うちの家庭事情は複雑なのです。
南区港の倉庫区画。
開発区であるこの辺りは、あまりいい噂を聞かない。
夜時間という“無法”時間帯があるにも関わらず、昼間でも殺人事件があるという。
しかも殺された人間は血を一滴残らず吸い尽くされていて、干からびたミイラ状態…とか…。
警察も捜査しているみたいだけど、噂ではなんかの圧力でいつも打ち切られるから、この街の『夜時間の実力者』が関わってる…とかとか…。
「…あれ…なんか焦げ臭い…?」
「え?」
陸が鼻に指を添えてムゥ、と顔をしかめる。
その瞬間、前方のとある倉庫の扉が爆発で吹っ飛び海に落ちた。
突然の爆発に硬直する俺と陸。
しかし神楽さんや橘は全く動じてない。
「…優弥、そう苛々するな」
「……」
え、今…今のゆー兄の苛々からの爆発?
嘘でしょ、マジで?
最近神楽さんに魔術とか魔法の使い方習ってるっていう話は聞いてたけど、本当に?
それでなくてもムチャクチャ強かったのに、それ以上強くなってどーすんのこの人…。
「さて…」
そして、神楽さんがその扉が爆発した倉庫前で止まる。
中は暗い。
建設用のコンクリート素材や鉄筋が詰まれた倉庫の中に、神楽さんは迷いなく進む。
…ここにトリシェが?
「…将也は…トリシェさんじゃないお父さんの事、好き?」
「ん?」
今まで黙っていた陸が突然そんな事を聞いてくる。
トリシェじゃない父さん…それって…、本当の父親のこと?
「キング・アーサーのこと?」
「いや、あの変態じゃなくて」
ソッコー否定さすがです!
ですよね!
「…小野口の父さん? んー…さあ? 俺らの事すごくどうでも良さそうだったからな…俺もどうでも良い人っていうか…。…まあ、戸籍をくれた事には感謝してるよ」
…小野口の父さんっていうのは、トリシェが雇った偽物の俺たちの父親のこと。
詳しい経緯は知らないが、本来異世界の人間である俺たち兄弟はトリシェによってこの世界で産み落とされた。
…人間の腹からではなく、トリシェの作った…機械…人工的な子宮の中からだ。
俺たちはトリシェの世界『惑星誇宮』で赤ん坊の時に亡くなった王族の子供のクローン。
本来テロメア異常で短命なのがクローンだが…トリシェはこの世界でその常識を覆す技術で以て俺たちを生み出した。
それはもう、数百年後の技術で……ちょっとどころではない犠牲と莫大な資金、百年近い歳月を費やして俺たちは生まれ、こうして極々普通の人間として成長している。
だから正確には、俺とゆー兄、竜兄、燈夜兄の四人は兄弟ではない。
全く同じ遺伝子で作られている、限りなく自分自身と同じ誰か。
…ゆー兄は中学生の頃にその事実を知り、ずっと悩み続けていたそうだ。
短命なクローン…だから那音姉の求愛に応える事を拒み続けて、苦しんでた。
自分を作った燈夜兄の事を敵だと思って憎み続けて…那音姉への気持ちを否定して…。
そう考えると俺って本当に脳天気。
自分がクローンである事も、異世界の魔王の一族の末裔な事も、燈夜兄が神様だった事も、両親だと信じていた人たちが金で雇われただけの、この世界で戸籍を得る為だけの偽物だとも知らずにいた。
…そんな偽物の父親の事を、どう思っているか…って言われてもね。
「…優弥さんは、どう思っているんですか?」
「…同じ様なもんだな。…母さん…だった人は…割と本気で母親やってくれたらしいが…あの人は………」
「そりゃ血の繋がりもないクローンなんか、気持ち悪いと思う事はあれど子供として可愛がるなんて普通ないっしょ」
「………」
「急にどうしたの、陸?」
なんだか悲しそうな顔をされてしまった。
ゆー兄も陸の様子に顔をしかめる。
「……優弥」
だが、そこで神楽さんがゆー兄を呼ぶ。
犯人を見つけたのかと俺も顔を上げるが、資材ばかりで人らしいのは見えやしない。
「居たのか?」
「いや、隠れている。お前が扉を壊したから、完全に怯えきっている。…どうやらお前の強さは知っているらしいな」
「…夜時間の関係者…か?」
「さぁな…人間のしがらみは、俺の知るところではない」
ごもっともな事を仰る神楽さんに、ゆー兄は肩を落とす。
…ゆー兄が夜時間で『妖刀使い』なんて通り名で畏れられていると知ったのは去年だが、薄々そんな気はしていました。
強者しか生き残れない夜時間で通り名がある…それはもはや…夜時間で『関わると死ぬ』レベルでヤバいリストに載っているのと同義だ。
…本当、恐ろしいよね…。
「…何人だ?」
「一人だな…あまり力ある者ではない」
「…神子殿、悪いが場合によっては血を見せる事になるかもしれない…将也と入り口で待っていた方がいい」
「…いえ…貴方は殺しますよ…その人を。…でも、回避できる未来です。……私は貴方にその人を殺して欲しくありません。…だから、将也と一緒に付いて行きます」
「………」
…いつもなら………。
陸の見る未来は、いつも回避も変える事も出来ないもの。
…いつも、陸は先見で見た事を「決められた未来、変えられない運命」と言い眼を伏せる。
未来が見えるというのは…必ずしも良い事ではないから。
…陸が「ゆー兄が犯人を殺す」と言うなら、そうなる。
でも珍しく、その未来は変えられるらしい。
「…分かった。…俺も殺さずに済むなら…その方がいい……」
「…………」
…ゆー兄は、もう人を手に掛けた事が…ある。
夜時間の実力者として通り名があるのだから、当たり前なんだけど……さずに知った時はそれなりにショックだったな…。
…もちろん全てが自己責任の時間だから…身を守るためにも…ってのもあるんだろうけど…。
それに…ゆー兄曰わく「誇宮を亡ぼして、トリシェを連れ帰った」
…トリシェが居たから存亡してきた『惑星誇宮』
その言葉の意味はあまりに重く、俺には想像もつかない業。
そんな途方もない業を負ってでもトリシェを助けてきたゆー兄を、俺は素直にすごいと思う。
…けど、俺は…。
「…なに考え込んでるの」
「…べ…別に…」「……。…神子は将也と一緒にって言ったんだよ。…つまり、未来を変えるのには将也が必要って事なんじゃない? しっかりやりなよね」
「…………」
ガスッ、と背中を小突かれる。
後ろでチュッパチャプスあむあむしていた橘が、ちょっと落ちてた俺をそんな風に励ましてきやがった。
…俺は…橘の事なんか嫌いなんだってば。




