那音姉の飼い犬は幻獣ケルベロス。
いつか光の王のものになる。
陸が口にした陸の運命。
八草沙幸…あいつにだけは陸を渡したくない…!
泰久の目の前で人を殺し、陸の目の前で陸の祖父を殺し、俺の目の前で陸に酷い事ばかりする…あいつにだけには絶対に…!
「……25日か…」
日付が変わった。
クリスマスイブから、クリスマス本番に変わった。
来年まで…一週間…切った。
とりあえず、泣いたり殴られたりでボロボロな俺は三階のゆー兄と那音姉の新居でシャワーをお借りする事にしました。
「いて…」
ほっぺ…まだ痛いな。
トリシェは俺が怪我すると、すぐ治してくれるんだけど…夜、ほとんど魔力の切れているさっきのトリシェはあんまり完璧には治してくれなかったんだよ。
那音姉は俺のほっぺが腫れてるのに、地味に気付いてくれないし…神楽さんは橘とアイコンタクトしてたし…。
橘の野郎、本当に良い具合で殴ってくれやがって。
……でも…本当にさっき…俺の事を否定しなかった。
味方になってくれる誰かが居るって…こんなに心強いもんなのか…。
「……でもちょっとやり過ぎだろっての…って………」
新居と同じ新品の大きめソファーにブランケットとクッションを持ってきてくれたのは那音姉の飼い犬…氷雨さん。
黒い狼犬ばりの超大型犬。
…もうだいたい察している方も居そうだが、その通り!
“彼女”は幻獣ケルベロスである。
しかし、神楽さんや刹那さんのようなケルベロスとしての力は出産をした事で失っており、那音姉から魔力供給を受けねば人の姿にもなれないし、話をすることも出来ない。
思考力も若干低下しているらしいが、そこらの人間よりはよほど賢い。
ほら、この様に俺の寝る準備を整えてくれたり!
「ありがとう、氷雨さん」
「………」
那音姉の話だと…「夢の中で拾った!」…らしい…この氷雨さんというケルベロス。
幻獣ケルベロスって、夢の中で拾えるんだ、と遠い眼でその話を聞いたものです。
けれど神楽さん曰く氷雨さんはケルベロスの里(神楽さんたちの実家)ではすでに死亡し、除名されているんだって。
真剣にどっから拾ってきたんだと悩む周囲をあっけらかんと「夢の中だよー」と言い切る那音姉。
最終的に神楽さんが「そうか」と笑顔で終了させた。
…神楽さん…那音姉に対して甘すぎるのか、どうでもいいかと放り投げたのか……。
そんな謎が謎を呼んだ経緯を持つ氷雨さんは、現在那音姉の大切な番犬として、この新居で飼われておられます。
「……は…っ! …な、なぁなぁ、氷雨さんっ…露姫さんたちも来てるって聞いたんだけど…」
「クゥン…」
うっかり鉢合わせとかしたくねぇっ!
という事で聞いたら、鼻先で奥の部屋を指される。
ダイニングの左奥にある部屋は、ロフトのある部屋。
将来子供が生まれたら子供部屋にしようねっ(ハート)とか那音姉が言っていた部屋ですな。
…そっか、今は一応客間扱いしてるのか。
…でも恋人同士を同じ部屋に放り込むとか…なんかやだな…そんなのの隣とかうっかりアレなコトな状況に遭遇したらいくらなんでも…ものすごく嫌だ。
「…クゥ…」
「ん?」
「……ゥウ、クゥ…」
「…もしかして隣の部屋…?」
「…アォン…」
あ…隣の部屋か…。
ゆー兄たちが住んでる、この部屋のお隣は空室だ。
でも実際はこのマンションそのものが那音姉のお父さん、芳那さんの所有物で、三階フロアは那音姉に与えられているものだから実質、この階にある部屋は自由に使えるワケです。
じゃあ、平気かな…アレなコトに遭遇する確率はないかな…ホッと一安心。
「ありがと、氷雨さん。よし、今日はとにかくもう寝よ。…またしばらく仕事続くしね…」
ともあれ、明日25日…あ、もう今日か……は休日、完全OF、全力休み!
…本当は陸と1日いちゃこらしたかったけど……っていうか…俺、次にどんな顔して陸と会えばいいわけ?
「…氷雨さん…俺、陸にふられちゃったよ…」
また落ちてしまった気分…。
気付けば横になったまま氷雨さんに話し掛けていた。
彼女はれっきとしたケルベロスで、犬ではないのだが…俺の弱り切った心はとにかく誰かに愚痴を聞いてもらいたかったのである。
…俺の周りには……えぐい事しか言わない神様や的確なんだが最終的に言ってる事が独創的すぎる義姉や暴力で叱咤激励する暴飲暴食野郎しか居ないのです。
例えばゆー兄なら…………考えると更に落ち込みそうだから考えるの止めよう。
つまり俺は…ちょっとでも慰めて欲しいんだ…!
「…そりゃ陸に無理やり付き合って欲しいって言ってたのは俺の方だし…俺…どうせ頭のいい馬鹿だから陸の気持ちとかちゃんと理解してなかったし、しようともしなかったし、考えたりとかもしなかったけど…嫌われるくらいなら別れる方がましとか思ってはいたけど…でも本当に別れるってマジでへこむし……」
だいぶ支離滅裂です、自覚はあります。
もやは垂れ流し…。
しかし氷雨さんは逃げずにずっと黙って聞いていてくれた。
…若干…、若干っ……迷惑そうな顔には見えたけど…。
「…陸が未来の見える神子ってのは知ってたけど、俺にとってはただの巫女さんで優しくて可愛くて気配り上手で可愛くてちょっとツンデレな毒舌だけどしっかり者で頑張り屋さんで…あと、料理が上手くて…掃除が好きな超優しい俺の天使だったのに…」
「………」
「…なのに…陸は自分が見た運命のままに行動してばっかりで…ちょっとくらい抵抗しようとか思わないのかな? 八草沙幸は陸にひどい事しかしない奴なのにあんな野郎の嫁になるとか…!」
あれ、なんだか段々腹が立ってきたぞ?
「そんなのよく彼氏で陸の事大好きな俺の前で言えたもんだと思わないか氷雨さん!?」
「………(困)」
「俺は陸がこんなに好きなのに、陸に対して暴力でしか愛情表現出来ないような男の方が、陸はいいっていうのか!? 陸はマゾなの!? 俺を散々貶して詰って嫌味と毒を日々浴びせ続け、冷淡な眼差しを向けてきた明らかなドS系だったのに! 俺は割とそんなドSな陸に怒られるのも、なんか気持ちいいかもしれないと思えてきちゃうくらい陸の事が好きで好きでたまらなかったのに! そりゃ多少は傷ついていたけれども! でも陸が怒る顔も可愛くてギュッてしたくなる勢いで可愛かったのに! なにあの可愛さ、俺を犯罪者にする気!?」
「…………(苦)」
「あのキッと睨み付けてきた時の眼がまたきゅーんってするのに! もう、超・可愛い! 俺の心臓爆発する! …なのにあんな野郎に…っ! ………殺す…絶対殺す…八草殺す、殺す殺す殺す殺す殺す絶対殺す…あいつ刻み殺してやる…!!」
「…………(引)」
「コロスコロスコロスゼッタイ…あいつをコロスコロスコロスコロスコロスコロ……」
「氷雨さんが困ってるからもう寝ろ!」
「ぎゃふっ!?」
ミゾオチにスリッパのつま先がクリティカルヒットーーーーー!
「………かはっ…………ゆ…ゆーにぃ…い……いたんだ…」
「居て悪いか? 自宅に」
「……ね…ねてた…?」
「お前のキモい惚気と愚痴と妬みで起こされた」
「……ずびばぜ……」
「もう寝ろ。寝ないなら強制的に寝かす。俺は朝が早かったから寝不足気味なんだ。これ以上呻くなら殺す」
「…………」
氷雨さんの用意してくださったブランケットに…くるまる。
いかん、不眠気味のゆー兄は普段の数十倍怖い…八草を殺す前に俺が殺される…間違いなく。
…く…みぞおちが痛い…苦しい…!
「全く…ヤンデレかっ! 鬱陶しいったら…!」
「クゥーン…クゥーン…」
「…………。…はぁ…分かった、俺ももう少し寝る…一時間くらいしたら起こしてくれ、氷雨さん」
「クゥゥ…」
どうやら氷雨さんがゆー兄を宥めてくれたみたいだ…、助かった…。
ゆー兄が寝室に戻っても、氷雨さんはダイニングの…俺の側にいてくれた。
…それが…結構嬉しくてなんだか救われた…。
「…ありがと…氷雨さん」
『…もう眠りなさい……貴方の今日味わった辛い事、悲しい事は眠りがリセットしてくれます。朝の陽の光は、希望に溢れた新たな時間を齎すはずです。今は眠りなさい』
「………、……うん」
本当にありがとう、氷雨さん。
…しかし、ゆー兄も氷雨さんにさん付けだったんだ……。
…ん?
そういえばなんで俺もさん付けなんだ?




