変えられない運命。
トリシェを追って、峰山神社の側…西嶺山公園までやって来た。
全く……。
「参ったなー…俺一人先に帰ったらゆー兄に『トリシェどうした』って絶対怒られるよ~…明日から仕事なのに…」
とりあえず公園の中に入ってみるが峰山神社がある山から鳴る蝉の声しか聞こえない。
暑い…夏だから当たり前けど…。
『あ…う…ああぁ…っ』
「?」
なんだろう?
ブランコの方から微かに悲鳴のようなものが聞こえたような……?
…う…やだな、なんか悲痛な声だったような…まさか心霊現象?
もしやトリシェが砂に埋もれて出られなくなっている?
幻聴のした方に仕方なく歩み寄ると……なにかに身体が触れた。
「ぎぃ…ぐっ…あああああっ!!」
「…………」
我が目を疑うような惨状が突然広がった。
え…なに? 峰山…? …と…あれは…東雲の前の生徒会長の……。
「じゃ、次の呪詛いってみようか」
「………は…ぁ…かは…はっ…」
「八草ぁ! 貴様…貴様だけは許さぬ…! 貴様だけはああぁっ!!」
ブランコの鎖でうちの生徒会長を吊し上げ、なにか…とても酷い事をしている。
なにか、よくわからない…ただ、酷い事だ。
ぐったりとした峰山は死にそうな顔。
その側で白い化け物に拘束された時影さんが虚しく喚いてる。
銀髪の男は…八草沙幸だ。
東雲学院高等部の、前生徒会長で、現日本総理大臣の孫。
そして奴は、俺に向かって妖艶に笑む。
「神子、観客を増やしてみたんだがどうだろう? 確か同じ生徒会役員だろう?」
「…………」
「アハハ、いい表情。イキすぎて辛いか? そんなそそる表情も出来るんじゃないか」
八草沙幸が峰山の頬を撫でる。
その顔は真っ青だ。
唇は紫だし、縛られた手首には血も滲んで指先は当に血流の滞りで白い。
さっき俺を強く睨んだ瞳に生気はなく、イクも何も…完全に瀕死手前……。
「…アンタ、何…してんだよ」
思わず問う。
峰山は…さっき俺を殴った。
ちょっと、俺からすると理不尽な暴力。
だとしても……、
「何って…見て分かるだろ? 一方的な暴力で弄んでいるんだよ。この神子殿は身も心も魂まで澄んでいて美しいから、男ならとりあえず汚したくなるもんじゃないか?」
「は…? な、なに言ってんの…?」
本気で理解出来なかった。
今まで生きてきた中で、これほど理解の範疇を超えた言葉は聞いたことがない。
しかも八草沙幸の表情は恍惚としている。
なんの罪悪も、悪びれも感じていない。
本当に純粋に彼を暴力で弄ぶ事を愉しんでいる。
「…し…死んじゃうだろ…それ…っ」
「んん? …ああ本当だ。死なれるのは困るな。オイ神子勝手に寝るな」
「っ!!」
八草が峰山の…色が変わった腕を掴む。
ただそれだけで峰山は目を剥いた。
あんな白くなるまで吊されれば腕も触られただけで激痛を走らせるだろう。
「…腕が痛いか? 外してやろうか?」
「………、…っ…」
峰山は首を振る。
痛々しい姿は先程と本当に同一人物なのかすら分からなくなる。
さっき、だって、峰山はさっき、友達の為に…あんなに強く俺を怒った。
笑みを浮かべた八草が「そうか」と楽しそうに声を弾ませる。
「じゃあ腕はもう要らないか?」
「っ…ぁぁあっ!!」
わざと鎖の食い込んだ個所を掴む八草。
消えそうな悲鳴を聞いて満足げに笑い声を上げる姿を見て、俺の脳内で『ぶちり』と音がした。
この男は、人間の心が…ない。
「てめぇ…っ」
「…なんだよ? お前も混ざりたい?」
「ふざけんな…誰が…っ! 峰山を離せ…!」
「……あ…だ…だめ…おの………く…にげ…!」
王苑寺先輩に貰った生物兵器…バイオキメラを発動させ、二又の槍を出現させた。
人を殺したことはない。
殺したいとも思わない。
けど放置したら峰山は殺される。
時影さんがなんだかよく分からないモノに捕まっている以上、俺が助ける!
「…いいねその眼…お前も混ぜてやるよ…」
「……っ逃げろ小野口く…っ」
白刃が首を狙ってくる一重で避けつつ足元を槍で貫こうとした。
こちらもすらりと躱される。
向こうの獲物もなかなかに長物だが槍ほどではない。
リーチならこちらに分がある。
そこでふと白刃が汚れているのに気が付く。
垂れ落ちる血。
誰かの、血だ。
ああ、もう…やっぱ駄目だな俺…。
口元が自然に歪む。
乾いた唇を舌で舐め濡らす。
ゾクゾク、してきた。
「…………なんだお前…やっぱ混ざりたいんじゃないか」
混ざる?
いいや、違う。
「……俺と同じ匂いがするな…小僧」
「アンタみたいな変態と一緒にするな、………血筋だよ」
戦と破壊と孤独の王…魔王の、血だ。
槍と刀が交わる音が心地いい。
楽しい、楽しい…楽しい!
殺したくて、でももっともっと楽しみたくて。
自分の心がどす黒く変わっていくのが分かるのに、止められなくて苦しい。
誰か、このままじゃ…飲まれる。
嫌だ、俺は…魔王になんかなりたくない。
ああ…たまらなく…楽しい…気持ちイィ…!
「目覚めてはだめ…! 将也!」
「―――はっ!?」
…そうだ、俺は…、魔王になんかなりたくない……!
「つまらないな………もういい」
途端に興が冷めた八草が、時影さんを捕らえている白い化け物を召喚する。
新らしい白い化け物は、俺の四肢に絡み付くとそのまま地面に張り倒す。
「痛ーっ!!」
「…お前…今自分を抑え込んだだろう…? つまんない真似をするな」
「………」
「ふん。…まぁ…神子殿の澄んだ鈴のような声が言霊として“目覚め”とやらを阻んだんだろうが…」
「…!」
…峰山の…声?
確かに…飲まれかかった俺を引き戻したのは峰山の声だった。
…清らかな、神子の声…魔を打ち払う言霊…。
俺の事、殴るほど怒っていたのに…助けてくれた…?
「………く…っ、気持ち悪い…なんだコイツっ」
助けなきゃ…助けてくれたんだ、峰山は!
なのに気持ち悪い化け物が、俺に絡み付いてのしかかる。
完全に俺に興味をなくした八草が砂を踏みしめながら再度、峰山へ近付く。
あの、悪魔…!
「神子様…!」
「峰山…!」
助けなきゃ…、このままじゃ峰山は殺される…!
あんな訳の分からない理不尽な理由で…そんなの許せない!
八草の手入れされた様な綺麗な指先がまた、湿った峰山の頬に触れる。
…気持ちが悪い…吐き気がする!
あいつが峰山に触ってると思うだけで…!!
「今日は前より余裕がないな。やっぱり見物客が居ると違うのか? 見られるのが好きとは…神子殿もなかなかの好き者だなぁ?」
「………」
「ところで……今の戦いで少々…興奮し過ぎたらしいんだ。…神聖な神子殿には大変申し訳ないんだが…治めるのを手伝ってくれないか?」
「………っひ…」
「っー!!」
ブランコの鎖を外し、地面に落として無理やり引き起こし…八草が自身の股へ峰山の顔を押し付ける。
え、いやいや、ちょっと待て…!?
「な…何する気だよ変態っ!!」
「何ってナニだろ。…ハハ、堪らないな…この世で最も清らかな神子に銜えてもらう日が来るとは…。ほら神子、手は使うな? …ああ、すまん使えなかったな…アハハッ」
…楽しそうに…、八草沙幸が峰山陸を穢していく。
きつく目を閉じた。
せめて見ないように、努めた。
ああ…くそ…!
なんだ、これ。
守れないって…助けてやれないって…こんなに、こんなに…!!
こんなに死にたい気分になるもんなのか。
「…畜生…!!」




