喧嘩両成敗でごめんなさい。
忘れがちだが、俺の兄、小野口優弥は半神半人になってしまっている。
理由は那音姉を守るため。
古の女神という特別な女神の生まれ変わりだった那音姉は、トリシェと同じように他界の神に狙われていた。
ゆー兄は那音姉を狙う筆頭をトリシェだと思い込まされ、神を殺す事を念頭に生きてきた人だ。
結果、魔剣と神器を手に入れ、二つに引っ張られる形で人間の枠を半分越えてしまった。
もう人間に戻る事はないだろう。
そしてもう一人、小野口燈夜もまた人の枠からほんの少し外れている仙格を持つ『仙人』の部類に入る。
陸も仙格を持っているが、燈夜兄は戦闘能力の方に特化しているタイプだ。
なにしろトリシェという神の器を24年程勤めていたのだ。
トリシェの神気が体に馴染んでおり、魔法や魔術の上級者になっている。
あの大鎌も多分、魔術かなにかで錬り出したのだろう。
『お、お前たち! 喧嘩したら駄目だってばー!』
割って入ってきたのはトリシェ。
父親として息子たちのガチな殺し合いは確かに見たくないだろう。
けど俺は上手く意識と感情と肉体が噛み合っていない。
魔槍と化した黎明で、まず邪魔な燈夜兄を突き刺そうとした。
あっさり避けられ、柄で足をかけられそうになる。
棒高飛びの要領でそれを避け、次にゆー兄の脳天を叩き割ろうとしたが、ゆー兄の剣に阻まれた。
衝撃だけでテーブルがひっくり返ってイスが壊れる。
ゆー兄の殺気、すごい。
―――ココチ…イイ…!
「…!」
口元が自然に笑う。
放り飛ばされて、空中で止まった。
俺の背中に鳥の翼の、骨が生えていて、闇が羽毛替わりに骨を包んでいた。
半覚醒の手前なのに、ここまで身体に影響出るもんなんだなぁ…と他人事みたいに頭の片隅では考えている。
「…神楽ー」
「ん? なんだ、橘?」
「止めないの、アレ? 早めに止めた方がいいと思うけど…?」
「なぜ?」
「お店がめちゃくちゃになるから」
「………それは仕方ないだろう」
「将也…! う…ぅー! 那音お姉ちゃん、どうしようー、将也が魔王になっちゃったぁ!」
「あうあうあうっ、…どうしよう、神楽ぁ! こんなのやだよー!」
「………、…仕方がないな…」
燈夜兄の大鎌が、俺の首を狩ろうとしたが、那音姉と理音のお願いにより神楽さんが動いた。
弟よりも那音姉の「お願い」で動くなんて、意外に神楽さんってどんだけ那音姉贔屓…!?
この世界で最も強大な力を持つ王獣種…幻獣ケルベロス、上級上位兄の神楽さん。
燈夜兄の鎌と俺の魔槍を素手で止めやがった。
「この…!?」
「うそぉ!?」
「………はぁ…」
そして溜め息。
溜め息の後に……神楽さんの額の三番目の瞳が開く。
…その瞬間…俺は“飲まれた”
唾液の滴った舌にくるまれ、喉を降下し、胃の中で血の茹だったような胃液に溶かされる…。
自分の身体が、ゴムのように伸び…骨が失せ、全身から血が溢れていく…。
「う、ぇ…!」
これは人間の生理的な部分への干渉。
槍が手から放れて、しゃがみ込む。
全身から嫌な汗が噴き出して、胃から食べたモノが逆流してきそう…!
「…うぇぇぇぇん! 理音お姉ちゃーん! 神楽せんせぇが怒ったぁぁぁぁっ」
「燈夜くん、そ…そりゃ怒るよ…! もー…っ」
「…優弥、お前も大人気のない事をするものではないぞ」
「う…! だ、だって将也が…」
「言い訳するんじゃない」
「……す…すみません…」
「…ってか、そう思ってたなら最初に止めろよ神楽…」
「た、橘兄、貴様、神楽兄様になんという口を!」
気分が悪い中、頭を上げると神楽さんに叱られるゆー兄と理音に泣きつく燈夜兄…。
…なんかすっげー気持ち悪い…。
『…もー…』
「…トリシェ…」
『………』
仕方ないとばかりに光の力で治癒してくれるトリシェ。
けど、治癒というより…闇魔力への抑制効果の方がでかいっぽい。
すぐ力を使い果たしてポテッと倒れたトリシェを持ち上げて那音姉のところに連れて行く。
「……えーと……ごめんなさい……」
「ううん、さっきのは理音も悪かったから気にしないで、将也。…理音もちゃんとごめんなさいしなさい!」
「……、…ごめんなさい」
「………」
ものすごく不服そうに謝られた。
うん、まぁ、恋敵に逆ギレされた挙げ句、命狙われて、しかも謝らせられりゃー不服だよね。
「…っ…だりぃ……なにこれ…」
「…え…だ、大丈夫なの?」
「……っ……」
今までとは、なんかちょっと違う魔王化だったからかな…。
あまりのだるさにその場に座り込むと、さすがに理音も心配そうにする。
理音の先輩や同級生たちがわざわざテーブルを直していて、泰久が俺の肩を掴む。
「大丈夫か? 将也…」
「…うん…ぁ…いや…だりぃだけだから…」
「…トリシェも全然復活しないなぁ…」
「魔力が全然入っていないからな」
と、しょんぼりした那音姉の手を、神楽さんが掴みトリシェを包ませる。
女神なのだが、いまいち魔力の使い方をわかっていない那音姉の代わりに神楽さんがトリシェに魔力を注いでやる。
むくっと起き上がったトリシェ。
あ…良かった……ちゃんと元気になった。
『あー…だりぃー…。…久しぶりに濃い魔力に当たりすぎたー…くらくらするよぅ…』
「そうだな…まさか燈夜があれほど魔力を蓄えていたとは……。さすがお前が器に使っていただけはある」
『…で、将也はなんでそんなに魔力がなくなってんの?』
「…え…? …俺…魔力ないの…?」
『すっからかんって程じゃないけど…だるくない?』
「……す…げぇ…だりぃ…」
立ち上がれないくらい、体が上手く動かない。
シタッ、と降りてきたトリシェは少し困ったようにウロウロとし始まった。
なんだ、どうした。
『…神楽、お前の魔力、将也にあげてよ! 俺の魔力じゃ将也に合わないっ』
「…俺も将也とは魔力属性が合わないぞ?」
『俺よりはましだろ!』
「…仕方のない……。…将也、少し我慢しろ?」
「…?」
だるくてそれどころじゃないんだけど…。
俺と同じ目線にしゃがんできた神楽さんが、ゆっくり口を開いて俺の首筋に…噛みついてきた。
「…………」
ゆっくり…意識が浮上するような感覚。
ゆー兄のブチッと引きつった顔と理音の(なぜか)嬉しそうな顔!
「ぎゃー!?」
慌てて神楽さんから後退る。
なんという!
なんというおぉぉ恐ろしい!
首噛まれた! 甘噛みされた…!!
「…体調はどうだ?」
「………、な…治った…?」
「…そうか…」
特になんの関心もないように立ち上がる神楽さん。
さっきの飲まれたような幻覚といい、今の甘噛みといい…一体俺、なにをされたんだ??
「…神楽にしては上手く加減が出来たんじゃね?」
「…そうか…? しかしあまりやりたくはなかったな…」
「…良かったな、将也。神楽の殺気、あんまり精神的に弱いと本気で食い潰されかねなかったトコだったよ」
「…は? 殺気…?」
あの飲み込まれるような幻覚の事か?
橘がチキンの骨をガリッと噛み砕き「そう」と肯定した。
「上級上位兄って殺気だけで人間くらい余裕で殺せるよ。殺気の濃度が人間には出せないレベルだから、魂や精神が圧迫されて肉体が耐えられないんだ。…幸い本気じゃなかったから…その程度で済んだんだろ」
「……うぐっ…!」
サーモンピンクの肉に飲まれて押し潰されるようなイメージが彷彿する。
ヤバい、気持ち悪い、吐きそう…!?
「トラウマを植え付けかねんから、あまりやりたくはなかったんだが…」
「…あ、あたしたちは平気よ?」
「範囲は限定したからな…。お前たちにまでは及んでいないよ」
…殺気…?
殺意だけで、心を圧迫する…?
あの幻覚は…殺される恐怖がよりリアルに死を予見した結果脳内再生されたもの?
丸呑みにされて、食道の筋肉で圧迫されて息苦しくて、胃液に落ちて溶けていく身体の感覚まで…あんなに生々しくて…。
もしも…もしも神楽さんと戦ったら…あんな結末しかない?
丸呑みにされて終了…。
「………は…はわわわわわわ…っ」
「………」
「…完全にトラウマ植え付けられてるね」
「………だから嫌だったんだが…」
こ、こえぇぇぇ…!
幻獣ケルベロス超こえぇぇぇ…!!
今までもゆー兄に半殺しな目に遭わされたり、八草に心臓貫かれて三途の川を渡りかけたことはあるけど…、あ…あんな…あんな死に方…!!
「……ご…ごめんなさい…! 牛さん鳥さん豚さん…! 食べてしまって本当にごめんなさいぃぃ!!」
「…ま、将也、落ち着け! 我が一族は人肉など好んで喰わん! なにより成人した後は固形物など甘味くらいしか率先して食したりはしない…!」
「そうそう、実家で領地侵犯した人間は遠慮なく丸呑みにするけどね。…この世界では食べたりしないよ、きっと」
「橘、余計な事を言うな! 言っておくが俺は人間を食った事はない!」
「不味いもんね…、あんまりお腹に溜まらないし…」
「そ、そうではなくて…!」
「………お腹空いたなぁ……優弥ー、なんか作ってー」
「……あ…ああ…今、今すぐ作る…! だからちょっと大人しく待ってろ…!!」
ぐぅぅ…という橘の腹の音にゆー兄と那音姉が慌ててキッチンに駆け込んだ。
あの長谷部元会長まで顔を青くしている。
理音が燈夜兄の背に隠れながら、多分…みんなが聞きたかった事を代表して聞いてくれた…。
「た…橘…人間食べたことあるの…?」
「んー…あると言えばあるけど…戦闘機とか戦艦ごとだったから、あんまり味とかは分からなかったなー…。人間が作ったミサイルとか核爆弾は、炭酸みたいで結構美味しかったよ」
「・・・・・・・・」
「…なーんて…いや、冗談だけど。…本気にしないでくれる?」




