トリシェと陸はやっぱりすごいと思いました。
「………」
ゆー兄の殺気が、ッパねぇ。
息苦しさすら感じる殺気の中で、やっと見つけた犯人の姿は扉の壊れた出入り口に向かっていた。
そろそろ、夜時間になる…。
逃げ回るのは逆に危ないと思うんですけど。
「…チッ」
ゆー兄が舌打ちした!
なんかヤバい域にまで達した!? …と心配した通り、走っていた犯人の前方が突如爆発し積まれていた資材が落下する。
『火属性』質のゆー兄は、どうやら爆発を操れるらしい。
…恐ろしいよね…、マジで。
逃げ場を奪われた犯人はオロオロとしているが、完全に袋小路…もう、追いかけっこは終わりだ。
「…って…え?」
追い詰めた犯人は遂に後ろを…俺たちを振り返る。
トリシェの寝床箱を抱えたまま怯えきった表情のその男を、俺は知っていた。
俺だけじゃなくゆー兄だって知っている。
「…嘘、だろ…? え…なん…なんで…?」
「……どういうつもりか説明してもらおうか…」
不精髭が伸びて浮浪者みたいになっているが、この人は
…小野口進介……トリシェが雇った偽の父親だと!?
「……ち、近付くな、化け物!」
「っ」
箱を抱え、ゆー兄や俺に向かって叫ぶ。
そりゃ、俺は魔王になれる体質だし、ゆー兄はご存知の通り化け物みたいに強いけど…。
父親だと思ってた人に化け物呼ばわりされるのは結構キツいな。
「ってゆー兄ストップ!」
ゆー兄が何もないところから魔剣を召喚する。
魔剣イクスカリバーン…『惑星誇宮』を支配した魔王の一族に受け継がれ、キング・アーサーの称号を継いだ者のみが振るうことを許された魔王という神の剣。
惑星一つを食い潰したと言われるその剣は、ゆー兄が斬りたいと思ったものを願った形、思った通りに切り刻む。
ゆー兄が剣を構えた姿に父さんはか細い声を上げる。
…うん、魔剣構えたゆー兄の恐ろしさにびびるのは無理もない…、…俺も恐い。
でも殺させる訳にはいかない。
…べ、別に橘に言われて陸に良いところを見せたいが為に頑張るんじゃないんだからね!
「…えっと、とりあえず話そうよ。なんでトリシェを攫ったの? この際葛西さんを突き飛ばして病院送りにした件は無罪放免って事にするからさ」
どうせマゾだし、葛西さんは。
「……」
「あー…トリシェと話したいなら、箱開けるよ? その箱、俺か神楽さんしか開けられないから。だから困ってんでしょ…?」
俺の参入でまだ警戒していた父さんは、だがしかし、やっぱり箱を開けたいらしい。
「…トリシェに用って事か?」
「理音から(実質那音姉から)メールあったんだよね…父さんが燈夜兄に会いに来たって。でも燈夜兄の中にトリシェが居ないのを知ったらあっさり引き下がったらしいじゃん? で、俺の下宿先に来た…。…つまり父さんが用があるのは―――」
「そ…そうだ…! 私はトリシェ様と話をしたい…! この箱の中にトリシェ様がいると聞いた…!」
様…ねぇ?
まあ、空さんも様付けで呼んでるしねぇ。
「…じゃ、開けに行くからそこ動かないで」
迷わず父さんに歩み寄る。
警戒はしているが、トリシェと話がしたいと言う父さんは俺が側までくれば黙って箱を差し出した。
つまみを捻って開けるだけなのだが、神楽さんの結界魔術により開けられる人間は限られていたりする。
さっき言った通り、俺か神楽さんにしか開けない箱。
という訳でつまみをカチッと開てやれば、父さんは俺を突き飛ばしてしゃがみこむ。
「うわっ」「トリシェ様…!」
…近くで見て分かった事だが…父さん眼がヤバい…。
眼の下には濃い隈。
充血しきってて真っ赤だし…こ、恐いな。
「トリシェ様! おお…我が救いの神よ…!」
『……うぅー……あとごふん…』
「お目覚め下さい! 神よ!」
小箱の中のぬいぐるみに向かって叫ぶ父の姿は…ドン引きものだ、思わず後退っちゃった。
トリシェはあまり夜得意じゃないから、陽が落ちているのに無理に起こそうとしてもなかなか起きない。
「…ゆー兄、父さんがあんな系の人って知ってた?」
「い…いや……」
ゆっくり後退りを続けて、ゆー兄に話を振る。
やっぱりゆー兄も父さんがあんな人って知らなかったらしい。
神に縋る、心の弱い人間…。
『…あるぇ…? 進介じゃーん…どーしたのー…?』
「…神よ…お救い下さい…!」
『…はぁ…?』
「金が…研究費が……私はただ、研究を続けたいだけなのに…! 足りないのです…!」
『………。…は…? …えっと、お金足りないの? なんで? 一応月五百万の契約は燈夜の名前で続いてたよね…?』
「……足りないのです…足りなくて……借りました…、御菊名忍に…」
『………はぁ…?』
「…御菊名…って」
「…御菊名先生?」
まさかのところでまさかの名前。
陸と顔を見合わせる。
御菊名忍…うちの学校の七不思議にもなっている保健室の先生だ。
確かに薬学研究者だという話を聞いたことがある。
保健室でサボりに来た生徒を、開発中の新薬実験台に使うことで有名で、一度保健室に立ち入れば人間の姿で出てくる事はまずないとか…。
『アイツにぃ? だってアイツ、ただ変な薬作って実験するのが好きなだけで…金なんか持ってたの?』
「…奴は夜時間ので闇医者をしている一人……私の研究所を買収し…私は、私の研究を出来なくなり…」
『そんで色々搾り取られて困り果てたわけか…しょーもない大人なんだからもー…』
箱の中からふわりと浮かび上がったちまいぬいぐるみ。
座り込んだ、父親だと思ってた人はぬいぐるみを見上げる。
『…お前は俺の研究に随分手を貸してくれたし、優弥たちの戸籍を作るのにも、土地を買うのにも協力してくれたね…。見捨ててしまうには恩もある…。金で解決出来る問題なら…とも思うけど、だからこそ甘やかす事は出来ない』
「そ…そんな…!」
浮かび上がったぬいぐるみが光を発して薄暗かった倉庫内は、真夏の真っ昼間のように眩く照らされた。
ちょ、眼、痛!
後光を纏って姿を現したのは、生前の姿を模したトリシェ。
腰まである藍色の髪を靡かせて、異界の神らしい凜とした顔立ち。
「…助けないなんて言ってないだろ? …俺は進介の味方なんだからさ」
「…………」
「ただ、ちょっとお前最近欲張り過ぎ! あのね、月五百万が毎月ちゃんと収入として入るって、普通生活するのには全然足りる金額なんだよ? 足りないってなに足りないって! 収支の計算サボってんじゃない? 家計簿的なもの使いなよ! まさかクレジットカードで買い物とかしてないだろうね!? 言っとくけどリボ払いって二回払いとか三回払いより結局のところ支払う手数料が増えるんだから、全然お得な支払い方法じゃないんだよ? そこんとこちゃんと分かって買い物してる?」
「………」
「・・・・」
…金に困っていないとは思えない、みみっちい説教が始まった。
後光で輝く神様が、リボ払いについて説明しつつ収支の指導とか…ちょっと出来れば見たくはなかった光景だ。
呆気に取られて何かなにもかもがどうでもいい気分になる。
ゆー兄に至っては魔剣をしまって…。
「…帰る。那音が待ってるし、明日の仕込みまだ終わってねぇし。…トリシェちゃんと回収しとけよ」
「あ…うん…」
「俺も帰宅させてもらう。冬休みの宿題用のプリントや保護者へのお知らせ作りが終わっていない」
「あ…はい…ありがとうございました…」
「俺も帰ろ…お腹減ったし…」
「…………」
場に残ったのは俺と陸…あと神様と神様に怒られてる父さん。
「…陸、なんかゴメンね……」
「…ううん…血の流れる未来が回避出来たから…良かった」
「……それにしてはなんかお粗末な結果のような…」
「そんな事ないよ」
そうかなぁ?
結構かなりシュール……。
「…君には分からないかもしれないけど」
「ん?」
「…トリシェさんの光は人の心の闇を小さくしていく力がある。ああして、あの光を浴びているだけで心が落ち着きや余裕を取り戻していくんだよ。…あの人の顔、見える?」
「………あ…」
隈くっきりで充血しきってた真っ赤な眼が…穏やかさを帯びている。
表情もさっきまでとはまるで別人…。
「…喋っている内容なんかどうでもいいんだ。…俺の見た未来で、神楽さんは箱を開いてはくれなかった。…優弥さんはお金がない事で絶望しきっていたあの人を、怒りのままに殺してしまった。…将也が居たから、あの人は救われたんだよ」
「…………」
箱の中の光…必要だったのはそれだけで、俺はただ箱を開けただけ。
でも開けさせたのは、俺をその気にさせたのは…。
「…陸はやっぱり、すごいね」
「………は? なんでそうなるの…?」




