三度、対峙の時。
「…ホント、喧嘩っ早いというか…しょうがないよね…」
「橘…?」
だるそうに、そして非常に不本意そうに、唐突に…橘は獣型を取る。
氷雨さんと同じ狼より少しでかいくらいの黒い獣。
幻獣ケルベロス族原形の、簡易な姿。
『…敵は正真正銘現役バリバリの神様だ、出し惜しみせず一気に叩く。武装モード、やるよ!』
「は? なにそれ?」
『優弥と神楽もやってたアレだよ。特別に俺の鎧毛を使わせてやる。…ただ神気相手には微妙だけどね…』
「…わ、分かった借りる」
黒い獣が霧のように変わり、俺の身に纏わりつく。
ゆー兄が神楽さんの鎧毛を衣類のように纏っていたのと同じように、俺の鎧として橘が衣類となる。
一見和風のようで、そうでもない…ケルベロス達の民族衣装みたいな服に仕上がった。
うん、まるでコスプレ!
………け…結構かなり恥ずかしい…な…!
『俺が滅多に発揮しない戦闘種族としての能力に振り回されないように。将也が考えてるより、俺、強いから』
「うわぁ…声普通に聞こえんのかよ…引くわー…」
『…(怒)……魔法とか魔術使い放題だからって、調子に乗りすぎないでよ』
へぇ、魔法とか魔術使い放題になるのか?
…しかし身体がすげぇ軽い…体重なくなったみたい。
あいつ、こんな軽い身体でいつもだるそうにしてんの?
「幻獣ケルベロスの力か…まさか『理と秩序の番犬』が、最もソレと無縁な魔王に助力するとは」
「うっせー! 橘はラミレスバカなだけだ!」
『否定はしないけどなんか果てしなくムカつく!』
「…?」
「…気を付けよ、サユキ…。幻獣ケルベロス族…幻獣族最強の戦闘種族の呼び名は飾りではないぞ。幼獣といえど一国一世を滅亡させる程の魔力を有している」
「……知ったような口を叩くな、シャルトス?」
「…俺が神格化したのは…幻獣ケルベロス族を取り込んだお陰だからな」
「! …貴様…自らの素質で神格化した神じゃなかったのか…」
「ふん、貴様に言われたくはないな。…あの魔王の雛も…今宵ケルベロス族を取り込み魔王と化すかもな…」
「………」
橘め、俺は事実を言っただけなのに!
『とりあえず、将也…支配神シャルトスから平らげる。八草も支配神がいなくなれば楽だしね』
「おっしゃー!」
魔法とか魔術はよう分からんが、支配神の懐に移動して頭串刺しにしてやろう、と一歩踏み出したら…。
「あぇ…?」
「!」
真ん前。
ってゆうか目の前…!
腕の振りが間に合わない…。
勢い余って体当たりしてしまった。
は…肌の生暖かい感触…………!
「……うぉえぇ…っ…」
『…俺、将也が思ってるより強いって言ったよね? 馬鹿なの?』
橘が逆に俺の身体を操作して、反撃に出た支配神のノコギリみたいな大剣を避けて距離を取ってくれた。
…ほっぺが…ほっぺが厚い胸板にぺたーってしたぁ…!
ぎ…ぎもぢわるぅ…!
思わず手と膝ついて落ち込んでいると、橘の容赦ないお言葉…。
た…確かにたった一歩であそこまで移動しちゃうなんて思わなかったけれどぉー!
「…っていうかお前の身体能力どうなってんだよ…!? 今の魔法とかじゃなかったよな!?」
『…やはりぶっつけ本番は無茶だったかぁ』
「………」
…忠告済みだ馬鹿野郎と、そういう事ですか…ごもっともだけど…!
あんなんなるなんて、思うわけがないし…!
けど、確かに俺が考えていた以上に橘の身体能力は高い…高すぎ!
あいつ、こんな身体能力でだるそうにしてたのかよ…?
「とりあえず、始めたからには今度こそ勝つ…!」
『………』
瞬間移動みたいになるのは、きっと俺の眼がついていってないのだろう。
魔王化すれば少しは見えるようになるはずだ。
………第一段階解禁――
「橘! もっかい行く!」
一歩踏み出す。
よし、今度は見える!
周りが止まってるような…そんな感覚だ。
「!」
にやり、と八草が笑む。
支配神はほとんど動かない。
長刀が俺の槍を阻む。
金属音の後、衝撃で地面が歪み…砕けた破片が浮く。
「っらぁぁ!!」
「っ!?」
今回は負けない。
俺は陸を助けるし、橘の事も俺のせいで堕淵させたりもしない。
八草沙幸、お前がなにを背負っているのか知らないけど…俺は―――。
振るった槍で八草が吹っ飛び距離が出来る。
その距離は瞬時に詰めて、腹に蹴りを入れてやった。
「ぐぅっ!?」
蹴りが入ったまま、壁まで一緒に飛んでいき、壁にぶつかる。
メリ、と壁に罅が入って、壁がまるで板チョコみたいに割れてしまう。
隣の空間…長い廊下へ八草を蹴り飛ばし、着地すると…廊下の床を破壊しつつ完全に止まるのに十メートルくらいかかった。
………橘…こんな身体能力持ってたのか…ちょっと出来るか不安だったけど余裕でやれたよ…。
そして、まだ余力みたいなのを感じる…。
これが幻獣ケルベロスの…肉体の能力…!
「……っ」
壁に、八草が激突して止まる。
普通の人間なら…死ぬけど…、刀で支え倒れるまではいかなかった。
「………ひ…久しいな…身体の痛みなんて…!」
ぽた、ぽた…と、銀の髪の隙間から血が垂れる。
勢いで眼鏡がどっかに吹っ飛んだらしい。
八草沙幸の血は赤だった…、人間と同じなのか。
「…確かに、些か舐めていたな……これが人外の力か…!」
こんな時でもにやつきやがって。
槍を持ち直す。
…こいつを殺しても、陸の運命になんの変化もないのだとしても―――。
「…八草…俺、お前を殺すよ」
「…………」
「…最初は本当に、陸に酷い事ばっかりする…お前がすっげー嫌いで嫌いで、憎いとすら思った。…陸は優しいから、きっとお前みたいな奴の死にも悲しむし…俺が人を殺した事にも…すごく…悲しむだろうけど…」
「……ふ…、………今は夜時間…全てが自己責任の時間。…ここで俺がお前に殺されるのなら、それは俺自身の実力不足が原因だ。…自分で定めた法の中で死ぬのなら、それもまた一興か…」
「…!!」
「…なんだ、知らなかったのか? この四方市は俺が祖父に頼んで切り取り、もらい受けた地に築いた街。…祖父は俺に政治家になって、後のこの国を任せたかったらしい…。…現代の人間というのは常に倫理に縛られている…だが…いや、だからこそ、それを解き放ったらどうなるか……倫理に縛られ、滞っていた技術や研究が進むか、本能を解放し、ただの獣と化すか……実験だった」
…この街の、この時間が…こいつによって作られたものだった…!?
……、…そういえば、八草は今の総理大臣の孫…!
でもだからって…そんな…こんな事許されんのかよ…!?
だいたい実験って……こいつは一体人間を…人類をなんだと思ってんだ…!?
「…結果、この街の科学技術は世界的に見ても高水準の部類に達しつつある。同時に昼の時間の犯罪件数は日本一少ない。…この意味が分かるか?」
「……」
「……つまり、人間というのは…こんなものなんだ。…倫理から解き放たれた人間はまさに獣以下。…自分という個を主張する為なら、他者をどこまででも蹴落とせる」
そう言った八草の顔は、笑みを消していた。
俺の知らない夜時間の現実。
「…俺は人類を変える」
「………」
「…全ての人間に真の平等を与える。…優劣、貧富の差も地位もない世界…。その為にあの神子の命が必要なのならば、俺はあいつを殺してでも…この野望を達成させる」
それが八草沙幸の成すべき事。
その為に月科先輩を殺し力を奪い、陸をあんな目に遭わせてたっていうのか。
人類の為?
平等な世界?
俺にはそんなもん、どうでもいい。
「…八草沙幸……俺はお前を、殺す」
「……クッ……、…試そう、神子…お前の見た俺の運命…。さあ、魔王…思い知れ! …俺はこんな所では終わらんぞ!」




