完璧超人と奇人。
風呂上がり、俺は改めて頭を下げる。
「西雲二年の小野口将也です」
「あ…芦屋凪だ、南雲の三年…。一応まだ生徒会会計やってる。…よろしく…」
「…いや…あんまりよろしくはしたくないんで…」
「だからさっきのは誤解! 俺はただ…っ」
「俺の首筋に歯を立てて、吸血鬼よろしく血を啜ってたんだよ。こいつ、前世が悪魔だから」
「…って篠崎先輩はなに普通に酒飲んでるんですか!? 駄目ですよ、未成年の飲酒は犯罪です!」
熱燗をチョイッと一口で飲み下す篠崎先輩に、陸がごもっともな事を言う。
しかし相手は篠崎遥…聞きゃしねぇ。
「……前世が悪魔だと、吸血鬼になるのか?」
『…そういう事もないけど…芦屋くんの場合は篠崎くんの高濃度の魔力に、魔に染まった魂が反応してしまっているだけだろう。篠崎くんは血に濃い魔力が宿っているタイプみたいだから』
「………」
もの凄い、濃厚な血の匂い…。
鉄の錆びたような…けど、ひどく甘く感じて…くらくらする。
さっきは浴室だったから気にならなかったのかもしれない。
これが高濃度の魔力の匂い…?
陸からは同じく凄い濃さの花の香りがする。
…百合…みたいな?
「鼻おかしくなったのかな…」
『どうしたの?』
「いやー、なんか陸がすげーいい匂い……襲っていいかな」
『…良くはないよね』
「やっぱり?」
「・・・・」
半分冗談のつもりだっだが、時影さんの動きは早かった。
陸をすぐさま背に庇い、刀を一振り作り出す。
時影さんのバイオキメラ…。
『…やはり魔王化は進んでしまったか…』
「え…」
『耳も、もっと聞こえるようになっているんじゃない? 澄ましてご覧』
「………」
トリシェに言われた通り眼を閉じてみる。
…すると、全員の心音、布ずれの音、外にいる鳥の囀り…雪の降り積もる音まで…!
「………な…なんとー…魔王スキルが大幅アップしてしまったというのかー…」
『そりゃあれだけむちゃくちゃやらかせばな!』
「………」
すみません…。
なんかもう何度謝っても遅いんだけど…。
「って事は俺両眼2.0なのにもっと良くなってるって事?」
『そゆ事ー。…というより、ご覧』
と、トリシェがどこからともなく手鏡を持ってきた。
…眼が…………赤い…。
「い…色が…戻ってないっ!」
『そう。完全に魔王の魔眼に変化が終わってしまっている。もう治んないよ』
「そんなあっさりと!」
『…魔王の魔眼…お前の父、アーサーも持っていた眼だ。…右に魅惑、左に支配の力が宿っている。完全に遺伝だね』
「…………」
魔王の素質は一族柄だが、魔眼の種類は父親に遺伝したらしい。
こ…これ落ち込んでいいのか喜んでいいのか…。
一度その威力を味わった身としては、複雑だよね…。
「は! 魔眼で陸を魅力したりとか!」
『今のところ神子殿の方が力が強いから、無理だよ』
「…チッ…」
思い切り残念でなりません。
陸を俺にメロメロに出来ると思ったのにー。
『それに魔眼って使うのには魔力が要るからね? 魔力不足になったらどうなるか、わかってるよねー?』
「………」
魔力が足りなくなる…それってあの酷い身体のだるさ、だよな…。
しかも今回は一週間寝込んでしまったわけですので……はい、使いすぎ危険…わかっております。
「…魔眼って…彼は一体…」
「小野口将也は魔王の素質があるんだよ。こないだの開発区に落ちたっていう隕石騒ぎ、こいつの仕業でショ?」
「隕石騒ぎ!?」
ニヤリとした篠崎先輩が俺に衝撃的な事を言う。
確かにどでかいクレーターになっていたけど…!
『さすがにあれ、人為的な処理出来なかったんだって』
「だって、夜時間で壊れた公共施設って直るはずじゃ…!?」
『天空の魔法陣ごとぶっ壊されちゃー直るはずのもんも直らねーよ』
「お…俺…魔法陣…壊したの…?」
『うん』
「…………」
…成層圏から落っことしたのが、まずかったのでしょうか……。
『あれ、司藤澪と瀬能の姫と嵐山の狸の三人がかりで造ったんだってよ? それをぶっ壊すとぁ…本当…これぞまさしく魔王大暴れ!』
「人死が出なかったのは奇跡! だっけ?」
『ま、神楽と千歳がこっそり結界張ってくれたおかげだよねぇ』
「神様のくせに爆睡して何の役にも立たなかった英雄神はこの先も…その魔王のお世話を続けんの?」
『そりゃ…まぁ…せめて…将也の魔王化を遅らせる事くらいはするさ。…もうここまで魔王化が進んでしまったからには…一気に覚醒させなければいい…!』
「…っ…」
それって…俺…もう魔王化確定…?
遅らせる事しか出来ないって……。
「ト、トリシェ、俺…?」
『……うん…残念だけど、俺の力ではもう…お前の魔王化は止められないところまで進んでしまった。でも、一気に覚醒しなかったおかげで…世界を滅ぼさなくても魔王化出来そうだよ、将也!』
「え…ええぇー…!?」
「…よ…良かった…ね…」
「!?」
陸に眼を逸らされたまま“良かった探し”されたーーーー!?!?
「はははははァ! ますます賭は俺の方に向いてきたよねぇ、陸ぅ? ほらぁ、凪ぃ…今のうちに俺を殺しておきなよ? 俺はもうすぐ、世界を滅ぼしちゃうよ? 今度こそちゃんと俺を殺して」
「……」
「………。はぁ…意気地のない奴」
全く笑えない事を高笑いしながら言う辺り…さすが篠崎遥だよね…。
一気になんか…萎えた。
殺害を要求された芦屋先輩は押し黙って俯く。
…芦屋先輩の反応…ごく普通の人間の反応。
「…俺が欲しいなら…殺して奪ってしまえばいいのに。お前にはその資格を、与えてやったんだからさぁ…」
…篠崎先輩…完全な奇人だよ………。
笑みを浮かべ、芦屋先輩の首筋に後ろから抱き付いて…黒髪から覗く形のいい耳を食む。
…エ…エロ…!
男同士なのになんだあのエロさ…!?
「ばか、やめろっ」
「…俺を殺して…その魂に刻んでよ…。…俺を少しでも愛しているんなら……その手でお前自身に俺の死を刻みつけろ」
「…遥…」
「……凪…」
チラッと陸を見やる。
どことなくぼんやりした表情だが、楽しそうな顔でもない。
完全に俺たちシャットアウトされているんですが。
俺たちどーしたら…。
「……夕飯なに食べたい?」
「え゛っ」
俺の天使はさすがだった。




