おとうさん。
寝てしまった篠崎先輩を背負って客間の方に向かう。
寒い…! 足冷えちゃったよー…もー…。
って…空さんの部屋から光が漏れてる。
あれ、今日って土曜日? 日曜日?
一週間も寝てたから分かんないけど、夕飯の時は居なかったのに……。
………あ…でもそうか…篠崎先輩を空さんと遭遇させたくなくて芦屋先輩はついてきたんだもんね…。
居ても不思議はない…むしろ、居るか。
「………」
空さんに篠崎先輩任せて寝ちゃおうっかなぁ。
篠崎先輩がどーなっても俺、多分関係ないよね?
いや、でも芦屋先輩の殺気は本物だったしなー…。
「…うぉ」
「うわっ」
考え込んでいたら、空さんが襖を開けたところに出くわしてしまった!
これはまさか修羅場…!?
「起きはったんか、坊主。…なんや遥背負ってどないしたん?」
「…えーと…」
夜這い紛いのコトをされました。
……なんて口が裂けても、言えない…。
「夕飯の時、お酒飲んでたから…なんか間違って俺の部屋入ってきたみたい…」
ナイス、俺の誤魔化しスキル!
嘘は言ってないよ! 実際飲んでたもん!
「…勝手に一枚撮ったら殺されるやろか」
「うん、やめといた方が絶対無難」
どっからカメラ…!?
「…しゃーない、どの部屋や?」
「?」
意外にも空さんは紳士だった。
俺の代わりに篠崎先輩を客間に送って、お酒を一瓶持って部屋に戻るという…(ちょっと心配なので付いていきました)
「襲うかと思った」
「あんなぁ…俺はただ遥をモデルに写真を撮りたいだけや。理想的な和風美人やね…遥は。真理みたいや」
「…だからまりって誰だよ…」
「陸の母ちゃんやんね」
「お母様!?」
おっと声でかかったっ!
時影さん辺り起きちゃったかも?
「見るか?」
「見たいです!」
と、今度は小声で叫ぶ。
陸の母ちゃん! 見たい!
どうせ眠れなかったし、眼も冴えてるし!
という訳で空さんの散らばりまくった部屋にお邪魔する。
適当なとこに座ると紙コップに酒を注いで出された。
「俺未成年なんですが…」
「えぇやん一杯くらい」
「要らないです」
「なんや見た目と違うて真面目やなぁ。イケる口かと思うとったんに」
「…確かに俺チャラ男に見られがちですけどー…なんか間違った事とか悪い事したら、ゆー兄がめっちゃ怖かったし…」
「あー…あのあんちゃんは怖いやろなぁ、そうかそうか…育ちはえぇんやったな」
と、今度はペットボトルのお茶を出してくれた。
最初からこっちを出して欲しかった。
「息子と飲むってやってみたかったんねんけどなー」
「………」
…ちょっと笑っちゃった。
陸は女の子、だもんね。
「…っていうか、ならせめてあと三年待てばいいじゃないですか」
「…三年先があるように言うてくれへんもん」
「………」
「ほんに困った子やねー」
と、笑って言う。
早速酒が回ってきたのかな。
「ほれ」
「アルバム…」
あ、真理さん…か。
渡された赤茶けたアルバムを開けてみる。
一瞬言葉を失った。
……び…美人だ…!! 物凄い和服美人…!
明るい笑顔で、桜の木の下で手を振っている。
他に石畳の階段の上で手招きしている姿や、餡蜜を幸せそうに食べる姿…。
生命力に溢れ、明るくて可愛い感じの、あと…とても優しそうな美人さん。
「…空さん、よくこんな美人ゲットしましたね…!」
「せやろー! もう可愛いて可愛いて…ってこらぁ」
「えへへ」
にしても若くなかろうか?
聞いてみると、当時なんと16歳だったというから驚きである。
「真理はなー、下町の芸者やったんよ。舞妓さんってやつやな」
「へぇぇ…」
「ほら、これや」
「おぉー」
ページをめくると舞妓さん姿の真理さんが!
すげーなー! とても俺と同い年とは思えない色っぽさ…!
艶やかで、素敵だぜ!
いいなぁ、本物も今頃もっと色っぽくなってるんだろうなぁ。
陸のお母さんなら、俺、挨拶したい!
いや、別に下心とかはないよ! ちょっとしかっ!
「今どうしているんですか?」
「ん?」
「真理さん」
「もう居らんよ。陸を産んですぐ、俺の親父に顔潰されてなァ……自分で死んでもぅた」
「………………」
い……いきなりヘビー…!!!!
「………」
…そ、そういえば忘れてた…、陸んちって旧家なんだっけ…!
空さんは直系…陸のお母さんは一般の人…。
酔った空さん、そう言ってたじゃん…!
「俺は真理にベタ惚れやったんよ。…親父に反対されるん、分かっとったから駆け落ちして、神奈川の田舎町で陸が産まれたん。籍も入れたかったんけど、居所バレる思って出来んかった。…陸って名前は真理が付けたんよ、…俺も真理も「呼び名が二文字やから」ってのと、俺が「空」やから娘に「陸」………「世界に包まれとるみたいで素敵でしょ?」とか言うてなぁ…」
「…………」
本当だ、まるで真理さんが世界に包まれているようだ。
…世界…真理さんにとって…空さんと陸が『世界』そのものだったのだろう。
「素敵な理由ですね。…陸にはその話したんですか?」
「したでー。…俺が実父ってバレた後、しばらく信じてくれへんかったさかい」
「………」
お気の毒だな!
「じゃあ…このアルバムも…?」
「見せたで。なんとも言い難いって顔しとったわ」
「…そっか……俺も本当の母さんの顔とか見たことないから…なんか分かるなー…」
「ん? そなんか?」
「うん。俺…っていうか、俺たち兄弟、本当はトリシェの世界を侵略した魔王の末裔なんだって。本当の父さんは那音姉と同じ顔らしいけど…なんか那音姉の前世は俺たちの父さんだったから」
「…縁…ってやつやなぁ…」
ページを捲って、舞妓さん姿から私服な真理さんになっていって…最後のページには赤ん坊を抱いた…お母さんの顔をした真理さん。
…すっげー幸せそう…。
……陸は…いや、陸も…ちゃんと、望まれて生まれてきたんだね。
そう感じたら、嬉しくて幸せな気持ちになる。
陸のルーツを見せて貰った。
これってまさに、親の特権って感じ!
…そういやトリシェもゆー兄のアルバム作ってたなぁ……敵役に転じた後はなんでかそのアルバム、那音姉が引き継いで作ってたけど…!
「……何回か捨てよとも思ったんやけどなぁ…やっぱ捨てられんよ」
「え、なんでそんな…」
「…そりゃ取り戻せん過去やからや。俺に関わらんかったら真理は死なずに済んだ。…けどなぁ…陸も産まれてきぃひんかったなぁと思うたら…捨てられんかったんよ」
「……」
そう言われると…最後のページの、お母さんの真理さんと抱かれた赤ん坊…陸の写真がいやに重々しく見えた。
…こんなドラマみたいな話…本当にあるんだな。
このアルバムを大事にしていた空さんの十数年間を思うと、アルバム自体がもの凄く…重い。
…こんな大切なもの…俺、見せて貰って本当に良かったのかな。
だってこれは…空さんの……人生で一番大切な時間そのものだったんじゃ……。
「……陸に見せたら、なんか変わるかとも思うたけど…やっぱ駄目やったしなぁ…」
「…?」
「…なあ坊主…俺ぁ、娘が可愛ぇねん。陸が可愛ぇ過ぎてもうしゃーない。…けどあの子は…どこまでも六道の神子やった。…俺に大事に思われとんの分かるから、分かったから、尚更自分は創生女神の器になるぅて言うてな」
「………」
「…なんやその流れで…今生の別れまで言われてしもうたよ」
紙コップの中のお酒を一気に飲み干してしまう空さんの、胸中…その苦しさが痛いくらい…分かる。
多分クリスマスイブの俺と一緒だよね……。
陸のしようとしている事は、限りなく正しいのかもしれない。
自分一人犠牲になれば六億人が救われる。
それは、その自己犠牲は…素晴らしい事…だろうけど、でも…。
それを言ったら陸…俺だって、本当は死んだ方がいいはずだ。
だって俺は魔王なんだから。
たった一人…俺が魔王に覚醒してしまうだけで同じ数の人間が死ぬ……いや、あらゆる命を奪うんだから、もう数え切れない。
俺が死ねば、世界の六億人は軽く救われる。
なぁ、陸…そういう事じゃないのか?
俺、陸が死んでまで救ってもいい命じゃ…ないよ…?
陸、君の命は…空さん…お父さんをこんなに哀しませて、苦しめてまで投げ出していい命じゃ…絶対ないよ。
「せやからな、坊主……俺じゃああかんかったんよ…。…時影は、神子の役割を果たそういう陸の意志を尊重しとるらしい…あいつでも、あかんかったん…。せやからな…」
「……」
「……助けてくれ………」
顔を右手で覆われて、表情は見えない。
でも声は…震えた声と、肩で十分。
「………うん、俺がやるよ」
元々やるつもりだった事だから…。
陸は………、
「俺が、絶対に助ける」
「………」
こく、と頷いた空さんに…俺は、そんなお父さんの姿に胸が暖かくなった。
「そういえば空さん、お酒結構好きだよね」
「アホ、俺は酒、好きやないわ」
「………え…」
「……せやな…お前が成人するまでは…また飲まんようにするわ」
「……うん」




