うちのグループメンバーを紹介します。
「…あ…おはよう…将也…」
「おはよー泰久」
とてもトップアイドルグループの事務所があるとは思えない、狭くて暗くておんぼろなビル。
階段を登って一番最初の左側にある部屋が、俺の所属するNAOKO芸能事務所の事務室である。
入るといつもの通り、グループリーダーの『空風マオト』こと津泰久が一番乗りしていた。
「あれー、直は?」
「…そうだな、将也も来たし……そろそろ起こしてくるか」
「…あ…まだ寝てるのね…」
とても控えめに、少し視線を泳がせながら泰久は「コーヒーでいいか…?」と俺に伺ってくる。
うん、と頷けばホッとしたようにやっぱり控えめに微笑んで、インスタントコーヒーを煎れて渡してくれた。
『空風マオト』の時より俺はやっぱり泰久の時の…こういうところが好きだなー、と思う。
俺にコーヒーを渡してから泰久は事務室を出て隣の部屋へと直を起こしに行った。
直というのは同じく『Ri-3』のグループメンバーで『岡山リント』の芸名を持つ、この事務所の社長…秋野尚子社長の一人息子。
性格は泰久とはあらゆる方向で正反対の…いわば自由奔放な奴。
背も低いし小柄だし顔なんか俺の彼女より可愛いんだが…何分性格が凶悪だ…。
泰久だけでは起こすのも大変だろう、とコーヒーを飲み干してから俺も隣の部屋に行ってみる。
「…ああ? ライブだぁ? 知らねーよ、どーせ夕方からだろうが…っ」
「…いや、でも直…メイクとかセットに行かなきゃならないし…打ち合わせは十二時からでリハーサルは三時からだから…そろそろ起きて準備を…」
「…打ち合わせとかお前等だけでいーだろ…うっせーなぁ…」
「…………。…仕方ないな…」
「いや、甘やかすなよ泰久」
確かに直は俺や泰久と違って芸能界歴長いけど、それに甘んじてはいけないし、甘やかしてもいけないだろう。
早くも起こすのを諦めた泰久は、やっぱり困り顔で「…けど…」と言う。
「安心しろ、俺が鉄槌下すついでに起こしてやる」
「…筆…? 将也は筆を持ち歩く趣味があったのか?」
「……相変わらず素晴らしいズレツッコミだな、泰久…」
「ええぇ!?」
普通ここは「どこにそんなものを」とか「何に使うつもりだ」とか…そういうのだろ。
彼女や次男の鋭い的確なツッコミに慣れている俺としては泰久のツッコミって物足りない。
「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!! ば、ばかやめ…やめ!」
「おらおら~、早く起きないと…こっちもだぞー」
「あ、ばか…ほんと…ひゃ…!」
「……………」
筆で直をくすぐり倒す。
泰久の引ききった顔には気付かないふりをしたが、ちょっぴり胸が痛いよ泰久!
「……あー…かったりぃー」
「お前、顔可愛いのにほんと態度ただのおっさんだよなぁ…」
「あー…? うっせぇな、二十年後にはみんなおっさんだっつの…」
「まー、否定しねぇけど……やだなそれ…」
ルームウエアの下から手を入れて腹をボリボリする姿はとてもRi-3の萌系担当には見えない。
かく言う泰久も普段の姿からは元気担当には見えないし、俺だって知的なクール担当には見えないんだけどさぁ。
「よーぉ、おはよ。今日もライブだってな」
「あ、沙上さん! おは……………」
事務所真っ正面の部屋から現れたのは、爽やかな笑顔を浮かべ片手には人間の片腕を持った沙上帝さん(22歳)
この人は俺たちRi-3の作詞作曲を担当してくれている、楽器なら何でも扱える音楽に愛された天才。
…しかし本人は発明という明後日の方向性に突っ走り、その発明は周囲に多大な迷惑と混沌を毎度毎度振りまく…残念な人なのである。
「・・・」
「どうした?」
「……沙上さん…その……」
「ついにバラバラ殺人事件加害者に…」
「…け…け…け…けいさつ…っっっ…きゅ…きゅ…救急車…っ」
「バラバラ殺人事件?」
泰久が可哀想なくらい狼狽えている中、沙上さんの部屋からは人間ではあり得ない髪の色…蛍光水色…な激長ツインテール美少女が顔を出す。
「オハヨウゴザイマス…Ri-3ノ…皆サン」
「おはよー、クレナ。あれ、腕ないね?」
「ハイ、めんてなんす中デス」
「昨日シャワー浴びてたら突然落ちてさー」
「ああ…そういう事…」
沙上の後ろに隠れて恥ずかしそうする、このクレナ…。
沙上さんが寝ぼけて造ったアンドロイドだったりする。
一番最初に首から上…頭だけが事務所のテーブルに置かれていた時…さすがの俺ですら悲鳴をあげてしまった。
…今は全身も造ってもらい、沙上さんのグループには欠かせないヴォーカルの一人として歌手デビューしている。
この事務所には俺たちRi-3の他に沙上さんの『prince:Dona』という歌手グループが居るのだが…クレナはそのメンバーなんだよね、アンドロイドだけど。
「…あーねみぃ……直~、カップ麺作ってー」
「カップ麺くれぇ自分で作れ!」
「えー…眠気に支配された俺に作らせると麦茶すら謎の力を秘めた宝石になるとか言ってたの直じゃーん…」
「…く………おい、クレナ、お前カップ麺くらい作れるだろ! このぐーたれに作ってやれよ!」
「ソウシタイノハ、山々デスガ…くれなハ今めんてなんす中デス…」
「マジ使えねぇぇぇ!!」
確かに片腕が肘から無いとビニール取るのも大変そうだなぁ…やってやれない事もなさそうだけど…。
するとそこは心優しい気遣い屋さん…泰久が買い置きのかっぷ麺を取り出しポットのお湯を入れてやっていた。
「お、サンキュー泰久。相変わらず気が利くなぁ。直と違って」
「強調してんじゃねぇぇっ…!」
皮が一部剥がれた事務室のボロソファーに腰掛けて、やっぱり泰久が用意した割り箸を割る沙上さん。
そういえば、やたら静かだが…。
「社長はいないの?」
「昨日から帰って来てねぇよ。…どーせどっかの社長と飲んでんだろうさ」
「そんで朝練に向かうピチピチの男子学生や女子高生を片っ端から観察して、その内ここに連れ込んで来るよ。…あー…そん時までにはクレナ直しとかねーと…」
「被害者ガ増エマス…」
「成る程ねー…」
この事務所の社長…秋野尚子社長は直の実母に当たる。
その性格は豪快を人の形にしたような感じで…とにかく強引だ。
俺や泰久、沙上さんや『prince:Dona』のメンバー、稲田涼さんは主に社長の拉致監禁の上での強制契約に基づきこの事務所でアイドル歌手として働いている。
息子の直はもう生まれた時から選択肢がなかったらしい。
赤ん坊の頃から外国人の父親に似た金髪碧眼を利用され続け、完全に…グレている。
最近は沙上さんやクレナのおかげでそんな被害者は出てないが、あの社長を止める労力は正直ライブ一回分に比例するのだ。
そんなただのプータローにしか見えないが毎日頑張ってる沙上さん。
音楽の才能もあるし、俺は結構尊敬しています。
「…ところでお前等、今日夕方からライブだろ? そろそろ出かけなくて大丈夫なのか?」
「うん、そろそろ出るよ。社長帰ってきたら宜しく言っといて沙上さん」
「そーいや泰久、葛西の野郎は起こさねーのか?」
「葛西さんなら…俺が来た時にはもう車取りに行くって出て行っているが…」
「Ri-3の皆さーん! お待たせしましたあぁ! マネージャー葛西、只今お迎えに上がりましたよー!」
…紹介したくないがしときます。
NAOKO芸能事務所唯一のマネージャー…葛西太一。
「遅ぇんだよこのグズ野郎!!」
「あぁんー!」
「な、直!」
入ってきて早々に直の蹴りが葛西さんを壁まで吹き飛ばす。
「…きょ…今日も…素晴らしいキレのある蹴りですぅ…な、直くぅん」
「じゃかしい!」
「あふぅん!」
…葛西さんの最大の特徴、ドM。
「…直…!」
「じゃー出掛けよーかー。ほら葛西、さっさと立って車出せよ」
「あふぅん!」
「将也っ」
泰久は優しい。
俺が葛西を踏みつけて部屋の外に出るのを見て、咎めるように声を出す。
だが喜んでるんだよ、葛西は。
悦に浸ったその顔を直が踏み潰す。
「ほんと、気持ち悪ぃ…!」
「あ あ あ ………!」
「…………」
俺、小野口将也のグループメンバーと…その仕事仲間の皆さんでした。