幻獣ケルベロス=絶滅危惧種指定を所望します。
「…つまり、こちらの数式はこちらの計算式に使うのですよ。…さっきやった問題を思い出して、もう一度試してみて下さい」
「は、はい。……あの…なんか本当にすみません…」
「…いえ………君の努力を踏みにじってしまったわたしが悪いのです……何より神楽に無視され続けたらわたしは死にます…!」
「…あ…あの…元気出して下さいね…?」
…神楽さんの本気右ストレートで泣いてしまった千歳さんは、泰久の専属教師と化していた。
さすが神楽さんのお兄さん…、教え方がとても上手い。
…そして…あの神楽さんの本気パンチに無傷だ…!
「…全く…どうしてああ、足下が疎かなのだろう、千歳は…」
「ほんにのう…。…あれだけはどうも治らんのう…」
「…で、まさか本当に俺の帰省日を知りたくて来たわけではないだろうな?」
「ん? …いや、ほんに千歳は其方の帰ってくるのが待ちきれんかっただけじゃよ。…儂は待っておれば良いじゃろうにと数日引き留めてはおいたのじゃが…」
「………」
「…か、過保護なお兄さんなのね…」
「…や、優しいお兄さんなんだな…」
露姫さんと梅松さんが引いてるよ、神楽さん!
いや、まあ、確かにあれはちょっと引くけど!
「あ、いや、それよりえっと…私は真田露姫っていいます! 初めまして、神楽のお兄さん!」
「あ、俺は松竹梅松といいます…初めまして、いつも神楽にはお世話になっています」
「……? …ん…?」
「ああ…この世界の、この国の挨拶だ。名を名乗り頭を下げるのが一般的だな」
「…名を名乗ればよいのか? 儂は幻獣ケルベロス族、第11子…名を八雲という。神楽の同腹の長兄じゃよ」
テーブルに座ってお行儀は悪いが、ゆー兄も神楽さんも咎めはしない。
「・・・」
『・・・』
…そして、橘と皇と千里が完全に青い顔で緊張し硬直化しているところを見ると…やはり相当偉い人っぽい……。
皇なんかせっかく人型だったのに耳と尻尾が出ちゃってるよ…残念!
「11子って…神楽、本当に兄弟多いんだな」
「…幻獣って意外にいっぱいいるのね」
「…そうだな、俺たちの世代は多いかもしれないな」
「………露姫、梅…多くはねぇよ…」
「え?」
「優弥…?」
「…神楽の兄弟…全員で79人らしいが半数がもう死んでて…それで全員なんだ。実質50人居るか居ないか…それしか居ないんだ」
「……す…………すごい少なくないか?」
「絶滅危惧種じゃない…!? 天然記念物のレベルじゃない…!」
「ん? …いや…そんなに少なくはないぞ?」
なんか噛み合ってないゆー兄たちと神楽さん。
種族として50人位って事なら確かに絶滅危惧種じゃん!
「…ひゃっひゃっひゃ…、…人間の数からすれば我ら一族は少ないという話しじゃろうよ、神楽」
「…そういう話しか…。…確かに人からすれば圧倒的に少ないが…」
「致し方あるまい…人の子というのは短命故繁殖も速い。…雄雌の割合も、ほとんど変わらぬと聞く…。…我ら一族はほいほいと増えてよい種族でもないからのう……、…しかし…全く次世代が生まれぬというのも些か問題よ。…榠め、長として早よう腹を括れば良いものを…なかなかどうして…粘るものよのう…」
「…そうだな…何故、榠は箒や水鏡を褥に呼ばぬのだろう…?」
「……………。…さてのう…」
「……。…何故今、とても間を置いたのだ? なにか心当たりでもあるのか?」
「………さてのう…?」
八雲さんが眼を逸らして、遠い眼をして笑っている。
神楽さんちも…なんか複雑そうだなぁ…。
「……と…、…トリシェ殿はまた随分可愛らしい器に入っておられるのう。…ん? …これはまた随分と物珍しい器の童だのう…」
「あ…は、初めまして…! 小野口将也です…!」
逸らした目線の先で俺とトリシェを見つけた八雲さんが、わざわざトリシェに挨拶をしてくれた。
目が合ったのにご挨拶しないのも失礼だよね…!
…見た目は…本当に小学生みたいだけど……なんか、そう…オーラが違うんだ…!
威圧感というか、圧倒されるというか…そこまで弾圧される感じではないんだが…。
…これが上級上位兄、ミニチュア系か…!
「…そう緊張せんでも良いよ、儂は他の兄弟と違って人間に興味はなくてのう……名乗られても覚えるかどうか…ひゃっひゃっひゃ」
「…は、はあ…?」
「…いや、名どころか顔も皆同じに見えおるわ。…ひゃっひゃっひゃ」
…笑い方独特だな、この人…。
「…じゃが其方は些か人とは言い難いのう……神楽は何とも言うておらんか?」
「え…?」
「…神楽…、儂はあまりこれは良うないと思うが其方はどうじゃ? ん?」
…もしかして…いや、もしかしなくても…俺の『魔王の素質』の事を言ってる…?
覚醒すれば世界中の人間の魂を奪う…そうして世界を滅ぼす魔王…。
眼を細めた神楽さんは、そのまま静かに眼を伏せる。
「…俺には何とも仕様がない。それは橘の契約者だ」
「……んむ…」
つい昨日、契約更新した俺と橘。
八雲さんが橘へ眼を向けると、橘はバッと目を逸らす。
…そして一切目を合わせようとしない。
「……橘…其方、魔王の童と伴に堕淵するつもりか? …堕淵した者がどうなるかは分かっておろう? …それでも再契約を行ったのか? 馬鹿か其方」
「…え…!?」
それって、俺が魔王に覚醒して堕淵したら…橘も道連れにしちゃうって事…!?
アイツ、そんな事一言も…!
「……。…その時はその時だけど…俺は将也を信じてるから別にいい」
「…………」
…なのに……八雲さんの眼をきっちり真っ直ぐ見据えて言い切りやがった。
さっき思い切り逸らしてたくせに。
「…そうか、仕様がないのう…。…あとは神楽、其方に任す。橘は今、其方の弟子なのであろう?」
「…ああ…分かっている…」
「そ、そんな八雲…、橘はわたしが神楽に会いたいが為に相手をするのが面倒だったのも相俟って神楽に押し付けてしまった…元はわたしの弟子なのですからわたしが始末しますよ! その時は!」
「…千歳サン…色々だだ漏れですな…」
「…あ…い……いえ〜…?」
……、…俺が魔王化したら橘まで堕淵する…!
そうなったら、橘は師匠の神楽さんが“殺さなきゃならない”…のか…!
始末ってそういう事だよね……、…そんな…っ!
「…な、なんで言わなかったんだよ…、橘…!」
「…え……聞かれなかったし…、…忘れてたし…」
「まさか…なんか他にもあるのかよ…!?」
「え…? なんか他にあったっけ…?」
俺に配慮して「忘れてた」わけじゃないっぽい…!
こいつ本当に忘れてる…!
聞かなかった俺も悪いけど…!
…ノリで契約更新ってしちゃったけど…契約って…本来どういうものとか全然聞いてなかったよな俺…!
ダメじゃん俺…! 俺ホントに頭がいいだけの馬鹿じゃん!?
「…まぁ、別にいんじゃね?」
「どうしてそう軽いんでしょうかぁ!?」
「…んー…いや…将也にはデメリットないしいいじゃん?」
「お前のデメリットを話しておけよ!」
「なんで?」
「なんか色々、悪いじゃん! 負い目を感じるというか、申し訳ないというかっ!」
「…将也って魔王のくせにホント根は素直で良い子だよね………」
「残念そうな顔をするな…!」
「…こういう子だから、まぁ、そうそう魔王に覚醒したりはしないんじゃないかなぁ、と思ってる」
「そうかそうか」
「それで済ますのぉ!?」
さすが神楽さんのお兄さん、納得速いな!
「…魔王の童、英雄契約について詳しく知りたいのであれば神楽か千歳に聞くが良い。橘はどうも、勉強不足で駄目だのう」
「………」
「…さて、儂はもう帰る。この世界の臭いは老体に堪える…」
「…またそんなジジ臭い事を…」
「千歳、神楽が心配でならぬのであれば、この世界に滞在しても良い。儂が支水に話を通しておく」
「え゛!?」
「八雲…!?」
「…それが嫌なら儂と一緒に帰ろう、千歳。神楽には何を言っても無駄じゃよ…、この世界にはイブが居る…。ユウヤがイブの護衛役として立派になるまでは、帰っては来ぬつもりだろうからのう…」
「っ…!」
「ごめんなさい!?」
物凄いきっつく、千歳さんがゆー兄を睨み付ける。
条件反射のように、ゆー兄が謝った…。
こ…怖…っ! 神楽さんと同じ顔に睨まれると、こんなに怖いもんなんだ…!?
そ、そりゃゆー兄も謝るよ…、怖い!
「……千歳…」
「………。…帰りません! …まだ彼への謝罪も終わっていませんから…。…帰る時は、神楽と帰ります…」
「………。……そうか…」
彼…とは泰久の事。
ほぼ間違いだらけのノートだが、あれは泰久の努力の結晶だもんね…。
仕方なさそうに肩を落とした八雲さんは、眼を伏せると那音姉たちに「ではな」と一言挨拶をして時空間の裂け目を作り出し…帰って行った。
「…千歳…八雲の気持ちも考え…」
「……では人間の少年、学業の続きをやりましょう! わたしがきっちり教えて差し上げます!」
「は、はい! よろしくお願いします…っ」
「………か…神楽さんちも大変なんだな…色々…」
『…みたいだね……』




