峰山神社は西嶺山の山頂にあります。
「おっはよー! 将也ぁー!」
「よー、将也ぁ! 元気してるかぁ~!?」
「………」
十二月の始め、俺はうっかり遭遇してしまった。
…したくないけど、紹介しときます…、次男の嫁、柳瀬那音姉とその友人、眞田露姫さんです。
この二人は峰山神社で巫女さんのアルバイトをしています。
…今日はたまたま変な時間から仕事があったのでまだ出掛けずに居たのが失敗でした。
「あ…うん…おはようゴザイマス…」
「なんだ将也挨拶カタイぞー! もっとシャッキシャッキせんかーい!」
「ごふっ!」
……那音姉はともかく…俺は露姫さんが、苦手だ!
間。
「…おはようございます…?」
「おはよー陸くん! で、将也あんた今日は何時から仕事なの? おらおら白状おし!」
「いだだだだだだっ、じゅ、十時半からぁぁああっ」
「じゃあ、あと十分くらいはあんたで遊べるわねぇー!」
「いや…たす…助けて陸ぅぅぅぅぅぅ」
「…………」
「…ほ、ほどほどにしてあげてね、露姫…?」
耳を引っ張り回され、お守り売場の小屋の中に連れ込まれ…俺は散々いじり倒される。
主に、過去の痴態で。
この露姫さんは次男、優弥の幼なじみであり親友の松竹梅松さんの彼女なのだが…ゆー兄や那音姉と高校三年間クラスも同じだった為とても仲がいいのだ。
ゆー兄と那音姉は生まれた病院から同じというレベルで濃い幼なじみ同士だが、高校時代の友人達…梅松さん、露姫さん、神楽さんの三人とはまた違った濃いぃぃ付き合い方をしてらっしゃる。
おかげで小中学校時代の俺は遊びに来た露姫さんにとっ捕まっては…女装させられたり化粧させられたり…、………これ以上は言いたくない!
そしてその時の写真を今でも持ち歩き、うっかり遭遇したらこの様に時間が許す限り弄ばれるのだ!
「ほらほら将也! せっかく髪伸ばしてんだからツインテールにしてあげるって!」
「いやあああぁー! トリシェ助けてぇぇ!」
『…将也は少し乙女心というやつを露姫ちゃんから学ぶと良いんじゃね?』
「こんな猛将さながらの乙女心に無縁な人から女子のなにを学べると!?」
「……まぁさぁやぁ…! あんた優弥が私にどうして逆らえないか分かってないみたいねぇ……いいわ、たっぷり教えてやるわよ!」
「ギャアアアアアア!!!?」
「なぁ…トリシェ…」
『なにー?』
「男って、力では勝ってるのにどうして女の人には逆らえないんだろう…」
『…かの有名なオカマの神は仰せられた…。女という生き物はあらゆる強さ、生命の誕生を司っている…その強さ故、腕力だけを弱き男へと移されたと…。…結局色んな“損”を女子が背負ってくれているんだから、男は自然逆らう事が出来ないんだよ。所詮男も女の腹からしか、生まれてはこれないしね』
「…ツッコミ所が多すぎて、どうツッコミ入れればいいか分かんないけど…内容そのものは妙に納得いくね…」
事務所へ行く道すがら、トリシェという神様のご高説を賜る。
分かんない事は大体教えてくれるのだが、たまに説明されても分からない事がある。
…なんだ…オカマの神って…。
「しっかし露姫さんは強烈過ぎるよ…ゆー兄どうやってあの人と連んできたんだろ?」
『梅まっちゃんがフォロー役を勤めていたんじゃね? 神楽辺りは動じないだろうから、基本あそこまで絡まれるのは将也だけだよ』
「…なにそれ俺可哀想…!」
『つまり、あれだけ強烈な女子に絡まれ続けた結果、優弥や梅まっちゃんのようないい男が仕上がっていくわけだよ』
「…な…成る程…」
俺、中学の頃からアイドル活動してたから一番多感な時期にあそこまで強烈な女子との絡みは経験してないもんな。
高校も男子校入っちゃったし…泰久や直みたいに共学行けば良かったのか…。
「でも俺格好いいから共学なんか行ったら、ゆー兄や神楽さんみたいに毎日告白とかされて大変そうだしなー…」
『…将也さぁ、その台詞帰ったら是非神子殿の前で言ってご覧よ』
「…………そ…そんな恐ろしい事出来ませんよ…」
考えただけでも蔑む眼で「疲れてるならもう寝たら?」とか「今も大変そうだからいいんじゃない? こないだも告白されてたもんね、男に」とか「今からでも大丈夫なんじゃない? もう卒業資格は貰ったんでしょ?」とか言われる様が目に浮かぶ…!
『…将也はさぁ、あまり自分よりも弱いのに強い相手っていうのに慣れていないから…もっとガンガン露姫ちゃんに当たっていって砕けまくった方がいいよ。彼女はお前に“女の子の強さと弱さ”…両方を叩き込んでくれる、とてもいい先生になってくれると思うな』
「??? …なに?自分より弱いのに強いって…矛盾してんですけど」
『…その辺りが分かるようになったら“いい男”の仲間入りだよ』
「……………」
…トリシェってたまに本当によく分からない事を言う…。
いい男、なら…分かるもんなのかな?
「…わかった…」
『(お、珍しく素直に考えてみるか)』
「沙上さんに聞いてみる!」
『自分で考えろ愚か者!!』
「いだだだだっ! 髪引っ張るなああぁ!」
↑路上でぬいぐるみと喧嘩する男子校生。
「自分よりも弱いのに強い相手?」
「女の子の事らしいんですけどー、よくわかんなくてー」
「…なんでむくれてんだ?」
事務所に着いてから、事務室のソファーでクレナを膝に乗せ背中の調整をしていた沙上さんにさっきトリシェに言われた事を聞いてみる。
頭上のトリシェはすっかり怒って黙りこくっているので、俺もむくれています。
「…ふーん、自分よりも弱いのに強い相手かぁ…確かに適切な表現かもな…今度歌詞に入れちゃおうかなー」
「…ますたー、ソレハぱくり…」
「やっぱ沙上さんにはわかるんですか!?」
「…まー、うちのグループ女子二人いるから…そう思う事は多いかも。なこなとかは普段うるさいくらい元気なのに変な所、涙もろかったり落ち込んだりするし…逆に涼は普段いかにもな大和撫子って感じでなよなよしいくせに、たまになこなをぶん殴るくらい強かったりするからさ」
「…え……へ……へぇ~……」
二人ともそんな印象全然ないんですけどー!?
「…男同士の友情と違って…なんだろうな、……共感…リンクしてるみたいな? …どこまでも重なり合っていって波紋みたいに広がって、感情が混じり合って…でも一つになるっていうんじゃなくて……女同士の友情ってそういう感じで…すっげーかっこいいよなぁ……」
「………」
首を傾げるクレナ。
…うん、俺も沙上さんが何を言ってるのか半分くらい分からない…。
……俺もそれなりに芸能界慣れてきたけど…やっぱり本物の芸術家の感性にはかなわないなー…。
まだまだ勉強が足りないって事か…。
「で、将也…お前仕事は?」
「葛西さんが車回してくれるってことになってるんだけど…」
「ケイトくんお待たせしましたぁっ!」
「行ってらっしゃーい」
「イッテラッシャイマセ」
「行ってきまーす」
えらい息切れした葛西さんが現れた。
……いつも思うけど葛西さんっていつ休んでいるんだろう…部屋は沙上さんの隣にあるらしいけど…使ってるとこ見た事ないな。
「………」
小野口将也、16歳…俺は今日死ぬかもしれない。
生唾を飲み込み、撮影スタッフ達と共に立ったのはとある話題の飲食店。
打ち合わせ時には明かされなかった本日のロケ地………。
お昼の生放送グルメ番組で場所も南区とか言うから…安心しきっていた俺が悪い…!
「あ…あの、…この店は……」
「はーい、こちらは今日のゲスト、鳴海ケイトくんのお兄さんが店長さんのレストランなんですよねー!」
はーい、じゃ、ねぇぇぇぇぇ!!
「聞いてないんですけど!?」
「サプライズサプライズ」
「行っちゃおう行っちゃおう」
「ちょっ…!」
ベテランの俳優、上條ヒカルさんとお笑いタレント、クドドックーさんが女子アナの弥生黄梨花さんと共に入っていく。
いやいやいやいや、サプライズ?
思わず生放送だというのに音声さんへ取材の許可の有無を伺ってしまった。
当然だが笑って首を横に振られる。
…えっと、それ「自分に聞かないで」の首振りなのか「取ってません」の首振りなのか…。
いや、そもそも今日露姫さんと那音姉が巫女さんバイトだから…ホールは刹那さんと神無さんじゃ…!
うわあああ、ヤバい!
バレたら四面楚歌…!!
トリシェは仕事中荷物の中だし…!
「プロデューサーさんは!?」
「ケイトくん入って入って」
「いや、ちゃんと許可を…」
「大丈夫大丈夫」
本当かよ!?
ズケズケ普通に入っていくカメラ。
今までは雑誌の取材のみ、それも顔と名前を伏せるということでOKしていたゆー兄が…!
生放送のテレビをOK…するはずがねぇぇ!
結局俺はPDさんが機嫌を悪くしてしまうくらい、入店を拒み続けた。
だが案の定……店内からカメラを真っ二つにされたカメラさんが逃げるように飛び出してきた。
「……やっぱりな…」
命の危険を感じたカメラさんの表情に、PDさんが顔をしかめる。
1カメは破壊されたので2カメに切り替えたが、泣きそうな顔で女子アナが出てきたので今更取材交渉を試みるPDさん。
仕方なく同じように店から出て来た上條さんとクドドックーさん。
「お兄さん、ケイトくんにそっくりだねー」
「けど性格過激だねぇ、家でもああなの?」
「はい…正義感が強くて曲がった事が大嫌いな人なので…」
PDさんが服を切り刻まれて出て来た為、一旦スタジオにお返ししました。
峰山神社への帰路中。
やはりというか…ゆー兄から電話がかかってきた。
「すみません…本当にごめんなさい…! けど、俺も知らなかったんです!」
『………次はない』
「はい! 次こんな事がありましたら全力で阻止します!」
通り過ぎていく通行人が不思議そうな顔で見ていく。
大声で、敬語で謝ってりゃあ…不審だよね。
電話が切れてからがっくり肩が落ちる。
…次兄、小野口優弥…今年24歳になった、俺をほぼ男手一つで育ててくれた人だ。
両親は新薬開発研究所勤務で半年に一度帰ってくればいいくらいで、長男・燈夜(中身はトリシェ)は海外に消え行方不明…。
三男・竜哉は高校入学後…音信不通となり結果、小さい俺はゆー兄によって育てられた訳です。
両親は基本家に居らず、燈夜兄の料理スキルが微妙だったので自分の生活の為に自分で料理をやり始め気付けばすごいレベルまで高めてしまったゆー兄は、ただ料理が上手いだけではない。
俺が生まれる前から、梅松さんちの道場で剣道を習い続けて全国制覇は片手で足らず…。
その武道精神と正義感の強さ、那音姉を守るという長年の誓いや、多分俺を育てる為の責任感も相俟ってもう…超…恐い!
いやもう恐いなんてもんじゃなく、…超恐いんですよ!
そりゃあの包丁捌きは…野菜だろうが魚だろうが肉だろうが服だろうがカメラだろうが…切れないものはないよ!
「はぁ…!」
『優弥は目立つの嫌いだもんねぇ…、俳優さん達は大丈夫だったんだろ?』
「うん…料理は気になるから、今度個人的に食べに行ってみるって言ってくれたよ」
『…あの子も些か血気盛んだからなぁ…』
「些か…!?」
『俺からするとお前等兄弟三人共同レベルだよ!』
「あいたぁ!」
前髪引っ張るのは反則だぁ!
……って、俺や竜兄もぉ?
…そうかなぁ……?
『……ほんと…お前ら、クールに見せ掛けて熱血なんだから……』
…父親にそう…優しい声で言われると……なんか照れ臭いなぁ…。
「……、…トリシェに似たんだよ」
さて、峰山神社のある西峯山。
その麓には住宅地と小さな公園。
西峯山公園だ。
夏は峰山神社の夏祭りが執り行われる。
…楽しいお祭りだったけど……泰久の心に傷を残したお祭りでもあった。
「あ…」
「……お帰り…?」
その公園前に佇んで手を合わせていた俺の大好きな彼女。
…亡くなった人への祈り…ちょっと妬ける…。
「時影さんは?」
「お風呂掃除をお願いしたんだ…一応この公園は結界の中だから付いてこなくて良いよって言った」
「…そうなんだ…」
…っていうかそうだったんだ…。
「……月科先輩は…分かっていたんだ」
「……なにを?」
「…自分が死ぬって。…だから…創神の羽根で髪飾りを作って、俺に預けたんだ…」
「……」
陸の髪に毎日きちんと着けられた白い筒状の髪飾りの事。
…月科翔先輩…うちの学校の、王苑寺先輩と同じクラスだった先輩だ。
今年の夏祭り、泰久と東雲学院の生徒二人の目の前で殺された…。
けどそれは事故。
別な誰かを殺そうとした誰かから、その誰かを守って月科先輩は死んだ。
そして、誰かを殺そうとした誰かは…首を跳ねられて亡くなった。
泰久達はその場面を真っ正面から見てしまったらしい。
犯人は――まだ捕まっていない。
「ゆー兄が言ってた…月科先輩は狙われてたって」
「うん…彼は神様の生まれ変わりだったからね…。…それもただの神様じゃなく…この世界の命を守る信義の神。…龍神、麒麟の長…」
『…神を、殺した人間…』
「……陸のお祖父さんを殺した奴…」
「………」
そして未だに陸の事を狙っている奴…。
陸が時影さんなしで外出出来ない理由。
…神域である神社から、学校以外で出られない理由。
「……」
「…! あ、大丈夫だよ? 俺も陸を守るから…!」
「………」
不安そうな顔が一変、不機嫌そうに睨まれる。
…あれ、なんで?
すると頭の上のトリシェに髪を引っ張られる。
『…そうじゃないっての…神子殿は――』
「…いいよ、トリシェさん。小野口くんは馬鹿だから!」
『あー…』
「え、えぇ!?」
挙げ句、踵を返されさっさと神社への道を登っていく陸。
なぜ!? ここそういうシーンだったんじゃないの!?
「な、なんで…!?」
『…将也は本当にアホだよねぇ…』
「ちょ、トリシェ分かってんなら説明しろよ!」
『……自分で考えろ。宿題』
「ええええぇ!?」