ゆー兄の友達で那音姉の親友は橘のお兄様です。
「ギャー!」
タクシーを捕まえて、いざ四方市へ戻ろう! …とした瞬間です。
後ろから首根っこひっ捕まえられ、グィ、と後ろに引っ張られたと思ったら俺は空を飛んでいました。
あはははは、超寒ィィィィ!!
じゃ、なくて!
「橘テメェ!! やっぱりテメェェェ!! なにしてくれてんだごるぁぁぁ!!」
「楽しくね?」
「ねーーよーー!」
上空何百メートルの地点かは知らないが、いい感じに落下中です。
地上に居た俺をそんな場所に連れてきた犯人…橘は、俺より上空を…俺と同じ速度で落下しつつ無表情の中にも悦楽を滲ませていやがる。
高い所好きかっっ!
「というか、急になんなんだー!?」
「楽しくないのか…ラミレスは喜んでくれたのに…」
「前世の俺どんだけお前と波長ピッタリだったんだよ! じゃ、なくてー! 寒いってー!」
「分かったって」
くるん、と俺の下に回り込むと、背中に手をくっつける橘。
途端、今度は薄暗く冷たいコンクリートで俺は前転を二回ほどしてしまう。
「……………」
知らない天井だ。
くそ、これだから魔法の使える獣は非常識で嫌なんだよ…!
「…なんなんだよ…ったくー!」
「連れてきたよ」
「は?」
俺を無視してスタスタと橘の奴が向かった先。
眼がちかちかする…眼を細めてよくよく見れば、男二人に巫女服っぽい……。
「俺の愛しきマイエンジェルの匂いがする!」
「うわあ、俺ですらその台詞気持ち悪いと思った」
棒読みだが本気で気持ち悪がってる橘を無視して立ち上がる。
巫女服はやっぱり俺の愛しきマイエンジェル、陸!
「…………あ…」
しかし、その横にはマジ切れした眼のゆー兄…。
陸の右側には無表情だが少し可哀想なものを見る眼の神楽さん。
よく見ると陸はしょうもないものを見る目だ!
「……えぇと…」
「………」
相当苛ついた感じで、ゆー兄は背を向けると、奥に見える倉庫に向かって歩き出す。
逆に神楽さんは俺の方に歩いてきて手を差し伸ばして…。
「大丈夫か? すまんな、橘が無理やり…どうせ説明もまともになかっただろう?」
「あ、はい…ありがとうございます」
ご紹介します。
この(寒さの中)絶滅危惧種と言っても過言ではない小豆色ジャージに、黒縁メガネの黒髪イケメンさんは神楽祭さん。
本名は神楽さんという…橘の腹違いのお兄様だ。
ゆー兄と那音姉の高校からの級友で、現在は東雲学院中等部で数学の先生をしてらっしゃります。
その正体はなんとトリシェの腐れ縁の知人? という王獣種…成熟期を過ぎた異界の幻獣ケルベロス族の上位兄。性格は冷淡に見えて非常に穏やかで優しく、すごく気遣いが出来るが、人間社会にイマイチ馴染みきれていないどっかしらズレたド天然で、割とゆるキャラだ。
ゆー兄というより那音姉の方と物凄く仲が良く、ゆー兄にとっては何故か頭の上がらないお方らしい。
俺が手を取ると柔らかく微笑んでひっぱり上げてくれる。
とてもこの橘の腹違いのお兄さんで、ゆー兄の友人とは思えない優しい人(?)だ。
…なんか同じ男なのに「美人」って印象…ゆー兄より優形だからだろうか?
「…大丈夫って聞いた方がいい?」
「…き……聞いて欲しいかなぁ…」
そして全く微動だにせず冷たい表情のまま俺の愛しい彼女から痛烈な一言。
で…出来ればちょっとだけでも心配して欲しいな…男心的に…。
「…ソッコー駆け寄ろうとしてた割に冷たいね」
「黙らねば次のお弁当はない」
「すみませんでした」
え? と顔を上げたがフン、と顔を背けられる。
橘の突っ込みにも、陸は動じない。
…けど、逆にそれが真実らしいと思えて…。
そっか…陸、俺の事ちゃんと心配してくれたんだ…?
ソッコー駆け寄ろうとしてくれたんだ…?
「陸!」
「わっ!?」
喜びのまま飛びつくが、驚いた陸が橘の背後に逃げる。
スカッと音がした気がする。
そしてそのまま再びコンクリートの地面にダイブ……超痛い…。
「えっと…此処って…?」
「南区の港前だ。ほら、動くな」
「あ…う…」
打ち付けて擦った顎を、神楽さんが治癒術で治してくれる。
久しぶりにお会いしたが、俺…いつの間にか神楽さんより背、伸びたっぽい。
…って言うか…ゆー兄と陸がなんでかむっちゃ睨んでいるんですが…理由がわかんないんですけど…とりあえずむっちゃ怖い!
「…トリシェの持ち運び用の寝床には俺が結界を張っただろう?」
「は…はい…」
「…アレに何らかの物理攻撃があった場合、俺に分かるようになっているんだ。…残念だが俺はお前の連絡先を知らなかったから優弥に連絡をしたのだが…」
「…あ…そういう……」
確かにゆー兄の友達である神楽さんの連絡先なんか知らない。
そうか、結界ってそんな機能もあったんだ。
「でもなんで陸まで?」
「…神子は…」
「それ、君になんか関係ある?」
「・・・」
な、なんであんなに怒ってらっしゃるのでしょうか…?
いつもの五割増しでおっかないんですが…?
「…責任を感じているらしくてな」
「は?」
「その場に…居たんだそうだ。…そして…その未来を予知していた。防ぐ事も回避する事も出来なくて…神子はここに来たんだ」
「………陸…そんな…」
…俺の生まれて初めての彼女、峰山陸は…世界で一番、そして唯一無二の特別な女の子。
彼女は未来の見える『先見の力』を有する『輪廻の神子』という特殊な神子姫様です。
異界の王獣種の中でも最高位級の神楽さんが言うには、『輪廻の神子』はハイパーレアな伝説級の神子様で、云万年生きている神楽さんも初めて見たという。
更に『先見』のスキル持ちもまた、無限境界中数百世界で一人の割合でしか現れない…それが『輪廻の神子』に付属した例は初めてらしく、しかも『光属性』ってのも珍しいんだって。
とにかく珍しい要素がふんだんな俺の彼女は、未来が見えます。
けど俺から眼を逸らして不服そうに唇を尖らせる…その姿はかんわいいなこのぉぉぉ!
…という感じで、俺はそんなレアっぷりどうでもいい。
ただ、陸は可愛いし優しいし…毒舌で意地悪でツンツンだけど、可愛いし優しいし…正義感が強くて真面目で気遣いが上手くて…だから……俺はそんな陸が好きなんです。
「さ、終わった。他にどこか痛むところはあるか?」
「はひっ…! あっ、いや…な、ないですっっ」
「?」
陸にキュンキュンしていた俺の頬を神楽さんが撫で、ほんの少し上目で見上げてくるもんだからうっかり声が詰まってしまう。
橘にも言えるのだが、人外である神楽さんの顔って本当作り物みたいに整っていて…とにかく綺麗なのだ。
眼が合えばどんな人間でも心臓が跳ね上がる。
首を傾げて不思議そうにされる…その、なんとなく無垢な感じも同性なのにイケナイ気分にさせるのです。
「…まぁさぁやぁ……!」
「ひっ!?」
うっかり神楽さんに見とれるとゆー兄がキレ出す。
こ、恐い…! 殺される…!
「…優弥、なにを怒っている?」
「別に怒ってねぇよ…!」
「…お前は自分の感情も自覚出来ないのか…? 全く、相変わらず仕方のない奴だ…」
「っ」
そんなキレツボの広いゆー兄を、神楽さんはほんのささやかな笑みだけで黙らせる。
俺を威嚇していたゆー兄の頭を、まさかポンポン、と軽く叩いて窘めてしまうとは…。
…王獣という獣の一族ではなく、俺には神楽さんは猛獣使いにしか見えません。
「さて、そろそろトリシェの所に向かうとするか…。別に助けずとも良さそうなものだが…お前は助けたいのだろう?」
「…ああ…」
「仕方がないな、優弥は」
「〜〜〜っ」
さっきとは一変、顔を赤くして眼を逸らすゆー兄。
…今に始まった事じゃないけどやっぱ神楽さんスゲェ…。
「…神楽は優弥を甘やかし過ぎなんじゃない?」
「!!」
「そうか?」
「もっと俺を甘やかすべきだよ」
「・・・」
「あれ、なんで全員沈黙?」
橘のアホはもう放っておこう。
だいたいコイツの学費もゲーム機も携帯代も食費も全部神楽さんが出しているのだ。
俺なんか中等部から働いてたから、学費全部自分の金だし家にも毎月云万入れてるというのに!
十分甘やかされとる分際で…!
「将也は、無理やり連れてきてしまったが…構わないか?」
「あ、はい! 俺も助けに行くつもりでしたから!」
「…そうか…トリシェは父想いの良い子を育てたものだな」
「い…いやぁ…そんな…」
優しい笑顔で褒められる。
神楽さんは中等部の先生だからスゲェ褒め上手。
普段散々な扱いを受けている俺は、誉められ慣れてないから割とガチで照れちゃう。
一族内でも弟子が多い人だと聞くけど、理由分かるなー!
「………」
「………は…」
…しかし後ろで陸が俺をすっげー睨んでる…。
神楽さんの後ろではゆー兄もむっちゃ本気で睨んでくる…。
「神楽、あんまり将也を甘やかしてくれるな…」
「甘やかしているつもりはないが…、…優弥は将也に強く当たり過ぎではないか? きつくし過ぎると視野が狭くなり将也の為にはならないぞ」
「だとしても、お前が将也を甘やかす必要はないだろう! 大体、コイツは芸能界でちやほやされてんだからこれ以上はいいんだよ!」
「…いや、優弥は人を褒める能力に欠ける。それはお前の為にならない。きちんと認めるべき所は認め、言葉なり行動なりで現せる様に努力しろ。そんなだから、自分の言った言葉でへこんだりするんだぞ」
「……、…う…っ」
「…逆に那音は受け入れ過ぎて我慢し過ぎるところがある…あれも良くない。…最近は浮かれすぎていて危なっかしい…ちゃんと気を付けて見ておけ?」
「…はい…」
「・・・・・」
ゆ、ゆー兄…神楽さん相手だと弱いな…!
弟として、あの光景は複雑です…。
「…那音の事はお前が守るんだろう? 信じているぞ」
「………おう…」
再び笑んだ神楽さんに、ゆー兄が照れっとする。
なんというか、神楽さんって飴と鞭の使い分けが上手いよね。
「いいな…ああいうお兄さん…」
「いいだろー」
つい本音が漏れた。
すかさず橘が自慢してきてイラッとした。
別にゆー兄が本当に嫌いって訳じゃないけど、神楽さんみたいな程良く甘やかして程良くやんわり叱ってくれるお兄さん羨ましい。
強くて優しくて高潔で、的確に欲しい言葉をくれる人。
そんな友達、俺には―――
「………」
「?」
睨んでいた橘を、改めて見て考える。
コイツは俺が一番言って欲しくない言葉も言って欲しい言葉もくれるんだよな…。
なんだかんだ、俺の味方をするって言ってるし。
確か俺が、コイツの契約した人間の生まれ変わりだから…って言ってたけど…、そんなの俺、覚えているわけもねぇ。
やっぱ、橘の事は色々嫌いだし…。
うん、俺には陸が居ればいいや!!
「…神楽さんは橘の事も優弥さんの事も小野口くんの事も甘やかし過ぎだと思います」
…しかし、陸はそうでもないっぽい。
俺だけでなくゆー兄も肩を跳ね上げ凝視する。きっぱり言い切る陸を振り返って、しかし神楽さんはやんわりとした笑みを深くすると。
「そうだろうか?」
「そうです」
「……。…気を付けよう」
「…むぅ…」
陸まで軽くあしらわれる。
そうして、微笑んだまま神楽さんが俺を眺めてまた質の違う笑みを浮かべた。
「???」
意味深だ。
だが神楽さんの次の言葉は、もっと意味深。
「…仕方がないな…俺は橘と違い…まだまだ人間という生き物の持つ可能性を、理解しきれていないから」
…なんでか陸が物凄い不機嫌顔になってしまいました。




