貞操危機かと思いました。
「あ……あの…篠崎先輩…」
「なに?」
「そ…その体勢は…さすがにっ…!」
夜…日付変わるか、そんな時間。
陸に冷たくされて、涙に濡れた枕…。
しかし俺の不幸はまだ終わっていなかった!
温もりと不可思議な重さに目を開けると、俺の真上に突然篠崎先輩が現れたのだ!
悲鳴は口を塞がれ阻まれて、据わった眼で「叫べば殺す」と言われれば…とりあえず誰でも黙るでしょう。
だって相手はあの“篠崎遥”
…抵抗すれば無事では済まない…間違いなく。
仕方なく頷いた俺に満足そうに笑んだ後、篠崎先輩は手を離してくれたが…いきなり帯をふん掴んだ。
あっという間に帯をひっこ抜かれ、俺の腰に乗っかった篠崎先輩は何を思ったか鎖骨を舐め上げてくる。
「ヒッ」
「…甘い…」
恍惚とした表情。
身の危険…というか、貞操の危険を感じるのですがぁああっ!?
これはもう魔王化して危機を脱した方がいいだろうか!?
トリシェは夜中、起きてくんないもんなぁぁっ!!
「………いいな…」
「…、…?」
「なんて立派な魔王の器…人間から、魔王の器が産まれてくるなんて……。…こんな素晴らしい血筋があったなら…、わざわざ入れ物を作る必要もありませんでしたね…………」
「…………」
………直感的に、違う…と感じた。
これは篠崎先輩じゃない。
冷たい眼…まるで俺を“物”かなにかとして見ているようだ。
「…誰だ」
「……」
「……お前は誰だ。…篠崎先輩じゃ、ないよな…?」
気持ちが悪い。
俺は篠崎先輩の事、苦手だけど…理音の言うとおり悪い人だとは思ってない。
変な人で、怖い人だけど、なんでか…不幸な人だな、と感じた。
欲しいものは全て諦めて、普通の人間が普通にしている生活とか全部をどこか羨んでいるような…。
全然似ていないはずなのに陸に似てる…、そして…俺にもなんか、似てる…とか…思えたんだ。
「…匂いが、篠崎先輩じゃない」
あの甘くて蠱惑的な香りが一切消えた。
代わりに冷たくて、けど、なにかこう…言葉にし難い強い香りがする…!
「……」
にこ、とやはり篠崎先輩がしないような笑み。
でもその笑みは、見たことがある。
「……司藤、澪理事長…?」
「…………」
そういえば篠崎先輩も司藤由先輩もいやに司藤理事長に似ている。
俺たち兄弟のように…まるでクローンであるかのような酷似した容姿。
特に篠崎先輩と司藤先輩は年が一つ違うようには見えないくらい、瓜二つだ。
まさか…と酷く嫌な考えが頭に浮かぶ。
司藤理事長は夜時間の実力者の一人…。
当時のトリシェよりもヤバい事していたって……、…まさか…篠崎先輩たちって…?
「うぉあ!?」
眼を閉じたと思ったら、篠崎先輩は急に倒れ込んできた。
慌てて受け止める。
…あ…匂いが篠崎先輩になってらぁ。
「………」
え…ね、寝た? …寝たぁ!?
嘘だろー…なんだよー、この状況…。
「……………」
…いいな…って、俺の体質が?
俺はこの体質、そんないいモンでもないと思ってるのだがー…。
……篠崎遥…司藤由先輩の弟…司藤澪理事長の息子…。
割と有名な話だが、この人は本当に一体何者なんだろう?
自分で自分の事を「狂っている」と断言して…全て諦めているように笑う。
芦屋先輩となんか怪しい感じだけど、その芦屋先輩に「俺を殺して」なんて頼むのは普通じゃない。
…魔王…だから?
「…………」
でも俺は死にたくないな。
陸と一緒に、もっと、もっと生きたい。
陸は俺が魔王になる素質があると知った後でも、変わらず笑いかけてくれた。
俺に生きて欲しいって、言ってくれた。
俺は望んで生まれてきたのだと、小さなぬいぐるみの器に収まってるあの神様が証明してくれた。
だからこそ俺は………、魔王に…なりたくない。




