イルミネーション誘ってみた。
「あのさ、今日イルミネーション通り行ってみない?」
「なんでわざわざ人混みに行かなきゃいけないの? 嫌だよ」
「…………」
「………。…いや、そもそも人の部屋で誘うなよ」
場所は西雲学園南校舎。
ここは元生徒会副会長の王苑寺柘榴先輩の…自宅兼研究所兼開発ドッグと化している。
王苑寺柘榴先輩についてご紹介しておこう。
エリート校である西雲学園でも始まって以来の天才で、既に日本屈指の発明家兼科学者として裏の世界では知らない者は居ないとまで言われている。
校舎を買い取って改造し、自宅兼研究所兼開発ドッグにしてしまっている辺りそのムチャクチャな財力と実力が伺えるだろう。
しかしその天才ムチャクチャっぷりの他に天は王苑寺柘榴という人間に二物も三物も与えているらしく、俺ですら格好良いと認めてしまえるくらい…長身美形だ…!
欠点なんか俺と同じで家事スキルは低いとこくらいか…あ、あと性格がむっちゃ悪い。
懐に入ってしまえば凄く面倒見のいい兄貴分って感じの…うちのゆー兄みたいな人なんだけどね。
だからなのか…先輩に気に入られた陸は、善意で掃除や食事作りをしてあげているんだ。
「うぇぇぇん、王苑寺先ぱーい! 陸がデートしてくんないよー!」
「…お前ほんと頭の良い馬鹿だな。イルミネーション通りなんて人の多いとこでいちゃつける訳ないだろ。…っていうか撮られるぞお前…自分が芸能人って自覚ねぇだろ」
「は…!!」
「…峰山も大変だな…」
「あ、わかってくれますか? そうなんですよ…小野口くん基本的に頭はいいのに馬鹿だから…」
「!?」
『…はぁ…』
「!?!?」
そういう事!?
そういう事だったの!?
苦笑いの時影さん以外の三人の溜め息が重なる。
陸と王苑寺先輩はともかくトリシェこの野郎…!
「…ごめんなさい…」
…いや、しかし…俺の為に気を使わせていたんだ…素直に謝ります。
…もしかして俺、陸にかなりこういう方面も気を使わせてた…?
…あとでトリシェに聞いてみよう…空気読みレベルは最強な神様だし。
「小野口…イルミネーションなら電球買ってきて自分で飾り付けるくれぇの気概見せろ馬鹿」
「王苑寺先輩頭いい!」
「お前が馬鹿なんだよ……」
『さっすが欠点は家事スキルの低さだけだね甘党科学者!』
「黙れぬいぐるみ」
「早速電球買ってくるー!」
「ちょ、小野口くん!」
「…頭はいいはずなんだけどな…あいつ…」
「…将也殿は行動派でございますね…」
南校舎を飛び出して西区の商店街へダッシュする。
タクシー使ってもいいんだけど走りたい気分だったんだ!
…そうだよな、電球買ってきて、陸の為だけにイルミネーション作れば……陸、笑ってくれるよね…?
「おっしゃあ、テンション上がってキターァ!」
『……(…不安だ…)』
「ところでトリシェ、電球ってどこに売ってるのかな」
『……普通はオモチャ屋とかじゃない?』
「じゃあデパートにレッツゴー!」
『……(大丈夫かなぁ…)』
トリシェがそんな心配をしているとも知らず全力ダッシュで西区中央通りのこじんまりしたデパートに入る。
オモチャ屋は三階…とりあえず近場で済ませてしまおうと思ったが、予想以上にしょぼい。
でかいデパートは中央区や東区の方が多いから…そっちも見に行こうかなぁ。
――♪♪♪
…この着信は…葛西!?
こんな時にまさか急な仕事か!?
「………居留守使っ…」
『時間的に明日の仕事じゃね?』
「………」
頭上のトリシェに髪を引っ張られ、仕方なく電話に出る。
「もしも…」
『あ、ケイトくーん! 大変なんです! マオトくんが体調悪化で収録中倒れちゃって!』
「泰久が…!?」
『…さすがにRi-3がゲストって事になってて空ける訳にはいかないんですよー! リントくんは今、雑誌の取材中なんで…ケイトくん、今から四方テレ来られませんか?』
「わかった、すぐ行くよ。葛西さんは泰久に付いてて」
『すみません、オフだったのに』
「いいよ別に」
電話を切る。
…空風マオト…津泰久は今年の夏場にある事件に巻き込まれて以来精神的にかなり弱っていた。
最近だいぶ前のように仕事が出来るようになっていたから…俺たちも安心してたんだけど…。
『………。…ねぇ将也、俺ならあの子の心を助けてあげられるよ?』
「駄目だ、トリシェの力を使わせたら…俺がゆー兄に殺される。それに泰久はそこまで弱くはないさ…」
…多分。
「…とりあえず四方テレにダッシュしつつ陸に電話かな…?」
まさか本当に、陸の夕飯食べられなくなるなんてなー…。
仕事が終わったのは十時過ぎ…もう夜時間になった後。
まあ、俺は強いから夜時間でも普通に帰れるんだけどね。
「はぁ…」
イルミネーション作りは明日だな…電球買えなかったし。
そう落ち込んで帰路を歩いていると…。
「小野口」
「…!?」
前方に立ちはだかったのは王苑寺先輩。
さすが王苑寺先輩、夜時間も普通に出歩いてらっしゃる。
なんかでかめのビニール袋を二つ抱えて…そしてそれを俺に投げつけてきた。
「痛っ!? なにこれ硬!?」
「貸しだ。ホールケーキ十個で手を打ってやる」
「でぇぇ!?」
ホールケーキ十個!?
驚きつつビニール袋の中を見ると小さな電球が連なって大量にびっしり入ってる…。
「先輩…」
………なんで俺が仕事で電球買えなかったの知ってるんだろう……相変わらず恐ろしい情報網…。
でも…気回してくれてたんだ…。
「ありがとう、王苑寺先輩!」
顔を上げた時にはもう姿も見えなくなっていた。
くぅー、格好いいー!
頭も顔も良くて強くって、加えてこんなに男前…本当格好いいー!
『…将也の周りには割といい男が多いのに、どうして将也は残念なんだろう』
「………」
なんか物凄くマジ声で悩むトリシェ。
ああ、ですね…王苑寺先輩もゆー兄も沙上さんも時影さんも大人の男で本当に格好いいもんね…!
王苑寺先輩以外の先代生徒会役員も、みんなすっげー格好いい、いい男だったもんね!
本当になんで俺だけこんなへたれなんだろうね!
「自分でもそれは認めるけどなんかムカつく!!」
『ぎゃー!』
ビニール袋を一つ地面に置いて、トリシェを握り潰す。
…こういうところがガキっぽいんだろうが、俺にはまだ笑って流すというスキルがないのだ。
トリシェへのお仕置きを終えるとスマホが鳴る。
…メールだ。
取り出して見てみると…泰久から。
『今日は迷惑をかけて本当にごめん。葛西さんから、オフの将也が俺の代わりに収録出てくれたって聞いた。明日からまた頑張る』
「……な…?」
『………』
よれよれのトリシェに泰久からのメールを見せ付ける。
…殺人現場を、見た…その事で泰久は本当に心に深い傷を負ったけど……、こうして前向きに頑張ってる。
『うん…やっぱり人間はこうでないとね』
トリシェの声は満足そうだった。
翌朝、陸が眉を寄せながらランニング帰りの俺を待っていてくれた。
きっと見てくれた…んだと思うんだけど…この険しい表情…なにか失敗したか?
「……えぇと…おはよう?」
「おはよう。…君、裏山の滝に入ったね?」
「…は…、…う…うん…」
陸は朝起きたら裏山の滝壺で禊ぎをする。
だから…そこに飾ってみたんだ、イルミネーション…。
………なにかやっちまった?
「…あそこは神域中の神域…結界も張ってあるし普通の人は絶対入れないんだよ…」
「…え…結界…? そんなのなかっ…」
「壊して入ったんだよ君」
「……………ごめんなさい…」
頭を抱えた彼女に、俺は素直に謝ります。
俺の“特殊な体質”が峰山神社の神域にどんな影響を及ぼすか、分からないから。
あそこなら陸の眼だけにしか触れないし、陸が朝一番に行く場所だからと思って、滝壺を選んだけど…まさか結界が張ってあった、神域中の神域だったなんて…。
めっちゃ重要ポイントっぽい…!
「説明しなかった俺も悪かったんだけどね…!」
「…すみません…」
め、めっちゃ怒ってる…。
ヤバい、どうしよう…まさかそんな…。
「…あ…あの…」
どうしよう…別れるとか言われたらどうしよう…!
いや、嫌われるくらいなら素直に別れるけど、でも…!
「…君、昨日何時に帰ってきたの」
「え? …十時半くらい…」
「何時に寝たの」
「……寝てない…かな…」
取り付け作業がほぼ朝までかかったから、もうランニングしようと思って…。
…しかし質問の意図が分からない。
話の流れ的に俺の帰宅時間と睡眠時間、関係ないんじゃ…。
「…本当に馬鹿…」
「……すみません…」
「………本当に…君は馬鹿だ…」
「……陸…」
頭を抱えて、ほんの少しだけ涙が滲んだ…だいぶしょーもないものを笑う顔。
俺が見たかった笑顔とはほど遠いけど……笑ってくれた。
「……えっと…神域、穢して…ごめんなさい…」
「…もう良いよ…今回は仕方ない。…結界は直せるし、穢れはトリシェさんに手伝ってもらって取るから。…今日は学校休まなきゃいけなくなったけど…それだけだから気にしなくて良いよ」
「………」
「…じゃ、朝ご飯にしよっか。先にお風呂入ってくる?」
「……ううん、先にご飯を頂きます」