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毒デレ!  作者: くらげなきり
31/86

落ち込んでる時間はない!…ないんだが…。




王苑寺先輩んちに木吏さんがいないので、やっぱり神楽さんだよね。

夜時間だから移動には黎明装備で…。



「え、普通に飛べばよくね?」

「え?」



トリシェが俺の頭の上に飛び乗ったのを確認するやいなや、橘が俺の肩を掴む。

待て……このパターンは…まさか…!?



「あいだっ!」

『みゃぎゃっ』



ゴテッ、と冷たい床が顔面にぶち当たる。

おかげでせっかく頭の上に飛び乗ったトリシェが、俺と同じく重力に敗北した。

…痛い…、…顔を上げるとキョトンとした神楽さんと那音姉が見下ろしている。


「…………」

「………大丈夫? 将也…」


こんちくしょう橘の野郎…。

那音姉がトリシェを拾い上げ、しゃがみ込んで頭を撫でてくれるが、この…立ってたら急に目の前が床なパターン…慣れない…つらい…!

橘の野郎〜!


「橘、あまり将也を乱雑に扱うな」

「え、ちゃんと扱ってるよ。…あれ? なんで床に倒れてんの…?」

「…お…ま…え…はぁ〜…!」


全然ちゃんと扱ってねぇ!

毎回毎回転移魔術で人を床に転がしやがって!


「…橘は空間術、得意でしたっけ?」

「ううん。ただ楽だし使ってる」

「…………」


あ、刹那さんだ。

紹介します、神楽さんの腹違いの弟で橘の腹違いのお兄さん…刹那さんです。

神楽さんの正式な弟子の一人で、この世界には神楽さんに用事があってきたんだって。

上から38番目で、空間能力に優れたナチュラルブラックなお兄さんだ。

普段は泰久と同じく、月科先輩が殺された現場に居合わせてしまった東雲学院高等部の男子高校生…氏家誠と浅倉史裕の同居している家のお世話になって…いや、お世話してる?

…なんかあの家のお手伝いさんというか家政夫さんというか…そんな状態。

でも一応職業は探偵って事になってるんだって。

神楽さんの弟子らしく、物腰柔らかで言葉使いもすごく丁寧なんだけど…天然腹黒だと俺は確信している!

実際、半殺しにした敵にとどめを刺すか刺さないかを真剣に検討した結果、最終的に容赦なくとどめを刺したらしい。

…怖いよね…ケルベロスの上位兄…。


「ダメですよ、空間系の魔術はちゃんと空間認識魔術も学ばなければ。壁に激突したり物質に融合してしまったり危ないですよ」

「…………」

「…橘てめぇ、そんな危ない事に俺を巻き込んでんじゃねぇぇぇっ!」


しかも橘も若干青ざめやがった。

そして刹那さん、笑顔でおっかない事を言うよね…!

あ、神楽さんもちょっと引いた顔してる…。


「…で、突然戻ってきてどうした?」

「お腹空いたー」

「違うだろ…!」


助け舟のつもりなのか、話を変えてくれる神楽さん。

まあ、いいや…俺が神楽さんに用があるんだもん。

橘の奴は好きなだけ食べさせておこう……この店の食料…食い尽くすかもしれないけど。










「神楽さん、あの、真面目な話!」

「うん?」

「…陸を助けたいんです。…俺が魔王にならなくても、陸を創世神に渡さなくて済むような方法が知りたいです! お願いします、知恵を貸してください!」

「……」


90℃で頭を下げ、叫ぶように頼み込んだ。

…俺は誰かに頼ることしか出来ない残念な奴だけど、それで人類の運命や一族の不始末なんかまで、全部一人で背負いこんでる陸を助けられるなら…!


「……全く…お前たちは…兄弟揃って世話が焼けるな……」

「………」


那音姉がしてくれたみたいに頭を撫で撫でしてくれた。

神楽さんは那音姉の命をつなぎ止める為に、生命力と力の根幹を具現化したケルベロスの霊剣…彼の『神奉尊』を貸し出してくれていた。

おかげで神楽さんはケルベロスとしての力と生命力のほとんどを失って、今のトリシェ以上に弱り千里みたいな子犬の姿になった。

異世界『無月』…ケルベロスの里に戻り、神楽さんのお兄さんや神無さんの霊剣を半分くらいの力でお借りして、那音姉も神楽さんも元に戻ったんだ。

人ではないのに那音姉の大切な友達で、ゆー兄をとても理解してくれている神楽さん…。

だから…ゆー兄と那音姉を…その命までかけて守ってくれようとしたんだ。

そんな優しい神楽さんに、弟の俺までなんか世話とか迷惑かけちゃってってゆうか…。


「ごめんなさい…」

「構わんよ。橘が…いつかお前なら必ず、あの神子を助けたいと言い出すだろうと…言っていたからな」

「!」

「あの神子はお前にあまり危険な真似をさせたくはなかったようだから…嫌がっていたが…」

「………」

「…困難な道ではあるだろうが、かつて人の世を自らの命と引き換えに救済した英雄の転生体の言うことだ。…生まれながらの獣でしかない、俺たちでは理解の及ばない確信でもあるのだろう。…なぁ?」


神楽さんが目線を投げたのはむっすり顔でケーキの残骸を食べていた橘。

あの異様な食欲は喰穿星呪という呪い。

とある世界で人間の膨れ上がりすぎた欲望が蓄積し、遂には住まう惑星を覆い隠してしまう程、膨大化し…人の手ではどうすることも出来ない天災と化した。

それを命と引き換えになんとかしたのが橘の前世。

つまりあの異様な食欲…あの呪いは人間の飽くなき欲望の一つの形。

転生してまで、そんな欲望に取り憑かれて………しかしあまり不幸には見えないのが残念だよね。

でも橘は…人間だったから、……そして…本来人間にはどうする事も出来ない天災を相手に世界を救った…英雄だ。

トリシェのように、たくさんの人々を救い出した英雄。

…全力でそうは見えないがな…。









「…嫌味にしか聞こえないよね…別にその時の記憶があるわけでもなけりゃ、俺一人でやったわけでもないし…」

「そんなつもりはないぞ」



…しかしなんでかとてもいい笑顔です神楽さん。



『…で、実際どうなのさ? なにかいい考えでもあるの?』

「神であるお前が丸投げするな。…正直なところあの神子の力の強さを考えると、俺も不可能だと思っている。…だが、橘曰わく「人間の運命に抗う力」「諦めない心」というのはどんな神の奇跡よりも確実に世界を変えるらしい。実際、俺もまさかお前が優弥に連れ帰られて戻ってくるとは思っていなかったた。…人間というものの可能性は、俺たちでは計り知れない」

「神楽が人間の世で人間のふりをしながら人間と共に生活する…という修行は、その秘密を検証する為なのですよね? 随分歳月を費やしているのに、貴方の叡智で以てしてもまだ難解なのですか?」

「刹那、知識と理解はまた別だよ。特に俺は理性型だからな…日々学ぶ事ばかりで、到底先が見えん」

「……確かに私も、史裕のご両親のお仕事をお手伝いして学んだ『漫画』という文化には感服しました! …人間というのは学ぶ事が多いと仰っていた神楽の言うこともよく分かります! …しかし…我が一族で貴方以上に人間を理解している者もいないでしょうに…」

「…そんな事はない。…俺は橘の、修行に全く関心がなく、基本的にサボってばかりでこちらが教えた事をまるで覚えようとしない姿勢に腹は立つが…しかし橘の人間に対する考え方は非常に興味深く、また的確だと思っている。やはり若い者の方が適応能力が高いのかもしれんな」

「………か…神楽さんって結構ポジティブですね…」


まさか、それで橘に甘いのかな…?(※橘のありえない食費やゲーム機や携帯料金は全部神楽さん持ちだったりする)


「ねーねー、将也、なんの話ー?」

「うん、ちょっと」

「………。…ひどっ! 説明終わり!? 教えてくれる気ないでしょ!?」


那音姉が関わったら、ゆー兄に殺されそうなんだもん。










…そういえば、店の中、随分人減ったな…。

…まあ、夜時間だもんな…理音とかその他は早く帰らなきゃ危ないよね。

露姫さんも凶暴なだけで、極普通の女の人である事に間違いないわけだし。

…梅松さんは…ゆー兄と一緒に夜時間出回ってたらしいから一っ切心配はいらないけど。


「ゆー兄はいないの?」

「今お風呂入ってるんだー」


あ、成る程。

…そういえばお店の上の三階には那音姉とゆー兄の新居があるんだっけ…。

しかし那音姉じゃなくゆー兄が今お風呂とは…。

というか那音姉をいくら友達とは言え神楽さんという優しくて非の打ち所のない男と二人にするとは……いや、刹那さんもいるけど…刹那さんだって人外だからムッチャ綺麗系イケメンだし!

婚姻前…弟の俺とだって那音姉を二人きりにさせたがらなかったあのゆー兄が…!


「露姫が完全に酔いつぶれちゃったから、梅と一緒に今日泊めるんだけど布団の場所とか梅だけじゃ分かんないしー、梅も割とお酒飲んでふらふらしてたからさー」

「…そう…じゃあ仕方ないね…」


さすがに彼女持ちの親友相手とは言え、酔った男と那音姉を事実上二人きりにするはずがないよね、あのゆー兄が。

そんな危険冒すくらいなら…そりゃ神楽さんの方ががぜん安心安全だよね。

…いいな…俺も陸をそのくらい過保護にしたいよ…!


…陸………俺…陸に振られちゃったんだよなぁ………。



「………はぁ………」

「なんで急に落ち込むの…!?」








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