第八話
足早に歩を進めるカルロにつぼみは必死に付いて行った。
「ねえ。そんなに早く行かなくてもいいんじゃない?さっきの人たち追いつけなかったら…」
「ああ。平気平気。あいつらどんな場所からも僕を見つける奴らだから。本当どこかに見はりでもつけてるのかって感じだよ」
やれやれと肩をおろした。それと同時に後ろから小さく笑う声がした。
「つぼみさん?」
足を止め後ろを振り向くとつぼみはまだくすくす笑っていた。
「なんか。いいなと思って。お互いを信じあってるの」
「そ、そっかな」
「そうよ。あなたはあの人たちが来てくれるって信じてる。あの人たちはあなたがどこかに居るって信じてる。…うらやましいなぁ。そういうの…」
「つぼみさん…」
カルロは次の言葉が見つからずどうしたものかと目をきょろきょろさせた。
「なんだ。まだこんなところにいたのか」
不意に上のほうから声がした。驚き上を見上げると服に葉をつけた天穹が木の上に立っていた。木を伝ってきたのだろう。
「天穹…おまえは驚かすのが趣味なのか?お前のおかげで僕は寿命をいくら減らされたか…」
「おまえの寿命などありすぎて困るくらいだろ。ちょっと減ったほうがちょうどいいんじゃないか?」
主に向かっての言動とはとても思えない。
「おまえの口の悪さいつか治してやる…」
カルロは小声で怒りをかみしめた。
「へいへい。その女疲れてるのか?だったら運んでやる」
「え?」
天穹は二人の返事を待たずに音もなく下りてつぼみをすくうように持つとそのまま再び木を伝って走り出した。
「おい!おまえ置いてくなよ!」
「二人は無理」
天穹はそう言い残しさっさと去っていった。
「あの、大丈夫かな…あの人…」
運ばれながらつぼみは置いて行かれたカルロの身を案じた。
「安心しろ。こんなところでくたばるような奴は俺の主じゃない。それに、逆に頭に火が付いて飛ぶように走ってくるさ」
天穹は追いついた時のカルロの顔を想像し、ニヤッと笑った。つぼみはそんな天穹を見ながら
(やっぱり…いいな…)
と思った。
しばらくすると林を抜け、つぼみの屋敷にたどり着いた。
カルロは屋敷の近くにつぼみを降ろした。
「あ、ありがとう…」
「いや。いいんだ。それより、そろそろ来るあいつの顔が楽しみだ」
「ぐぉら!天穹―!」
天穹が言うか言い終わらないかで林の向こうからものすごい速さでカルロが走ってきた。
「おお。きたきた。ごくろうさんで~す」
あっという間に二人の前に追いついたカルロはさっき見たときよりもさらにボロボロな状態になっていた。
(本当に飛ぶように走ってきたわね)
つぼみは変なことに感心してしまった自分に気付き、吹き出してしまった。そんなつぼみに二人は一瞬驚いたが一緒になって笑いだした。
「も~何笑ってるんですか~」
林の向こうからようやく追いついた紅霧が頬を膨らませて怒った。その顔が面白くてさらに三人は笑いあった。
笑い終えてカルロたちは帰路につくことになった。つぼみは見送ると言ってふもとまで付いてきた。
「大丈夫?帰り」
カルロは心配そうにつぼみを見た。さっきの男がどこに行ったのかも分からない。心配するのも当然だろう。つぼみはそんなカルロに苦笑いで答えた。
「平気よ。たぶんもうどっかに逃げたでしょ」
「そ、そうか?だったらいいんだけど気をつけてね」
「ええ。ありがとう」
「うん。じゃ…ん?」
去ろうとしたカルロは足元にあるものに目を奪われた。
「つぼみさん。これ…」
「え?…ええ!?そんな…なんで…」
つぼみはカルロの視線の先にあるものに驚きを隠せなかった。それは―花だった。可愛らしい、桃色の花だった。
「ここに花なんて…いままで咲いたことないのに…」
「でも」とつぼみはしゃがみこみ花を眺めた。
「綺麗…」
溜息のように自然に出た言葉だった。
「そうだね。でも、なんで咲いたんだろう?」
頭をひねるカルロにつぼみは
「なんででもいいわ。花って、こんなに綺麗だったって分かったんだもの。それでいいわ」
「…そうだね。こんなに綺麗なんだ。君の家の周りの蕾が咲いたらきっと夢のように綺麗だろうね」
「…本当…見てみたいわね…そんな光景…」
つぼみは目を細めその光景を頭の中で思い描いた。たくさんの色のたくさんの花々。本当に夢のようだと思った。
「きっと咲くよ」
カルロは笑いながらそう言った。つぼみはなぜかそうだと思い、小さく笑った。下に咲く小さな花もまるで笑っているようだった。
三人が立ち去った後つぼみは一人で空を見上げた。真っ暗な空にはいくつもの星が輝き、大きな月が地上を照らしていた。月明かりはつぼみにも届き、つぼみはその光が妙に温かく思えて、そこにしばらく座っていた。横の、小さな花と一緒に。




