それは毒舌ツンデレという新しい属性です。
「小野口くん、今日はお仕事?」
「うん、陸の為だけにライブしてくるよ!」
「何言ってるの? お金出してまで君みたいな駄男見に来る奇特なファンの子達の為に歌ってきなよ」
「えぇー…」
高校二年の冬。
とある土曜日の早朝からこれである。
日本屈指の大人気アイドルグループ『Ri-3』の鳴海ケイトこと俺、小野口将也の彼女、峰山陸は本日も朝っぱらから絶好調ツンツン。
普通、こういう時は喜ぶもんじゃないの、彼女としては。
「じゃあ陸、見に来てよ、ライブ。五時から」
「いや、今日お守りの仕入れ表と収支の計算と今月のバイトの締め作業があるから」
「………現実的な理由だねぇ…」
ちょっと涙が出た。
いつもの事だが断り方にオブラートがない。
「でもそんなところが好き」
「早く行けば? メイクとかリハーサルとかあるんでしょ?」
「いってらっしゃいのちゅーがまだです」
「多分永遠にないかな」
「ないのか…」
なら俺からしよう。
巫女服の竹帚を持った俺の可愛い彼女がスカした顔でそっぽを向こうとした直前、俺はその柔らかな唇をサッと奪って駆け出した。
「将也あぁ!」
「行ってきまーす」
さて、こんな日本屈指の人気アイドルグループメンバーの当然イケメンな上エリート男子高校に通っていて、その中でも学年トップを他人に譲った事もなく、多才であると自他共に認められる非の打ち所のない俺、小野口将也が…こんな古臭く今にも潰れそうな古めかしい神社から出勤しているかと言うと話せば長くなる。
なので簡潔に説明すると…両親が離婚し、長男がぬいぐるみになり、次男と三男が結婚して家を出たため家事スキル0の俺が生活不能になった訳です。
軽く死にかけたところをうちの学校の生徒会長が「うち神社だから部屋たくさんあるし、下宿する?」と正に御仏の如く慈悲深いお言葉を下さった為である。
…本当に素晴らしいくらい割愛したが、そんな感じだ。
え? 長男がぬいぐるみになった件?
ああ、やっぱそこ気になります?
すいません、俺より次男が詳しいので今度次男に聞いてください。
ま、そんな感じで生徒会長こと峰山陸の住まう峰山神社に下宿する事になった俺は…
…俺は、下宿が始まった翌日…生徒会長、峰山陸の正体を知ってしまったんだ。
(ま…あれは俺が全面的に悪かったよなー…)
朝はランニングしている俺。
そして朝は裏山の滝で禊ぎをしている陸。
朝風呂でランニングの汗を流そうとした俺。
滝の水で冷え切った身体を暖める為に朝風呂に入る陸。
…まあ、遭遇してしまった訳ですよ。
一応、男子校に通っている俺と陸。
当然俺は峰山陸を『男の子』だと信じて疑っていなかった。
しかし、目にして知ってしまった真実…。
だが相手は恩人…住む場所だけでなく毎食ご飯を作ってくれるばかりかお弁当も頼めば「いいよ、二つも三つも変わらないし」と二つ返事でOKしてくれた…俺の新たなる生命線!
とにかく事情を聞いて、黙っている事を約束した。
それが1ヶ月前である。
俺は1ヶ月の内に、あの子の事を本気で好きになってしまった。
どうしても、あの子を俺のものにしたくなってしまった。
だから………
秘密を盾に「付き合って下さい」と“お願い”した。
(我ながら最低だよなぁ…)
階段を降りきる。
あの子の態度が変わったのは“お付き合い”が始まってから。
まあ、当然無理ないよね…。
幼なじみ同士、純愛で結婚した次男夫婦や運命的な出逢い方と様々な障害を乗り越え結婚した三男夫婦を見てきた身としては…後悔していたりする。
「はぁ……」
もうすぐ冬休みだ。
だから、冬休みは…あの子を笑顔に出来る努力を全力でしよう。
そんな事を考えながらタクシーを拾ってまずは事務所へと向かった。
どうしたら、俺は陸を笑顔に出来るだろう?
どうしたら、俺は陸に好きになってもらえるんだろう?
(俺だけこんなに好きなのは理不尽だっ)
なーんて迷惑にむくれてみたり。
…とりあえず今日のライブ頑張ります。