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偶には本当の事を

作者: 塵芥 全楽

四月一日である。

嘘吐きの日。世界中のペテン師が集まり、自らの嘘を競う日。

山師バルサモ、ペレグリーニ侯爵、アラ伯爵、フェニックス伯爵やアウナ侯爵、守護霊大コフタ、そして中でも飛び抜けた嘘吐き、カリオストロ伯爵。

これだけの大物を前にして、心が躍らぬ訳がない。僕だって嘘吐きの端くれだ。

思えば、昔はマジックが大好きで、よくトランプを弄って遊んだ。あの時から僕は嘘が大好きで、いつでも嘘を吐いている。

と、そのような事を云うと、大抵批判する輩が数人居る。この嘘=悪という風潮は如何なものか。この世は唯物論者ばかりなのか。

僕が物心ついた時から抱えている屁理屈の一つに、こんな物がある。

例えば、殺人犯の息子がいて、その息子と、被害者の娘がお互いの素性をまるで知らないまま、その魂その物に惹かれ、恋をするような場合。そして、どうやら上手く(実際は不可能だろうが)結婚し、幸せな家庭生活をおくっている。そして貴方は、その二人にどういった因果があるかを知っている。それを明かすべきか、明かすべきでないか。

確かに、真実の愛があるならば、その素性を知ったとしても、二人自身に罪は無いのだから、問題なく幸せのままかも知れない。しかし、二人を不幸にさせる可能性がある言葉をどうして吐かなければいけないのか。

人の幸福を保つ為の嘘は、それが暴かれる事が無い、完璧な物である限りにおいて、大いに吐くべきだ。

妙な話、ウザイ話をしたが、要するに、僕は嘘が大好きなのだ。 それだけ、嘘が好きな僕であるから、四月一日は聖日であり、僕も飛びっきりの嘘を用意しなくてはならない。いいや、してやる。

という心積もりだったのだが。

最近の僕はまるで駄目で、何一つとして面白みのある嘘を思いつく事が出来ないのだった。

恐らく原因は家に引きこもって下らない嘘ばかり吐いていた事だろう。最近の僕は、いや昔からかも知れないが、意味のない嘘、突飛な嘘、に大層ご執心だった。

なんとか、この状況を脱出するべく、散歩でもしようか、歩く事は脳の活性化に良いと聞くし、などと思うが、外に出ようとする度、強い倦怠感が身体に纏わりつき動き難い事この上ない。また、いざ行かんとすると、服装や髪型のズレが気になり、外に出る事が出来なくなる。

やがて、一時間程たってようやく、外を歩く決心を持てた。

とはいえ、やはり髪がズレているような気がするので、人に会う事はとても厭になる。

こうやって人が歩いているのを見ると、もっと朝早くから出掛ければ良かったと反省する。そのような気の小さい自分に嫌気が差す。

どうにも、一度厭になってしまうと、何もかもが、駄目になってしまう。

髪を気にしながら、俯いて歩く、桜道。

桜が持っているのは紛れもなく、僕が吐き気を催す程嫌いな、曲線的形質だ。にも関わらず、桜の咲く道を歩いているのは、子供が多くこの道を歩いているからだ。

子供は良い。

あの、細い手足、あばら、眼球、歯。どれをとっても愛おしい。

どういう訳か、僕は子供に嫌われるので、子供達に嫌な気持ちをさせないよう避けて通るのが常である。

と、いうような事を思っていると、大分年の差がある姉弟とすれ違った。

姉の方が口うるさく弟を叱りつけているのを見て、また胃がきりきりと痛み、血反吐を吐きそうになった。

何故なら、僕は子供は好きだけれども、女は嫌いなのだ。 ああいうヒステリックな声は僕肉を引き剥がし直接神経を逆撫でする。

そもそもヒステリーの語源は、ギリシア語で子宮を意味するヒステリアから来ている。なんでも女は物事を子宮で考えるという。僕にはまるで理解出来ない。バロン=コーエンが言う事には男性脳はシステム化能力が高く自閉的、対して女性脳は感情を共感する能力が高いという。つまりは女は感情的なのだ。

僕が女を嫌っているという事を聞くと、他人は僕に言う。いったい女性に何をされたのか、と。何もされなかったんだよ馬鹿野郎。

でも最近、尊敬出来る女性というのが僕の前に現れて(もしくは、僕が尊敬出来る女性を僕の視界の中に入れたので)僕の心を揺さぶっている。

だからといって、僕は心を入れ替えたりなどしない。

そう決意して、川岸に目を向けると、そこには吸血鬼がいた。

川の流れが、自らの脚を蝕んでいくのも構わず、彼は跪いて泣いている。

まあ、そのような事を言っても何のことだか、解らないだろうから説明すると、彼は数年前から僕の頭の中に住んでいる吸血鬼なのだ。

彼はプライドが高くて、偏屈で、他人どころか自分も嫌いで、丁度さっきのように女性批判を始めたり、しょうもない奴なのだ。

責めないでやってくれ。彼も、悪い奴ではない。さっきの一方的な女性批判も、決して意味もなく女性を貶める物ではなく、彼独自の、「差別を隠すべきではない」という理論に依る物である。彼が言うには、差別という物を無くす事は出来ないという、何故なら違う物は違う物なのだから、それを同じ物にする事は出来ない、それを差別自体を禁忌として、変えようとすれば、差別という実体を無くしたまま、その間違いを認識する事が出来なくなってしまう。だからこそ、声を大にして差別を叫び、自らの間違いを自覚し、その状態で差別の対象と関わるべきである、と。

全く周りくどい奴だ。

要するに差別を深刻な物にしないで、当たり前に抱ける物にしろ、という事らしい。

そんな事どうでもいいから皆愛し合えば万事解決なのに、世界はこんなにも愛で満ちているのに。

彼は自らに全てを押し込んで、難しく考えて、それでも弱音を吐かずに口を結んで。

その彼が、

今泣いている。

吸血鬼はプライドで生きている。

そんな事、彼が言ってた気がしたが。

でも、まあ、そりゃあ四月一日ですから、吸血鬼だってプライドを捨てて、愛を感じたって、良いでしょう。僕だって、嫌いに成っても、良いでしょう。





何も得ないまま、散歩の帰り道で。

僕と彼は別れて歩く。

久し振りの感覚。

ずっと同じだったから。

自然に彼への言葉が出る。

「あーあ、骨折り損のくたびれもうけ、ってこういう事を言うんだよ」

いつもだったら彼は振り向かず、鼻で笑うだけだったが。

「珍しいな、お前がそんな事言うなんて。遍在転生、万物博愛とか言うのはどうした?」

「今日は四月一日だからさ、嘘吐きが正直で居て良い日なんだ」

「何だよ。それ、聞いた事ねえよ」

二人で笑い、歩いて帰った。

桜道は、ゆっくりと、伸びて。


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― 新着の感想 ―
[一言] 嘘というキーワードは好きなので面白かったです。 これからもこういう短編を書いてください。へきへき。
2013/04/02 09:42 退会済み
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