第十五話
四人はつぼみの案内のもと、屋敷へと歩き出した。そのときカルロはふいに気になったことを聞いた。
「そういえば紅霧と天穹はどうやってあそこまで来れたんだ?」
聞かれた二人は
「どうやってって、前もここ来たじゃないですか」
「単純に行き方を覚えていただけだが?」
と、普通に返されてしまい、迷ったカルロは
「そ、そうか。そうだよな」
と、顔をひきつらせ答えた。横でくすっと笑ったつぼみに渋った顔をしたのを紅霧は見逃さなかった。
「え! もしかしてあそこに行くまで迷ってたんですか?」
「うえ!? ち、ちがう!」
いきなりつっこんでいた紅霧にカルロは思わず変な声を上げ反論した。しかしその慌てぶりが、なによりの証拠となってしまった。
「カルロ…その歳になって迷子か」
「いや~邪魔しちゃ悪いとゆっくり行ってよかったですよ~。もしかしたら私達が先に行ってたかもですね~」
ぐさぐさとついてくる二人の言葉によろっとしながら、カルロは他の話題をさがした。
「う~…あ! そういえば春香は元気か?」
(逃げた…)
後ろの冷たい視線をカルロは必死に無視した。
「春香ちゃん? ええ。元気よ。さっき屋敷の方で寝ついたから、散歩がてら泉の方へ行ったの」
「そ、そうだったのか~。あれから何か変化はあったか?」
「そうね…よく笑うようになった。私は何も食べなくても生きていけるけどあの子は何か食べなくては生きていけない人の子だから、動物たちが果物とかを届けに来てくれるのよ。最初はおずおずだったけど、最近では楽しみに待ってて外で一緒に遊んだりしてるわ」
「そうか…しかし、君は何かを食べたりしたことはないのか?」
「泉の水を飲むくらいかしらね」
何気なくそういうつぼみに、いつも食事をしているカルロは驚いた。そして少し考えるように下を向き、何かをひらめいたのか表情を明るくした。
「じゃあ、今度食べ物を持っていくよ。台所ってある?」
「だい…どころ?」
首をかしげるつぼみにカルロはえ~と、と頭をひねり
「流しがあって、お釜とかが置いてあるところなんだけど」
と、説明すると、つぼみは思い当るところがあるのか、ああ! と声を上げた。
「それっぽいところがあるかもしれないわ。何に使うかわからなくてずっとほっぽってるから汚いと思うけど…」
「掃除すれば平気だよ。天穹、明日雨月と霧天に来るよう言っておいてくれ」
「おい…掃除を手伝えと…?」
不満そうにそういう天穹に、そういうこと、と笑顔で答えた。
「…わかったよ」
カルロの満面の笑みに何かの圧力を感じ、天穹はしぶしぶ了承した。
「いいの?」
つぼみはひかえめにそう聞くと、いいのいいの、と紅霧が後ろから答えた。
「カルロ様、つぼみさんに良いところ見せたいんですから見てあげましょう?」
と、小さな声でつぼみに言った。なんで?、とつぼみが聞くと、紅霧は意味ありげににこにこしただけであった。
屋敷に戻り、つぼみは春香の寝ている部屋へと三人を通した。部屋の扉を開けようとすると、先に扉があけ放たれ、中から春香が泣きながら出てきた。
「春香ちゃん! どうしたの?」
つぼみは驚いてひざまずき、頭をなでてあやそうとするも春香は涙を流し続け、必死に何かを訴えようとしているようであった。
「もしかして…寂しくて泣いてるんじゃないのか?」
カルロがそう言うと、春香は泣きながら頭を縦に振った。
「そっか…寂しい…か…そうだよね…一人は怖いよね…ごめんね? 春香ちゃん、もう一人にしないから」
つぼみは春香を抱きしめ、頭をなで続けた。それに安心したのか、春香は泣きやんだ。そしてつぼみの服をギュッとつかんだ。どこにも行かせないようにするかのように。その様子にカルロとつぼみは苦笑した。
カルロ達が帰ろうとすると、春香はカルロの服に、帰らせまいと貼りついた。そのまま帰るわけにもいかず、つぼみと二人がかりでまた来るからと必死に説得してようやくカルロから離れた。
「じゃあ、ここでいいから」
カルロは屋敷の玄関先で振り返りざま言った。
「そう? 気を付けてね」
「ああ。ふもとまで春香ついてきそうだし、疲れるもんな二人とも」
つぼみの服の袖を握りしめた春香の頭をなでながら言う。
「な~んか三人見てると親子みたいでほのぼのしますね~」
紅霧のその言葉に春香はうれしそうにふにゃと笑い、カルロとつぼみは一瞬フリーズしたかと思うと赤面してあわてはじめた。
「こ、紅霧さん! そんな! え、あ、いや」
「紅霧! ああもう! 帰るぞ!」
カルロは照れ隠しのつもりか、ものすごい勢いで森をほうへと駆けて行った。
「も~あんなに急がなくてもいいじゃないですか~。じゃあ、つぼみさん。また来ますね」
「じゃまをしたな」
紅霧と天穹はそれぞれあいさつをして、カルロの後を追いかけて行った。
つぼみはいまだ赤面して立ちつくしていたが、春香に服を引っ張られ、再びあたふたしながら屋敷の中へと入っていったのだった。