第九話
カルロはいつもより緊迫した顔をしていた。今日は村の高官が集まり近隣の里、村々の状況を報告する会議の日。里が結界によって守られているとはいえ、周りの里、村の状況を知らないわけにはいかない。結界は悪い気、すなわち霊などの類からから守ってくれるのであって人を寄せ付けないというわけではない。もし、近隣の村同士が対決し、その飛び火がこちらに来るとも限らない。
周りの村との友好関係は大切なのだ。
「以上で報告を終わります」
「白雲村が襲撃されたとは…あそこの長は弓矢の使い手。それもかなりの腕で戦いでは常に勝利をつかむほどの戦闘の達人と聞いていたが…」
白雲村。一年中その村の周りだけ常に雲が晴れないことからその名前が付いた。その長の名は雲間 ハザマ。彼の弓矢で射ぬくことのできないものはないとされる。
「それに彼の妻は予知できなかったのか?予知していたらこんなことにはなってなかったのでは」
ハザマの妻。名を夏鈴という。代々予知の力を持つ家の出身だ。彼女の予知能力は高く、外れたことはない。
「夏鈴様の予知はございませんでした。当時の状況を使者の方に聞いた話によりますと、雲が突然黒くなり何事かと空を見上げると一人の男が黒い雲から降りてきていきなり暴れだしたといいます。男は不思議な炎を操り、奴の放った炎は燃えることなく村人達の命を吸い取り始め、村人の半分以上をやられたらしいです。もちろん雲間様も参戦いたしましたがすべて跳ね返されたということです」
「なんと!そのような化け物、もしこの村を襲ったら…」
「何を言う!我らにはカルロ様がいるではないか!」
「カルロ様!なにか策はあるのですか?」
高官らの質問に答えたカルロの腹心である幸間だったが、さらなる動揺を生む事態になってしまり困り果て奥に座るカルロに視線を向けた。
「村からお逃げになった雲間様、夏鈴様が今こちらに向かっている。もう少しでこちらに着くはずだ。策はそのお二人と考えることにしている。それまでは我々にできる限りの警備の強化をするしかあるまい。高台の警備のものには雲間様、夏鈴様らしき人影を見たらすぐに報告するように伝えろ。では、これで解散とする」
カルロは全員の視線を浴びながらも堂々と話し通した。
解散し、部屋を出て廊下を歩いていると、今出た部屋の中の話し声が聞こえてきた。
「皆の視線を浴びても全く動じぬとはたいしたものですな。カルロ様は」
「しかしやはり子供。いつまで続くか」
「そうじゃ。もし敵に弱みでもにぎられたらすぐにやられてしまう。たとえば両親のことでも…」
「し!誰かに聞こえるぞ!」
(本人に聞こえてるよ)
そのまま先へ進もうとすると、前に人が現れた。
「むかつくな…放っておくのか」
戦闘式神、霜天だ。自分背より高い槍を武器とし、常に背中に背負っている。冷静で判断力に長けているので、他の式神達をまとめてくれる頼りになる奴だ。
「ああ。何か言っても無駄だからな。ああいう連中は」
「そうか…」
霜天はまだなにか言いたげだったがその口を閉じた。
「それよりも、今日は彼女の所に行く予定なんだ。お前も来るか?」
「そういえば…紅霧や天穹が騒いでたな。そこまで興味もなかったがお前がそこまで気にする女か…少し興味湧いてきた」
「別に…普通の子だよ。普通の…」
カルロは苦笑しながらつぼみの居る山の方向を見て目を細めた。
そのころつぼみは、カルロが来ないかと山を下りて、ふもとで動物たちと遊ぶのが日課になっていた。
(今日はあの人来るのかな?いや!別にそんなに楽しみにしてるわけでもないし…)
カルロが来るのを待っているのは日課ではなく無意識のようだ。
彼が助けてくれた小鳥には、「涼風」と名前を付けた。いつも共にいるのでいつまでも「小鳥」では味気ないような気がしたからだ。
涼風は先日咲いた花の周りを旋回したり、私の周りを飛んだりと忙しそうだ。
(こんなに穏やかな気分になったのいつぶりだろう…。あの人が来てからだな…ほんとに変な人…)
そんなことを思いながらぼーとしていたら突然、涼風の焦ったような鳴き声が聞こえてきた。あわてて周りを見渡すと近くの草むらの上を飛んでいた。何か見つけたのかと駆け寄ると、そこには小さな女の子が倒れていた。
「女の子!?何でこんなところに…とにかく涼風、お手柄よ。すぐに家に運んで手当てしてあげなくちゃ」
女の子はとても軽く、持ち上げても体重というものが感じられなかった。
女の子はつぼみのベットでぐっすり寝ていて、夜になってようやく目を覚ました。寝ている間はずっとうなされ続けていた。
「大丈夫?」
つぼみはそう言いながら水の入ったコップを差し出した。女の子は中に水があることが分かると、それを一気に飲み込んだ。一気に飲み込み過ぎて、思いっきり咳きこんだ。
「あああ…もういきなり飲み込んじゃ駄目よ。ゆっくり飲んで。はい」
つぼみはコップに水を入れなおして渡してあげた。女の子は言われた通りゆっくりのどに流しいれた。
「あなたはどこから来たの?」
女の子は話しだした。いや、話しだしたらしいというべきだろう。開いた口から言葉というものは発せられなかったからだ。しばらくして女の子も、自分の異変に気付いたのだろう。のどを押さえながら言葉を発せようと口をめいいっぱい開けている。
「声が出ないの?」
女の子はうなづいた後、顔が真っ青になった。私はそっと、震える体を抱きしめた。
「大丈夫。大丈夫だから。前は出てたんでしょ?声」
女の子はかすかに目じりに涙を浮かばせながらもしっかりうなづいた。
「なら大丈夫よ。体に異常はないし、何かのショックで一時的に声が出ないだけ。声が出たらたっくさんお話しよ」
私はそう言って元気づけようと、精一杯の笑顔を見せた。女の子はまだ顔色が悪いものの体の震えは止まった。
(カルロが来たら相談してみましょ)
「さてと。そろそろ行くか」
夜になり、カルロは出かける準備を始めていた。
「つぼみとかいう女の所に行くのか?」
すっと、霜天が部屋の隅に姿を現した。
「ああ。…そうだ霜天、庭に咲いてる花をいくつか摘んできてくれないか?」
そう言いながら庭を指差したカルロに霜天は少し首をかしげながらも
「わかった」
と言って庭へと降りていった。
カルロが着替え終わるとほぼ同時に霜天は帰ってきた。手には色とりどりの花を、溢れんばかりに抱えている。
「おお。ありがとう。やっぱり春はいいな。花がたくさん咲き乱れて、美しい季節だ」
霜天から花を受け取るとカルロは目を細めて笑った。
「じゃあ、行くか」




