第十一話
次の日から里の人たちに春花のことを知っている人を探して回った。だが誰も見たことがないらしい。
「はあ…どうしてこうも見つからないんだ…」
「大丈夫ですか?」
ふいに頭の上から声が降ってきた。見上げるとそこには幸間がいた。
今、カルロは自分の部屋で食事をとっているのだが、食べている間もずっと頭の中で考えをめぐらしていたためボーとしていた。
「申し訳ありません。お食事がお済みと思い伺ったのですが、お声をおかけしても返事がありませんでしたので勝手に入ってしまいました」
目の前のおぼんにはもう食べ終わった皿が並べられていた。
「いや、いい。少しボーとしてしまっていた」
「お疲れなのではないですか?少し休まれては」
「ああ。大丈夫だ…そういえば幸間」
「はい?」
「春花という少女を知らないか?まだ五、六歳くらいの小さな子なんだが」
「そうですね…ああ!そういえばどこかで聞いたことがあります。たしかどこかの村か里の長の娘だったような…」
「何!本当か!?」
「はい。その少女がどうかしたのですか?」
「いや、まあ…な…ちょっと書庫に行ってくる!」
そういうと幸間の返事も聞かず部屋を飛び出して行った。
書庫に大砲のような速さで入っていくと、一つの戸棚の中から書類の束を取り出した。
それは各里、村の長の家族名簿であった。
「ようやく手掛かりが見つかったようだな」
後ろに天穹が現れた。
「ああ、ようやくだ。しかしこの中から探すのはまた大変だな~」
赤野里と友好関係のある里は百を超える。友好関係は大切だが、今回ばかりはもっと少なければと思う。
「天穹手伝ってくれ」
「別にいいが結界のほうの調査はいいのか?」
結界についての情報は少ないため、人に聞きやすい春花の身元調査をカルロが。もしかしたら誰かの噂話になっているかもしれない結界の情報探りは、隠形して気付かれずに話を聞ける式神達に任せてあるのだ。
「あっちは他にも人員はいるんだから大丈夫だろ。それにまたここで埋・も・れ・て・た・ら・困・る・だ・ろ?」
にらみながらそういうカルロに天穹は
「霜天にくぎを刺されたな」
と軽く笑った。
「くぎを刺されたな、じゃない!霜天だけじゃなく全員に言っただろ!おかげで毎日部屋で寝かされ、食事中も仕事してないか見張りされ、とにかく大変なんだぞ!」
「いや…それ普通感謝されるところだと思うのだが」
「う…しかしだな…食事中少しくらい書物を読んでいてもいいと思うのだ。それに書庫で寝てても書物を布団代わりにしなければいいんだろ?今は早くも春花の両親を見つけてやりたいし」
「そういう問題じゃない!」
天穹は顔に手を当てはーとため息をついた。
「何かをしながら食事するのはそもそも行儀悪いし、あんな固い床の上で寝たら体痛くなるぞ」
「お前ときどき母親みたいになるな。それにここに来たのだって心配になってだろ?」
「うっさい!そりゃ赤子の時からずっと付き添ってきたんだ。そうもなるだろ」
「ははは。まあそうか。じゃ、そろそろ作業開始だ!」
そう言うと近くにあった書類に手を伸ばすのであった。
しばらく二人は何も話さずもんもんと書類に目を走らせていた。するとその沈黙を破りカルロが声を上げた。
「あったぞ!春花の名前!」
「おお!で、どこのやつなんだ?」
「ええと…!?」
途端カルロは息をのんだ。
「白雲村だ…」
それを聞いた天穹も顔を強張らせた。
「な!このあいだ何者かに襲われた村か!それじゃあ…」
カルロの頭に雷山にいる二人の姿が浮かんだ。
「ちょっと出かけてくる」
そう言うと上着をつかみ扉へと向かった。
「ちょっとまて!今出かけるのはまずい。人目に付くぞ」
「大丈夫だ」
そう言うとカルロは懐から人型に切り取られた紙を取り出した。これは天穹たちのような式神とは違い、主の念を吹き込まれた念紙である。主の命さえあれば、人に化けたり、攻撃の武器にもなる。
「これで僕の偽物を作る。それで椅子にでも座っておいてもらったら十分だ」
「しかし誰か来たら…」
「誰も入るなと張り紙をしておく」
「山までの道のりはどうするんだ」
「姿隠しの紙を使う」
姿隠しの紙。これは一枚の小さな紙に念を吹き込みそれを持っている間は姿も気配も消せるというものだ。
「他に聞くことはあるか?」
天穹は険しい顔でカルロを見つめていたがすぐにあきらめたという風にため息をついた。
「はあ。こういうときはあんたに何言っても聞かないのは知ってる。ただし、おれも連れてけ」
「私もよ!」
突然ドアが開かれ紅霧が入ってきた。
「お、お前!聞いてたのか!?」
目を丸くしてるカルロにかまわず紅霧はずんずんと歩いてきた。
「カルロ様!助けるのは女性です!こんな時は助けに行く側にも女性がいなければ!ね!?雨月!」
振り向いた先のドアには雨月が申し訳な下げに立っていた。
「申し訳ありません。盗み聞きなど…」
「ああ…もういいよ…この流れだと霜天もいるんだろ?」
その言葉に答えるように雨月の後ろから霜天が現れた。
「すまん…」
「ああ…」
「さあさあ。暗い顔してたらいいことありませんよ」
「お前…悪いな~と思ったりしないのか?」
「そんなことしてたら前へ進めませんよ!それに味方は多いほうがいいです!」
「お前のその強気に完敗だよ…」
はぁとため息をつくとカルロは皆を見回し
「今から行くとこは全員知っての通り雷山だ。危険があるのかは分からんが何もなければそれにこしたことはない。しかし白雲村を襲ったやつがいるかもしれない。気を引き締めていくぞ」
『はい!』
つぼみは花瓶に入れたカルロからの花を見ていた。その花を春花も椅子に座ってジーと見ている。
「春花は花が好き?」
春花はそれに答えるかのようににっこり笑った。
「そう。私も好きよ。ううん。好きになった、かな?」
つぼみは窓の先にある蕾ばかりの花畑を見つめた。
「いつかあの花畑も咲くといいわね」
「そうだな」
見知らぬ声にとっさにつぼみは後ろを振り返った。その瞬間、つぼみの顔が強張った。
「お…じい…様…?」