第五話
守り塚に行った日の夜、カルロはつぼみに会いに行くため、裏口からこっそり出て、山へと向かっていた。紅霧と天穹も一緒だ。
しばらく歩いていると、カルロはおもむろに立ち止り山を凝視した。
「どうした?」
天穹はいきなり立ち止ったカルロを不審がり振り向いた。
「いや、今叫び声が聞こえなかったか?」
「叫び声?そんなもの聞こえなかったぞ」
「紅霧は?」
「いえ、私も」
(気のせいか?いや、しかし、今、確かにあの山から声が…でもあそこには、つぼみさんしか…まさかつぼみさんの身に何か!?)
そう考え、自然と山へ向かうスピードが変わった。
「おい!カルロ!どうしたんだ!?」
「カルロ様!」
二人の声がはるか後方に聞こえた。
最初は早足だったが、カルロは気付かぬうちに走り始めていたのだ。
叫び声はカルロの聞き違いではなかった。声の主のつぼみは悪夢に顔をゆがめ、息を整えていた。
(久しぶりにみたな、あの夜の事…)
落ち着いてくると、つぼみは布団から起き上がり、周りを見回した。
見慣れた蚊帳越しの家具達。貴族の姫が持っているような立派な家具。広い家。でもここには
(私ひとり…)
初めてここに来たのは母と父を失った紅い満月の夜。なにも考えず、考えられず、ただがむしゃらに走り、いつの間にかこの家の前にいた。
この家が自分に与えられたということは、すぐに分かった。扉の前に一本の剣と石で押えてある手紙があった。一枚目につぼみと書かれてあり二枚目から
『愛する娘 つぼみ
お前がこれを読んでいるということはもう私たちはこの世にはいないのだろう。
この剣は剣城家に代々伝わるものだ。これはお前が剣城家のものであるという証とともに、身を守る盾だ。これをどうか武器として使わないでくれ。
人はお前を化け物と呼んだりすることがあると思う。だが、お前はお前だ。他の何者でもない。それを忘れないでくれ。
この家はお前がいつか、広い世界を見に行ける日までの居場所として使ってくれ。
お前の幸せを心から祈っているよ。
父 アザレア 母 サルビア 』
読み終わった後、強い風が吹き、一番上の「つぼみ」と書かれた紙は吹き飛ばされた。
つぼみはそれを茫然と見つめ、ただこの世にもう両親はいないのだと再認識するとその場に気絶するように倒れたのだった。
(あれから何回起きて、寝たかしら)
立ちあがり窓の外をみつめた。空には満月が輝いている。視線を落とすと、そこには咲いていない、蕾の花があった。この家の周りは蕾の野原が続き、月明かりがまるで昼間のように明るく降り注ぐ。
(この花は咲かない。枯れることもない。何年も何年もずっと同じ蕾のまま、同じ景色が広がっている。まるで私みたい。変わることといったら…)
つぼみは目を和ませ、遠くの木々の上や、蕾の野原に眠る動物たちをみつめた。
(あの子たちが独り立ちしてこの山から出て行ったり、子育てで新しい子が来たりするくらいね…。そういえば、この間の男の子は今日は来ないのかな。いくらなんでも、もう来ないか。私を怖がらない人は珍しいけど、今まで来た人とどうせ同じ。私が見せたあの力で気持ち悪くなったに…)
「つぼみさん!」
次の瞬間、つぼみは目を疑った。
「なんで…?」
天穹と紅霧の制止を振り切り、カルロは叫び声がした雷山へまっすぐ走った。
いつも彼女と会う所に来ると
「つぼみさん!いますか!?」
と声のかぎり呼んだ。返答がなく、さらにあせりどうしようかと迷っていると、目の前になにかが現れた。
「うわ!あ!君は…」
その正体は、初めてここに来た時に助けた小鳥だった。小鳥はうれしそうに旋回すると、森のほうに飛んでいき、枝にとまるとカルロのほうを振り返った。
「着いてこいといっているのか?…よし行こう!」
カルロが着いてくるとカルロに見える範囲だけ飛び、奥へ奥へ連れていった。
周りは木ばかりで、とても薄暗い。上のほうにまで枝が伸び、月明かりをさえぎっている。
カルロは帰られるのだろうかと少し不安になった。ときどき木の上にりすや鳥の巣など、動物の姿があった。突然現れたカルロに驚き、それらの眠っている動物を起こしてしまい申し訳ない気持ちになりながらも、小鳥はさらに奥へと連れていく。
必死に登っていくと途中何かにつまずき転んでしまった。
「いたた。何が…」
それを見た瞬間、言葉を失った。それはすでに白骨化した…人の遺体だった。
「なんで…こんなもの…」
同時に赤野里に先祖たちが代々伝えてきたことを思い出した。
(「生きて帰れなくなる」まさか、本当なのか!?なら、これ以上進むのはまずいんじゃ…)
真っ青の顔になって考えていると後ろから何かに肩を叩かれた。とっさに振り向くとそこには小鳥が飛びながら待っていた。いきなり転んだ自分を心配して来てくれたのだろう。
(そうだ。何をしにここにきたんだ。さっきの叫び声がもしつぼみさんのものだとしたら何かあったのかもしれないと思って来たんじゃないか。とりあえずこの遺体は置いておこう)
「ごめんよ。さあ行こう!」
小鳥は再びカルロを奥へと導き始めた。
しばらく歩いて行くと、ついに光が見えた。
同時に森もここで終わり、目の前の景色に茫然と立ち尽くした。
満月の光が、目の前に広がる野原と、その中に守られるように建っている、綺麗な屋敷を優しく包み込んでいた。
「綺麗だ…」
おもわずそうつぶやき、ふと下を向き不思議な事に気がついた。
(なんでどの花も咲いていないんだ?こんなにたくさん、蕾だけの花ってあるのか?)
もう一度屋敷を見ると窓からつぼみの姿が見えた。
(よかった!無事みたいだ)
「つぼみさん!」




