最強の兄弟喧嘩。
「…………陸に会いたい…」
「へこんでる暇があったら料理を運べ。それ運び終わったらこれを4卓な」
「……ふぁい…」
あれ、おかしい。
俺は今日、休日のはずだ。
確かに陸には振られてしまったから一緒にいちゃいちゃ出来ないのは仕方がないのだけれど、休日に働くのはなんか納得いきません。
「ロールキャベツ、おまちー」
「遅いです小野口先輩。そんなんだから峰山会長に愛想尽かされるんです」
「…っ…、…俺が陸に振られたのは料理を運ぶのが遅いからじゃねー…!」
「将也!」
「はい! ただいまっ!」
くそぅ、長谷部(弟)めっ!
傷に塩をベタ塗りしやがって…!
こいつのせいで、俺が陸に振られた事がこの人数に知れ渡ってしまった。
…そりゃ大多数が「へー、付き合ってたんだ?」くらいな認知度ではあったけど!
「将也、陸くんと別れたのかー」
と、なにやら意味深でニヤニヤしている理音が気になる。
起き出した燈夜兄が、そんなご機嫌な理音の腰にしがみついて猫みたいに甘えているのが…なんかムカつく!
「なんか機嫌いいな、理音。人の不幸がそんなに嬉しいワケ?」
「別に将也の不幸はどうでもいいよ! 将也が陸くんと別れたって事はつまり、今、陸くんフリーって事なんでしょ!?」
「…え? …ああ…まぁ…」
そういう事になる。
八草の野郎との結婚は…来年とか言ってたし。
…しかし来年までに八草は殺す。
絶対にぶっ殺してやる…!
「じゃあ、あたし今日、陸くんに告白してくる!」
「……………」
ぐらっ、と玖流先輩がコップを落っことしかけたり、ボトッと瀬能先輩がフォークを落っことしたり、安曇が思い切り水を噴き出したり、神野が千里を撫でていた手を止めたり…それなりに分かり易い人々の反応を見た後…俺の優秀な脳が反芻した言葉の意味を理解した。
「ダメに決まってんじゃん! 何言い出してんのお前!!」
「はぁ!? 将也が何言ってんの!? 将也は陸くんに、振られたんでしょ!?」
「……っぐ…!!」
そ……、その通りでは………あるんだがっ…!
…でもっ…でも陸は実は女の子で…!
理音も女の子だし!
でも俺とトリシェ以外、その事を知らないし…!
しかしぃぃぃぃ!!
「大体、好きになったのはあたしの方が先だし! 将也散々「俺、男と付き合うつもりないし、男とか恋愛対象にならねーし」とか言ってたくせに、なんでか急に陸くんの事は「俺の天使!」とか言い出して付き合い始めるんだもん! ずっと納得いかなかったんだよね!」
「う、っぐ、くぅ…ぐぅぅぅぅぅぅっ…!!」
仰る通りなんですが!
でも陸は女の子なんです!!
陸は女の子なんです!!!!
言いたい! すごく言いたい!!
でも言ったら絶対陸に迷惑かけるっ!
長谷部もいるし!
「なんか話しに聞いたら、将也、陸くんの弱味握って付き合うの強要してたらしいじゃん? よく好きな子相手にそんな汚い手使えるよね! 本当最低!」
「那音姉! 喋ったのかよ!?」
「え、あ、うん。でも露姫にはまだ内緒にしてるから大丈夫!」
「那音、真横に本人が居る時点でもう内緒になってないわよ」
「あ!」
あ!…じゃ、ねぇしぃぃぃぃぃ!?
那音姉ー!? それは本当に天然ですかぁー!?
「なんかおかしいと思ったらやっぱりそういう事だったのね…まーさーやー…?」
「ヒィッ」
『あのー、露姫裁判長、弁護人の発言宜しいですかー?』
「認めません!」
『…ごめん、将也…力になれなくて…』
「トリシェ! 嫌だ、待ってくれ、見捨てないで!」
トリシェに見捨てられたら俺、露姫さんと理音に精神的フルボッコにされてしまう!
こいつらは男心がいかに繊細に出来ているか一ミリも分かってない!
使い古されたボロ雑巾のようになってしまうぅ!
「はっ! い、いや、それ以前に理音は陸を殺す気なのかよ!? 理音の彼氏は俺を倒せるような男じゃないと認めない、とかゆー兄が言ってたんだぞ!? か弱い陸がゆー兄に勝てるわけないだろ!?」
「そんな事、優弥お兄ちゃんしないよね!?」
「しねぇな。神子殿には散々世話になってるし…、正直…勝てる気もしねぇし…」
「どゆ事!?」
「………、…いや…本当に色々と無理を言って那音の事とかトリシェの事とか世話になっているし迷惑もかけたし…夏祭りの時は境内とか階段とか屋台とか、えらいあちこちぶっ壊したのに修理費は要らないとか断られたし…何より将也が一番、神子殿に多大な迷惑を……っ」
「ちょぉ、う、嘘だろ、ゆー兄!? み、認めちゃうわけ!?」
「生徒会長として理音の事、すごい助けてくれたんだろ? 俺も随分あの神子殿には色々してもらったからな…。…ああ…あの神子殿なら理音を預けても大丈夫だろう」
「ゆー兄ィィ!?!?」
俺には「妙な事するな」って怒ったくせに!?
陸、ゆー兄に『男』として認められてんのーー!? 嘘だろぉぉぉ!?
「な、那音姉は陸と理音のコト、反対だよね…っ」
「え、なんで? いいんじゃない? 陸くん超いい子だもん。むしろ理音をお薦めした事あるしー」
「ぉええぇぇぇ!?」
こ、これはまさかの俺アウェイ!?
いや、まだ味方はいる…!
南雲男子の一部の皆さんとかっ!
「よし、柳瀬! 師匠がそう言うのならきっと間違いない! 当たって砕けてこい!」
「峰山、結構毒舌だから断られた時きついかもだけど…まあ、俺らで慰めるし?」
「理音さんも、もう彼氏が欲しい歳になったんですね…。…寂しいですね、正宗…なんだか娘が嫁に行く気分ですね…」
「…そ…そうだな…?」
「わーい、理音お姉ちゃんがんばれー!」
「応援すんのかよ…!?」
理音の同級生二名は軽く「砕ける」前提だが先輩二名はお父さんかっ!
俺、結局味方いないのかよ!?
「く…で、でも駄目だ駄目だ絶対! 陸は…!」
「もう、将也往生際が悪い! 将也はもう振られてるじゃん!」
「うっ」
「そうだぞ、将也! お前は神子殿にもう振られてるんだから、神子殿が誰と付き合おうが口出しする権利ないだろうが!」
「……(優弥……あれだけ那音を振り続けておきながら執着していたくせに…よくもまあ弟には大口叩いたものだな……)」
「? …神楽どうしたのー?」
「…いや…優弥はまだまだ修行が足らないと思ってな……」
「え!? な、なんでそうなるんだよ…!?」
「そうね、優弥はまだまだ駄目ね! あんた黙ってなさい」
「………は、はい…」
「そして将也! あんたはまさに理音ちゃんの言うとおりよ!! 振られたのには当然の理由があるんだから潔く身を引きなさい!? 自覚・心当たりがあるでしょ!?」
「…………」
…あるけど…!
俺が陸の秘密―男じゃなく実は女の子―をたてに付き合ってってお願いっつーか我が儘を言った自覚あるけど…!
でも陸が俺を振った理由は―――!
「振られてんだから諦めなよ、小野口先輩」
「そーよ、将也は振られてんだから!」
「そうだねー…将也は陸くんに振られちゃったんだもんねー…、…でも那音お義姉さんはまだ将也を応援するよー、理音もがんばれーって思うけど」
「もうお姉ちゃん! 将也を応援なんかしなくていいってば! 将也は振られてんだから!!」
―――ぶち
…あれ、なんか頭の奥でそんな音がしたぞ。
「振られた振られたってうっせぇよ…!!!!」
『ぎゃー!?』
「どうせ俺は陸に振られたよ…! ああ、振られたさ! けど俺の方が絶っ対、陸を好きだからな! 理音…!」
「ちょちょちょ…っ!?」
目の前にも黒い靄が見える。
あ、これは俺、魔王化してるな…。
しかし残念ながら俺は止まりません。
「好き勝手言いやがって……別に陸は俺の事嫌いだったから振ったんじゃないし! だから陸は絶対渡さねーし!」
「ま…将也…?」
「……陸を渡すくらいなら…理音…悪いけど今この場で死んでもらうけど…?」
「ま、将也ぁ!?」
完全に魔王思考に身体が支配されているっぽい俺。
バイオキメラ『黎明』を召喚して戦闘能力0の理音に刃先を向ける。
今までで一番、身体が思考と真逆に動いている気がする。
理音ー、逃げた方がいい気がするよー。
って……、俺の声が理音に届く訳もなく、しかしその理音の前に、殺気に満ち満ちたゆー兄が立ちはだかる。
「将也…お前、随分とでかい口叩いたもんだな…俺の前で…! 理音を殺すだ? それはまず俺を倒してからにしろ…」
「ゆー兄を殺したら理音を殺していいんだ? じゃあ遠慮なく行かせてもらうね…?」
「………ほう…?」
ゆー兄が体内から暗闇を纏った魔剣『イクスカリバーン』を取り出して、トリシェの神器『エンシャイン・アヴァイメス』を重ねる。
ゆー兄の神器『シャイヴァーン』の完成だ。
ゆー兄が“斬りたいモノを斬りたいように斬る”剣。
だが残念ながら、俺の黎明はあの王苑寺柘榴産の兵器。
トリシェに『神器並の破壊力』と太鼓判を押された最新鋭兵器なのだ。
「ちょぉ…ちょっと! 神楽神楽神楽っ! アレはヤバイ、アレはヤバイ!」
「と、言われてもな。半分の力を失った今の俺では、半覚醒手前の将也と半神化手前の優弥を同時に相手にはしたくない」
「神楽以外にアレ止められる奴いないでしょ!?」
「いいんじゃないか? 俺の一族は日々喧嘩で成長していくものだからな」
「イイ笑顔で甘受するなぁぁぁっ!!」
あぁ……ああ…やばい…本当に。
悦楽……ゆー兄という、極めて俺自身に近い…強敵に興奮している。
壊し甲斐のある、尊い俺の家族……。
こんな状況の中、不思議な事に陸のことが浮かんでくる。
―――魔王に、ならなくてもいい。
うん、俺は魔王にはならないよ…。
だって俺は、陸と一緒に死ぬって決めたから。
「殺す」
「ゆー兄…」
魔力が黎明に通う。
魔王とは、神の一種。
人の理を越えるモノが神格化。
人の理を堕ちるモノが堕淵化。
俺はどうやっても越える事が出来ない魔王の素質を持つ。
ゆー兄と違って…俺は…。
「ゆー兄にも…誰にも分かんないよ……死ぬ時はその子の為に死のうって決めた子に…笑顔でさよなら言われた俺の気持ちなんか――!!」
「………」
ゆー兄の表情が変わった。
…この人は、本当にとても優しい人だから――、きっと、俺の本気も、陸の願いも何もかも察してしまうだろう。
でもその一瞬の躊躇が今は命取り。
俺の槍先がゆー兄の顔面に突き刺さるのは、もはや間違いない。
――間違い、なかった。
「…喧嘩はしちゃダメって、理音お姉ちゃんが言ってたよ」
咄嗟に後ろへ距離を取ったのは正解だった。
俺の黎明と、ゆー兄の間を一振りの大鎌が隔てた。
あのまま直進していたら、あの大鎌がギロチンのように俺の首を切り落としていただろう。
割って入った大鎌の柄を握るのは、俺とゆー兄と同じ顔をした三人目の王子様。
「燈夜…!」
「…燈夜兄…」
「ぃよっと!」
床、綺麗にぱっくり割れ目が出来てる。
あーあ…お店完全に壊したこいつ…俺知ーらねっと。
柄を軽く蹴り、肩に担ぐと天井スレスレの巨大な大鎌。
乱入してきた燈夜兄は、まるで死神のように不敵に笑むと…。
「だから喧嘩両成敗ね、お兄ちゃんたち!」
無垢な悪魔とはこいつの事だ。




