇るゆー兄とは方向性の違う恐怖…!
「…えーと、だから将也にはー…二日間ぶっ通しでやってるから、空いた時間においでねって言うつもりだったんだよ」
「………」
「…ま、露姫の奴も梅や神楽が居ればそこまで暴れたりはしないだろうとは…思うけどな。…那音のご両親も来るし…」
『芳那さんと優理子さんには改めて父親としてご挨拶しないといかんからねー、俺。那音が生まれてきた時から、本当に色々ご迷惑もおかけしたし』
…那音姉の両親、ぬいぐるみに挨拶されても…それこそ迷惑なんじゃ…さすがに…。
「…つーか知ってたならなんで教えてくれなかったんだよトリシェ…!」
『将也の祭日休み程、儚いもんもないからねぇ』
「くっ…」
言い返せない…確かにその通りだし…。
クリスマス休ませろと言った時の葛西さんの「無理駄目出来ません」の嵐をSM倶楽部割引券(入手経路は企業秘密)でなんとかねじ伏せたものの…「当日急遽入るかもしれない仕事は僕にもどうしょもないですからね」と釘刺されているし…!
「つーか、神子とデートなら俺に相談すりゃーセッティングしてやったのに」
「…うっせー…お断りだ」
話に割って入ってきた橘。
こいつは俺に協力的なんだが、俺はこいつがあまり好きじゃない。
何故なら実弟の俺を差し置いて、ゆー兄にめっちゃ色んな我が儘を聞いてもらっているから!
俺なんかあんなに甘やかしてもらった事ないのにこいつばっかりー!
ずるいよ、同じ弟属性だというのに…この差!
「…とにかく、神子殿も二日間パーティーには参加するって言ってたんだ。休みなら来ればいいだろ」
「そうそう、二人きりとかは諦めて! 将也に陸くんと二人きりになってイチャつくテクニックなんかないんだから!」
「那音姉酷い!」
『実際二人きりになってもイチャイチャできてないしね』
「っ…」
グサリと突き刺さるトリシェの一言。
その通り過ぎて否定のしようがない。
「うぇぇん! どうしたらゆー兄と那音姉みたいにラブラブになれるんですかぁ!」
『将也、ちょっと恋人という言葉に溺れてる最中だから教えてやってくれるかなー?』
「…………」
「……あはは…」
微妙な顔のゆー兄と乾いた笑いを浮かべる那音姉。
確かに俺は溺れてる…恋人という言葉に!
カレカノになったからイコールイチャイチャというわけではない現実に直面しへこんでいる!
「…そもそも将也って神子の事どのくらい知ってるの?」
「え…」
またも横から入ってきた橘を振り向く。
ちょっと黙っていてほしいが、投げられた言葉には続きがあった。
「なんか俺には将也が自分勝手に感情を押し付けて暴走して神子に迷惑かけてるようにしか見えないんだけど」
「………」
『(ドストライーク…)』
「人間じゃない俺が言うのもなんだけど、恋人って…お互いの気持ちがお互いに向いていて初めて成立する関係なんじゃないの?」
「……っ」
『(2ストライーク…)』
「一方的な感情の押し付けって子供のやる事だよね? こないだテレビで見たけど…将也の今の状況って完全に勘違い男のストーカー行為じゃない?」
「ぐぅ…!」
『(3ストライーク…バッターアウトー)』
「…(もうトリシェ、将也可哀想だよ)」
『…(いーのいーの、なんか超すっきりしたし)』
「…(哀れな…)」
なんか小声で後ろの方の保護者達が橘のストレート直球に討ち取られた俺を蔑んでいるが……それどころじゃ…ない。
…今までなんとなく薄々思ってはいたけど誤魔化し誤魔化し考えないようにしていた一番考えたくなかった事をズケズケズバズバと…!
「……」
「…完全に心折られたな…」
「…え…えーと、ま…将也、げ、元気出しなよ…? 陸くんだって将也のこと…恋愛対象として見てないだけで嫌いではないかもしれないじゃん?」
那音姉、それはフォローになっていません…。
「…意外とそうでもないけどね」
「!?」
顔を上げる。
俺を絶望のどん底に叩き落とした相手を凝視すると、どうでも良さそうに顔を背けられた。
「…え? …そうなの? 橘なにか知ってるの?」
「…まぁね…俺たち王獣種は感情を匂いで嗅ぎ分けられるから…」
そうなの? と、那音姉が首を傾げる。
橘たち王獣種という…人間の姿を形作る事のできる、原始の神に連なる獣の種族はそんな事も出来るらしい。
…俺の気持ちに陸が迷惑している…わけでもない?
それは本当に?
俺の一方通行じゃない?
「ど、どういう事!?」
「…さあ? でも…半分くらいは間違いなく迷惑がってる匂いだったしね…」
「うーっ、もう半分は!?」
つまり半分は迷惑がられてるのか、ガチで!
ちょっとショックだが俺はポジティブなのでその半分を問い詰めます!
「……将也と同じ匂いだったよ。…好きって事。…恋愛のね」
「………………」
……陸……陸が…。
…俺のこと…………好き……。
………ちゃんと、恋愛の………俺と同じ意味の……好き…。
…ああ、鐘の音が聞こえる…!
「あと軽く面倒くさい」
「お前水差すなよ!」
「半分は迷惑がってる」
「思い出させるなよ!!」
「…現実を突きつけただけなのに…」
「突きつけるなよー!!!」
「いや、ちゃんと受け止めろよ」
「あいた!」
ゆー兄に後ろからチョップされた。
しかも結構マジチョップだった、痛い!
「…言っとくが橘の意見は正論だぞ。俺は正直、よくあの神子殿が今までお前なんかと付き合っていてくれるもんだと…」
「それ露姫も言ってたなぁ……陸くん、無理して将也に付き合ってやってるようにしか見えないー、とか、なんか弱味でも握られてるんじゃないかしらー、とか…」
「ギクッ…!!」
「………」
「………」
…うっかり肩が跳ね上がり、身体が何故か自然に正座姿勢を取る。
…つ、露姫さん恐るべし…その通りであります…!
って、はっ…!
「…そうなのか? 将也…まさか本当に神子殿を無理矢理付き合わせているのか…?」
「え…将也、嘘だよね…?」
「…………」
ポンポン…と頭の上のトリシェが俺の頭を叩く。
…つい、いつもの癖で…。
――説明しよう!
俺、小野口将也は幼い頃からゆー兄と那音姉を前に嘘をつくと、擦り込まれた恐怖から身体が勝手に正座姿勢を取ってお許しを乞うてしまうのだ!
因みにこの癖はマジギレした那音姉相手なら、ゆー兄にも発現するぞ!
「……橘、表の札を『準備中』にしてこい。あと、しばらく休憩してていいぞ」
「はーい」
「………さて…将也……」
「……ちょっとお説教しよっか? ねぇ?」
「………(俺…生きて帰れないかも…)」