俺とアイツと『王の素質』
橘が叫んだのは聞こえたけど、その意味が一瞬分からなかった。
世界が停止している光景。
支配神すら動きがのんびりで、俺の身体が勝手に魔槍でガンガン支配神を串刺しにするのが…遠い出来事のように感じたのだ。
柔らかい皮膚を貫通させる感触すら、俺が感じる感覚ではないかのようで不思議だった。
そんな止まったような世界で、初めて動くものに遭遇した。
八草沙幸だ…。
支配神を貫く槍を、そのまま刀で弾き上げる。
身体を引き裂く感覚。
傷付いた皮膚…肉がぱっくり割れる。
橘…俺が距離を取るとすぐさま距離を詰めてくる八草。
…このスピードの中で動けるって事は、多分…支配神より八草の方が速いのだ。
「のろまめ」
首筋に刀の刃が当たる。
やばい、首は…服に覆われている訳じゃない…死ぬかも。
こんな刹那の瞬間まで感じ取れるなんて、逆に酷な世界だ。
だがいつまでも、熱い瞬間は訪れない。
一瞬で八草の後ろに、俺は移動していたのだ。
俺、というか橘…か。
八草の鳩尾へ綺麗に踵が食い込む。
ハッとした。
八草が凄まじい勢いで飛んでいき、後ろでは支配神が身体から大量に出血する。
それは止まっていた時間が動き出した…そんな感じだった。
「…くっ…!」
「…グフッ…!」
…俺、確かに橘(の戦闘力)をナメていた。
な、なに今の…一瞬で背後取ったんですけど…!?
「…ケダモノが…!」
支配神の肉体が見る見る治っていく。
キ…キモ!
さすがに八草は立ち上がるのも辛そうだ…鳩尾綺麗に入ったもんなぁ…。
槍を構え直す。
さっきのでなんとなく、橘が俺より槍の使い方が上手いと分かってしまった。
弱ったね…俺、本当どこに貢献したらよいやらー…。
「…なぁ、橘…お前本気になれば間違いなく俺より強いよな? …俺、その場合なにか役に立てる事ある?」
『…その魔槍は将也にしか使えないだろ? …なに、まさか俺に八草とまで戦えって? めんどい』
「……ああそうですかー…。…じゃ、役割分担って事で…!」
まず狙うのはのろまな支配神!
どう考えたって、奴の方が強敵だもんね。
月科先輩の加護で殺すには骨が折れそうな八草の野郎は後回しにしてもいいと思いました!
「でぇいやああぁぁあ!!」
「…獣風情が…!」
ノコギリ大剣をぶん回してきた支配神。
そんな大回りな攻撃、今の俺には止まって見える。
首根目掛けて魔槍をブッ刺す。
…普通首が飛ぶ威力なのだがさすが神様…不思議な力で千切れるには至らない。
「………」
それどころか嫌な笑み。
キモい…、なんというキモさ…!
「…あまり調子に乗るものではないぞ…」
「アァ?」
「……我は神……あらゆる命を支配し嬲る事を許されし、絶対の支配者…!」
傷の消えた支配者が余裕の笑みで見下してくる。
ノーパンのくせに…!
「う…!?」
ノーパンのくせに、と心の中で貶していたら身体が急に上手く動かなくなる。
重い…橘が?
違う…俺自身の身体が、だ!
なんだこれ…!?
『将也…!? まさか…奴の“奇跡”に捕まった…!?』
「き…奇跡…?」
奇跡って、なんだ?
…まさか、…神の奇跡?
神が神と呼ばれる所以……絶対の力にして、その神固有の能力であり司る理の力…。
英雄神トリシェ・サルバトーレの『絶望の中の希望』
女神イブの『誕生と繁栄と終焉』
人間にはどうする事も出来ない、神の奇跡…!?
「我が奇跡…『絶対忠誠』の口付けを貴様に落としてやろう…魔王の雛」
「なにキモい事言い出してんだテメェ!?」
口付け!? 今口付けっつったかこのノーパン!?
一歩、また一歩…近付いてくる支配神。
舌なめずりをしながら、また一歩…。
身体が、動かない…橘…!
『うご、かない…! なんで…転移魔法が使えないんだよ…!?』
「っ!?」
「動けまい? 高貴なる神の血を浴びた者には報いが必要だ。…俺に攻撃をした者…あるいは刃を向けただけでも…それは罪となりて罪人に『罪の重み』を与えてゆく…」
「!?」
「我は神……絶対の支配者だ! 俺に逆らう者などあってはならん! 刃向かう意思すら我が前には罪悪! 分かるか小僧ども!? この世は俺という至高の王…神の存在に逆らう事を許さぬものなのだ!! 弱き者は我が足下でただ俺という神を崇めておれば良い! ふはははははは!」
…な、なんて奴!
…これが弱きを踏みにじり支配する神…!
弱きを守り、救い続ける神であるトリシェと…最高に分かり合えない神…!
『く…! クソッ…!! ふざけやがって…! 支配神…! 大気を…俺の弟を取り込んで神格化しただけの…矮小な下衆が…!』
「…!?」
「…魔王の雛、貴様を我が忠実なる僕にすれば、彼の光の英雄神はどんな顔をするかのう…?」
「……っく……」
…トリシェ………俺の事、本当に大事に大事にしてくれている…俺の家族…。
俺の叔父にあたる先代魔王に苦しめられていたのに…俺たちを家族としてこの世界に生んでくれた。
俺たちのルーツとも言うべき神。
うろちょろ口喧しいところもあるけど、兄貴としてというより父親としては…すごく、大事にしたい俺たちの―――。
「ふざけるな」
一歩、また着実に支配神が近付いてくる。
トリシェとは正反対な神。
…橘が支配神に対して、敵意剥き出しだった理由も…わかった…!
弟、取られてたんだ…!
先に言えっつうの! 本当、こいつは…大事なことを言い忘れ過ぎだ…!!
「俺は、陸以外のモノにならない!」
俺から陸を奪おうとする八草沙幸。
橘から弟を奪った支配神。
俺は陸を渡すつもりはない。
橘だって、そりゃ弟を取り返したいに決まってるよね!
こんな、ノーパン野郎になんか!
「ならば神子ごと貴様を手に入れようぞ」
「!」
「我こそが支配者! 王道覇道…それらも我が前にはただの道! ただ我が前には転がりしものに過ぎぬ! 輪廻の神子…我が手に納まるに相応しき装飾だ。魔王の雛、貴様も十分にその資格はあろうぞ!」
ど…どんだけ…!?
ああもう、だんだんムカついてきた…!
「将也ー!」
「!」
陸…!
建物の外、真っ白な毛のやたらどでかい虎に玖流先輩とKって人と一緒に跨がってる。
怪我とかはなさそう。
ただ…心配そうで不安そう。
だよね…俺、今普通にピンチだもん。
…でも俺、陸…君が無事なら―――。
「将也! 君には王になる素質がある…!!」
「…っ…?」
「王は、何人にも膝を付かぬ者…! 例え相手が神だとて…王の素質がある以上、君がその支配下に置かれる事などありえない!!」
「………」
「…あの小娘…!」
魔王にも王様にもならないで。
陸はそう、言ってくれた。
俺は『魔王の素質』だけでなく『王の素質』もある。
八草沙幸に引けを取らない素質が…。
支配神を使役化してしまうほど、八草沙幸に『王の素質』があるのなら…俺にも同じだけの素質があるのだと…そう、仮定するなら…!
「…だから…負けないで、将也!!!!」
「……………」
その感覚は、怒りに支配される感覚に似ていた。
けど、似ていただけで全然別物だ。
例えるなら……そう…………クリスマスに、真っ白なマフラーを…貰った時に似ている。
似ているだけで、やっぱり全然別物だけど。
顔はあの日と同じように、勝手に笑みを浮かべた。
…だって君に……そう、言われて…。
大好きな女の子に、負けないで、なんて言われたら……!
『…ま…将也…?』
夜の冷たい空気が心地いい。
降っていた雪が俺の周囲で浮遊して止まる。
それらが一気に、天空へと弾け飛ぶ。
「負ける訳には、いかねぇよなあぁ!?」
重みも一気に消し飛ぶ。
当然だ。
だって俺の『王の素質』は、支配神以上なのだから!




