いや、別に忘れたりとかしてません。
「お、小野口くんっ、トリシェさんを苛めないでよ! 可哀想っ!」
「いや、ここはハッキリさせとかなきゃだし?」
『むぎゅぎゅぎゅぎゅぅ〜っ』
「トリシェさん可哀想っ!やめてあげてぇー!」
…陸が泣くので仕方なく止めて上げる事にしました。
でも俺はあくまで、トリシェの『奇跡』を使うのは許しません。
そこんとこヨロシク!
『ひどい! いくら柔らかくで触り心地がいいからって連続握り潰しの刑とかなんて親不孝な子なの! いくら押しても音なんか出ないのに! うえーん、神子殿ー!』
「よしよし、大丈夫ですか?」
「…陸、トリシェばっかり甘やかさないで俺も甘やかして!」
「やかましい!」
チッ、トリシェめ…ここぞとばかりに陸に甘えやがってムカつくな…!
「…ちぇ。陸はトリシェの見た目に騙されすぎだよ…。二千歳のスケベジジイめ」
『おめーの実父と一緒にすんな!』
「…いや…さすがにアレと一緒にはしないけどさ……っていうか比較対象が比較にならないでしょ」
「……君はもう少しトリシェさんに優しくすべきだよ…お父さんなんだろ?」
「陸だって空さんに優しくしてないじゃん」
「あれは優しくする価値がないし、甘やかしたら駄目だろ」
「トリシェも一緒です。それでなくとも見た目でマスコットキャラの地位確立狙ってるし、シリーズ公式ゆるキャラまで視野に入れてやがるんだぞ?」
『何故それを!?』
「………(シリーズ…?)…いや…それは、よく分かんないけど…」
「こんな腹黒いゆるキャラが許されないのは陸にも分かるだろ!?」
「分かんないってば!! …ふぇっくしっ」
「……くしゃみ可愛いな!」
「う、うるさいし!」
…確かに外、乾燥してて寒いもんな…。
と、もう一回レストランに戻ろうと誘おうとした所に時影さんが湯気の立つココアとマフラーを持って現れた。
………あ……いや…えーと…べ、別に陸しか目に入ってなかったかじゃない…デスヨ…!
そ、そそそーだよねー、陸が居るんだから時影さんも居たに決まってるよねー!
……空気過ぎて気付かなかったとかじゃ、ない…よ。
「…ありがとう時影…」
「橘殿の用件は終わっているのですし…もう帰られますか?」
「…うーん…寒いもんね…、帰ろっかな…」
「送る送る」
「いえ、某が居りますので」
「………」
「………」
「…?」
『…(うわぁ…火花が見えるー)』
お鼻の赤い陸にマフラーをかけて、時影さんが帰宅を促す。
確かに俺は、陸に振られたわけですが…陸を諦めるつもりはないわけで。
『っていうか将也、今日は神子殿んちに帰るの?』
「あ…そっか。…うん、今日は陸んちに帰る」
陸んちに、を強調してお伝えすると時影さんの顔がカチンとした。
…なんか…時影さんから敵意をひしひし感じるなぁ…?
なんだ? 俺、なんかした?
昨日は別に、こんなツンケンしてなかったのに、この人…。
「それなら優弥さんや那音さんに挨拶してからにしようよ」
『…!?(神子殿まさかの火花スルー!?)』
「あ…うん…」
「…では参りましょう」
…やっぱ気のせいじゃねーな、時影さんの“敵意”
でもなんで?
俺は陸に振られたから…、付きまとってんじゃねーよ、って事か?
………くっ……悔しいがごもっとも…!
しかもさっきだいぶ気持ち悪い事言ってたし!(※自覚はあったようです)
一旦レストランに戻って、ゆー兄と那音姉に「今日は陸んちに帰る」と伝えると、那音姉がめっちゃ喜んだ。
…那音姉は、ゆー兄との新居に異物が居残るのが嫌だったのです。
ホント、分かりやすいよね…。
「そうだ、俺、理音たちにお願いがあったんだ」
「え、な…なに?」
「元旦、バイトしない? 人手足りないんだよね…!! 日給9000円…!」
「………あ…あたし、する…! お金ないし…!」
…あ…俺、完全に頼りにされてない…!
でも年末年始は生放送で埋め尽くされているから…なにも言えない…!
「じゃー俺もする!」
「あ、んじゃオレもやるー」
「僕もー! 理音お姉ちゃんとばいとやるぅーっ」
「俺もやってもいい…。…黎はどうする…?」
「オレは元旦に家族が集まるしきたりがありますので…」
「はいはい、オレやりたーい!」
「理音と吹雪がやるなら俺もやる」
「男は日給7000円だけどいい?」
「なんだその男女差別ー!」
「ブーブー!」
「…吹雪さん、女装でやるなら9000円!」
「…………」
「究極の選択だな…」
南雲男子組が瀬能先輩以外漏れなく立候補したが、2000円差はでかいよね…。
でも峰山神社はもう男がいるから、欲しいのは女子かぁ…。
…俺は元から頼りにされてないしね…フフ…。
「那音さんはどうですか?」
「…優弥とイチャイチャするから…」
「いや、是非働きに行かせて欲しい」
「ゆーやのばかぁ!!」
陸、那音姉とゆー兄をセットでゲット!
「露姫さんは…?」
「勿論行く行く!」
「じゃあ俺も…」
「梅は当たり前よ」
「………すみません…」
…梅松さんは強制のようです…。
「…会長、僕も兄さんの相手面倒なのでお手伝いに行ってもいいですか?」
「光慈ひどいっ」
「………」
…長谷部(弟)…ついに兄、長谷部元会長にまでひどい毒を…!
「…よし、これで人手は問題ないな! あ、因みにこの中で大晦日もOKな人いる?」
「行く行く!」
「くっ…」
ここぞとばかりに挙手する理音。
…クッ…俺はカウントダウン番組で陸と一緒に居られないのに!
…最終的に大晦日から元旦にバイトするのは理音と燈夜兄と安曇と神野。
暇な北斗先輩と吹雪先輩。
「因みに、30日に大掃除するんだけど、手伝いに来てくれる人!」
「行く行く!!」
「お姉ちゃんが行くなら僕も行くぅ」
「………り、陸…」
「…なに」
「…いやあの…俺に手伝える事ありますか…?」
「そりゃたくさんあるけど…小野口くん、時間あるの?」
「………」
『明日朝四時から来年の八日まで全部生放送みっちり缶詰めだよね』
「……………」
「…え……えぇと……、…が…頑張って…ね?」
考えただけで…へこむ……。
「…将也…俺が仕事ができないから…っ」
「違うから泰久! 泰久は悪くないから! 悪いのは人使いの荒い社長だから!」
「……俺が勉強できないばかりに…将也や直に負担をかけて……」
「いぃいんだって泰久は勉強頑張ってんじゃん!? いや、受験生なんだから普通勉強が仕事だし! だから泰久は気にせず勉強頑張ればいいんだって!」
「…俺が頭悪いから…事務所にも迷惑をかけて…っ」
「全然そんな事ないから!」
しまっっったあぁぁぁ!!
うっかり泰久の気にかけてしまったぁぁっ!
プルプル震えながらシャーペンを握る泰久の姿のなんとチワワな事か…!
どうしよう、泰久がまたローテーションにっ!
「………、……ヤスヒサは友達のために勉強を頑張っていたのですか?」
「…正確にはこの世界の大学という施設へ入る為に受験という知識を競う戦争を勝ち抜かねばならないのだ。本来泰久は仕事をしていたのだが、その戦争を勝つ為の知識を増やすべく、この様に修行に励んでいる。だから仕事も休まざる得なくなっているんだ」
「な、なんという…!」
神楽さんの千歳さんへの説明が色々と突っ込み所が多すぎる…!?
…け…けど…千歳さん異世界の幻獣だもんね!
「……わたしはそんな重大な責務に苦しんでいたヤスヒサの努力を書き記した書物を…あんな風に踏み潰して踏みにじってグシャグシャにしてしまったというのか…!!」
「………、…千歳?」
「なんという惨い仕打ちをわたしはしてしまったのだ…! 無意識とはいえ……なんという…! これではまるで魔獣族ではないですか…!」
「…………」
…か…神楽さんが凄く残念なものを見る眼で実のお兄さんを見下ろしてるー!!
「…っ…、決めました! ヤスヒサがそのダイガクという施設に無事勝ち残れる様に、わたしが面倒を見ましょう!」
「多分絶対言い出すとは思ったがこの世界の歴史や物理法則や言語史や他国語など来たばかりのお前に教えられるわけがないだろう。考え直せ。年末年始に一緒に里に帰るんだろう?」
「何を言うのですか神楽! ヤスヒサはこんな…泣くほど苦しみながら勉学に励んでいるのですよ!? 可哀想に…、…わたしが書物をグシャグシャにしたばかりに…」
「…いや、あのノートはほぼ間違いだらけだったから…」
「大丈夫です! さんこうしょという書物の内容ならさっき全部頭に入れましたから、にほんしならばっちりです! 数学など万世ほぼ共通! 問題なしです!」
「………」
神楽さんが頭を抱えた!
「…え、お…覚えたって…」
「我等幻獣ケルベロス族の記憶力は人間如き下等生物とは比較になりませんよ、ヤスヒサ! 書物の中身など触れただけで読み解けます!」
「そ、そんな…! それ勉強したって言いませんよ…!」
「泰久、突っ込み間違ってる…!」
「…え…!?」
どうしてこう突っ込みが斜めなんだ泰久!
いや、そんな事はどうでもいい…!
幻獣ケルベロス族の方々のやる事なんか、非科学的に決まってるじゃないか…!
何故なら幻獣なんだから…!
「…大丈夫ですよ、ヤスヒサ! わたしが付きっきりでヤスヒサの頭を賢くしてあげます! それで、その戦はいつあるのですか?」
「…ら…来年の冬に……」
「という事はそれまでユウヤの息の根を止める算段を付けつつ、神楽に妙な真似をしないよう見張る事も出来て一石二鳥ですね」
「ちょ、なんかだだ漏れなんですが千歳さん!?」
「…つまり…居残るつもりだな…? 千歳…」
「別にいいでしょう? わたしは神楽より強いし、力も失っていないのです。イブの護衛も出来ますよ? …最優先は神楽ですが」
千歳さん、建て前が残念になるくらい基本本音だだ漏れだな…!!
「でも神楽の次にヤスヒサの頭を優先しますから大丈夫ですよ! さ、勉強の続きをしましょう、ヤスヒサ!」
「…あ…あの…けど……」
「大丈夫、ヤスヒサはやれば出来る子です! ほら、次の問題に集中です!」
「…………、…はい…」
………泰久にかなり強力な専属家庭教師が出来上がりました。




